第19話:チートという名の最大級厄物セット

 岩で作ったシェルターは時間もなく、何よりも頑強性を重視していたのでかなり狭かった。

 つまり、否応無くクレオと密着している事になる。

 少し前までの僕ならこの状況にドギマギしていたのだろうけど、今はそういう場合ではない。

 大地が割れ、大気すら震えるこの状況で男か女かなんて事に考えを割く余裕なんてどこにもないんだ。

 外では激しい激突音や爆音が鳴り響き、時折シェルターに岩石弾が降り注いでいる。

 それでシェルターが欠損する度に僕が≪生成≫と≪変質≫で補強しているのだが、いつ破壊されてもおかしくない。

 それだけの事態が一枚の岩を隔てた向こう側で起きているのだ。


 アズラエルは死そのもの、普通はどうあっても倒せないだろう。

 けれどチートコードのような竜言語があれば倒せるかもしれない。


 一方、竜は竜言語の他にも流転する命を持っている。

 肉体・魂・そして命の三位一体の存在であり、命だけを奪った所で肉体と魂を失わない限り死なない…通常ならば。

 だが、アズラエルの力によっては、肉体・魂・命の三つに死を与える事も不可能ではない。


 必死に岩のシェルターを維持しつつ、どうしてこんな事をやらかしているのかと考えてみる。

 実際、あの時は走馬灯のようなものが頭に流れていた。

 元の世界での出来事、この世界での誕生、そしてアカデミーとそれからの冒険……最後に思い出したのはエイブラハムさんの顔だった。

 あれを見て思ったのだ、「あんなヤバイ人が堂々と生きてるのなら、僕だって生きてていいはずだ」と。

 そうして倫理観やら配慮やら要らない物を全部投げ捨てた策がアレだ、我ながらヒドイ方法である。

 でも僕はそれを後悔はしていない。

 僕の命はもう自分だけのものじゃあない、少なくとも二人分は生き汚くならないといけないんだ。


 そして相変わらず外では轟音・爆音・炸裂音が響いている。

 山が噴火してるんじゃないかと心配になるのだが、多分噴火した方がまだマシだ。

 どうしてこんな事になってしまったんだ!

 …僕のせいだった。


 どれだけ時間が経っただろうか、地面が揺れているかどうかも分からなくなるくらい岩のシェルターに閉じこもっていたのだが、段々とその状況に慣れてきたせいで嫌な事が頭によぎる。

 そう…女の子の身体を持った男の子と密着しているという状況だという事に気付いてしまったのだ!

 これで興奮したら同性愛者じゃないかと自分に言い訳するも、それはそれでアリではないかという悪魔の囁きが聞こえてきたのだ。

 間違いなく幻聴で、確実に病気である。

 多分、酸素が薄いせいだな! そうに違いない!

 

「はぁ…はぁ……フィル、だいじょうぶか…?」


 クレオが息を荒げて上気した頬をしながら僕を見つめてきた。


「ちょっともうダメかもしれないね!」


 僕は急いで岩のシェルターを吹き飛ばして外に出る。

 危なかった、もう少しで手遅れになるところだった!

 もちろんソレはクレオの体調の事であり、後戻りできなくなりそうな僕の内側のリビドーの事ではない。


 周囲を見渡すと、僕らが竜に謁見する為に入った洞窟の入り口は跡形も無くなっていた。

 というか風景がもう完全に別物である、どんだけ暴れてたんだあの超越存在達は。

 ただ、辺りを見回しても僕ら以外の存在は見当たらなかった。

 ―――ということは、つまり…?


「賭けに勝っ……」


 ガッツポーズをして上空を見上げたところ、大きな星が見えた。

 その星の光はまるで僕らを照らしているようで、徐々に大きな光となっていった。


「………やばい!」

「へっ?」


 僕は走りながらクレオを引っ張り、その場からダッシュで逃げる。

 数秒後、空から何かが轟音と共に地面に墜落してその衝撃波が周囲一帯を破壊する。

 僕らは衝撃に備えて咄嗟に地面へと伏せたのだが、あまりの振動に空中に投げ出され、崖の上に放り出されてしまう。

 ヤバイ、ヤバイ!

 どうする、どうすればいい!?

 足から火を≪生成≫してもジェットにはならない、どうすれば地面に戻れる!?

 ……そうだ!

 一度も試した事はなかったが、僕は衝撃そのものを≪生成≫し、足の裏からそれを≪放出≫する。

 物凄い痛みを伴ったが、衝撃の反動によってなんとか崖の上に着地する事ができた。


 僕達は落ちてきたものの正体を見てみると、少し薄汚れた竜がそこにいた。

 勝ったのは竜かと思いきや、空から怖気の走るような冷気と共にアズラエルが降り立った。

 もしかして、第二ラウンドでしょうか…?


「カカカ、無駄じゃ無駄じゃ。こんな煮ても焼いても食えぬトカゲもどきに死など贅沢だわい」

「万物に届く余の言葉であっても、聞く耳を持たねば意味がないというものだ」


 地面に降り立った二つの超常存在からは、もう戦う意志を感じられない。

 お互いに手詰まりであり、どうしようもないという事なのだろうか。


「そして…フィル・アズラエル!」


 あ、名前呼ばれた…死んだなコレ。


「我輩の肋骨を落とすとは、お前は本当に間抜けな従僕よのぅ」

「イタタタタタ!」


 そう言ってアズラエルが再び僕の身体に肋骨をぶち込んだ。

 ちくしょう、うまく廃品処理できたと思ったのに!


「だが良い、許す。このような催し物を開き、我輩の暇を潰させたのだからなぁ。次はもう少しホネのある奴を用意しておけよ?」

「えっ……あ、はい…」


 どうやら死ぬ必要はないようだ。

 だが代わりの死が…竜がこちらを睨んでいる。

 その巨躯はまるで小さな山のようであり、僕なんか爪の垢くらいにしか見えないだろう。


「目覚めの余興としては、ささやかながらも刺激があった。偉大なる我が名、ドグマ・オグマの名の下にそなたらの価値を認めよう」

「それはつまり、キリークへ来ていただけるという事でしょうか!?」


 竜の言葉を聞き、クレオは嬉しそうな顔で駆け寄る。

 しかし、竜は小さくその巨大な頭を振った。


「余が認めたのは、あくまでそなたらの運命とその意味である。故に、それに応じた価値を与えよう」


 そう言うと竜は僕とクレオの喉に爪先を突き刺し、何かを唱えた。


「≪分権≫≪全癒≫」

「ゲェッホ! ゲホッ!…い、いったい何を……?」


 喉に強い違和感を感じたと思ったら激痛に見舞われ…かと思えば何ともなくなっていた。

 クレオの方はまだ痛みを感じるのが地面に手をついてえづいている。


「汝らの肉体に余の竜言語を扱えるよう施した」

「えっ…なんで!?」

「言ったはずだ、汝らの運命に価値があると。これより訪れる運命に打ち克つ力を以ってどのような意味を産むのか、見定めさせてもらおう」


 これはつまり………監視する人が増えたってことでしょうか…?


「余はそこのボロ布とは違う、汝の思うがままに力を振るうがよい。ただし、相応しくなければその肉体を滅ぼす事になるだろう」


 じゃあ要らないよ!

 相応しくないから今すぐ持って帰ってよ!

 これ以上産廃渡されても困るんだって!


「カカカッ! 代償を払わねば使えぬ力とはなんと不便であるか。その点、我輩は心が広いからな。どれだけ使おうとも、使い方さえ間違えねば至高の遺物よ」

「……自らをも切り売りしなければならんとは、哀れなモノよ」


 そうしてまた二つの超越存在が漂わせる空気が不穏なものになった。


「まぁ良い。それでは我が舌、フィルよ! おぬしの用意する贄を我輩は待っているぞ! フィル・アズラエル!」

「自らの意味と価値を生み出せ。余に運命に打ち克つその姿を証明してみせよ。フィル・ドグマ、そしてクレオ・ドグマよ」


 まるで捨て台詞かのように、アズラエルと竜のオグマ・ドグマは空の彼方へと飛び立ってしまった。

 残された僕達はその場で立ち尽くすしかなかった。


 しばらくして安全だと判断したのか、ムコノがやってきた。

 お前がいたらさー! 逃げられたかもしれないのにさー!!

 どうすんだよこの惨状をさぁ!!

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