第8話:誰の味方にもなれない味方

 ヴィスカスの街で起きたスライム災害、それは知性を持ったスライムの反逆という事で幕が下りた。

 街の人達は目に見えて気落ちしながら巨大スライムによって壊れた箇所の掃除や修復が進められて衣類。

 それを見て心を痛めた僕はここで起きた事を皆に説明しようとしたのだが、エイブラハムさんに止められたのだ。


「病気で全滅するから夢を醒まさせたのは自分だと言うつもりか? 止めておけ」

「でも…まるで騙しているようで……」

「もし言えばこの街の連中にリンチされて終わりだ。誰も得しない、お前と一緒に俺とついでにキャラバンの連中にも矛先が向く。お前は自己満足と心中するつもりか?」


 そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 僕は滅ぶはずの街を救いたかった、ハッピーエンドが見たかったのに、どうしてこんな事になってしまったんだろうか。


「おいおいフィルっち、もっと前向きに考えろ」

「そのフィルっちって僕のことですか? いつの間にそんなに仲良くなりました?」


 この人の距離感が全然分からない。

 ただ、近づかれるとそれだけ厄介事も引き寄せられそうなのが心配だ。


「俺達は快楽漬けにする巨大スライムを倒して人を救った。おかげでこの街は病気で滅びる事はないし、スライムの輸出も再開されて街の外も万々歳だ。みんな幸せだ、何を悩む必要がある?」


 それを聞き、僕はこの人の不器用な励ましで少し元気が出てきた。

 "僕"のせいだとは言わず、"俺達"と言った…二人で背負っているという事を教えてくれたのだ。


「これからはこの功績をトランペットのように吹きまくってラッパ銃の如く散弾をぶちまけてモテモテ街道を突っ走ろうぜ!」


 前言撤回…この人、別に何も考えずに適当に動いてるんじゃなかろうか。

 いや、あれだけの作戦やら行動やらを何も考えずに実行してた方がヤバイ。

 流石は日本が恥じ入る和マンチマンだ、国の名前を背負っているだけはある。

 無関係を装いたいから出来ることなら早々に投げ捨ててほしいけれども。


「フフッ、参ったな。今の内にサインの練習でもしとくか? 婚約届けとか出生届けとかで沢山書くことになるからな」

「連帯保証人の書類に名前を書くことになりそうですから、何もしない方がいいと思いますよ」


 そうして僕らは一日の休息を挟んでから、エスクードの街に戻った。

 ちなみに巨大スライムの討伐による報酬は無い。

 街にも被害が出ていたし、仕事として討伐したわけでもないからだ。

 少し後ろめたい気持ちがあったことも否定はしないが、なんとか飲み込めている。


 ちなみにエイブラハムさんは…。


「お礼なら、気持ちでいいさ。そう…キミの気持ちがいいな」


 と、街にいた女性に言ってビンタされて倒れていた。

 あまりにも可哀想だったのでフォローする為に手を貸したのだが―――。


「フフッ、優しいね。俺のこと好きなの?」


 と言ってきたのでその場で別行動をとった。

 あの人の好きになるハードル、ちょっと低すぎじゃなかろうか。



 エスクードの街に戻ってから、僕は隊商の人とマジックユーザーギルドに報告しに行った。

 ミラノさんやイモラとカルピさんの二人、他の人達も最初は半信半疑だったものの、隊商の人達も説明してくれたおかげで多くの人に信じてもらえた。


「まさか突発的なお仕事を請け負いながら、そこまで活躍されるとは…期待してしまいますね」

「フッ、まぁな。流石は俺…巨大なスライム程度じゃあ準備運動にもならなかった」


 ミラノさんが僕の事を手放しに褒めてくるので、恥ずかしい。

 ちなみにエイブラハムさんは視界にすらいれてもらえない。


「フン、自分の実力を勘違いするなよ。お前はまだ子供で未熟なんだからな」

「そうだ、調子に乗ってたら十年後に痛い目を見るぞ。なんであんな痛い奴やってたんだってな」


 ウッ!…ちょっと前世で心当たりがあるせいでもう心臓がちょっと痛い。

 エイブラハムさんはドヤ顔をしながら耳を塞いでいる。

 ダメージがあるのなら、もうちょっと普段の言動を省みたほうがいいんじゃなかろうか。


「しかし、これでスライムの輸入も再開されそうですね。実績としてはこれ以上ないくらいのものですよ」

「フッ……俺としてはこの程度じゃあ満足できないんだがな」


 僕はミラノさんや色々な人から詳しい話をせがまれる。

 エイブラハムさんは諦めたのか、壁際まで移動して腕組みお兄さんと化していた。


「今回はエイブラハムさんのおかげでなんとか上手くいきましたけど、やっぱりもっと修行しないといけないって痛感しましたね」

「そうですね。フィルさんはまだ基本的な≪生成≫≪変質≫≪放出≫≪収束≫しか使えず、≪循環≫や≪増幅≫が使えませんからね」


 そう、あの巨大スライムを倒した事で僕の存在階位…レベルのようなものは上がったものの、まだまだヒヨッ子なのである。


「勉強もいいが、装備も揃えなきゃな。杖とかは使わねぇのか?」


 そう、マジックユーザーとしての装備も必要である。

 今は素手やナイフを利用して魔法を使っているが、本当に使っているだけである。

 杖があれば炎を≪生成≫して火傷する事もないし、魔法の精度や速さも向上する。

 ただ、それを実現するには一つ大きな問題がある。


「お金が…なくて……」


 その場にいた人達の皆が"あぁ…"といった顔をした。

 確かに僕は大きな仕事を成し遂げたが、それは隊商の便利役としてだ。

 報酬もエイブラハムさんと分け合うことになるし、巨大スライムを倒した事そのものは無償なのだ。


「なぁ…今の内にエイブラハムを始末すれば……」


 他のマジックユーザーの人から悪魔の囁きが聞こえてきた。


「いえ、あれでも良い所がないわけじゃあ……」


 あとあの人を敵にしたくない。

 きっと生涯後悔するような傷跡を残して、さらにそこを化膿させたり破傷風にしてくるくらいはやってくるはずだ。


「良い所があっても、あれじゃあ台無しだろう」


 かろうじてこの手をまた赤く染める誘いは断れたものの、その後のフォローまでは手が回らなかった。

 ヒドすぎて頭が回らなかったともいう。


「フッ、金がほしいのか。このほしがり屋さんめ、ならばクエストギルドに行けばいい」


 エイブラハムさんの提案を聞き、ゲームでも色々なサブクエストを進める為にお世話になった事を思い出した。

 そうか、僕もこの世界でそれを利用できる立場になったのかと感慨深い思いがあった。


「そうですね。僕にもできる仕事がないか探してみますね」

「ああ! 行くぞ、俺達のパライソの為に!」


 そしてマジックユーザーギルドを出るが、後ろでなにやらドタバタとした音がする。

 何があったのかと振り向くと、沢山の人に押さえ込まれているエイブラハムさんが見えた。


「エイブラハムは俺達が抑えておく! 今のうちに行けぇ!!」


 どうしよう、別にエイブラハムさんが一緒でもいいんだけど、折角の好意に泥を塗るような気がして止めてもいいって言いにくい。

 どうしたものかとエイブラハムさんに視線を送る。


「フッ、ここは俺に任せて先に行け。パインサラダ、サラダ抜きを作って待ってな」


 それはただのパイナップルではなかろうか。

 まぁでも余裕そうなので僕はクエストギルドに向かう事にした。

 


 その建物はこの街で二番目か三番目に大きな建物のようだった。

 多くの人がその建物から出入りしており、それだけ多くの仕事があることを証明していた。

 僕はクエストギルドの中に入り、仕事を受注できる場所を探す。


「どうしました、お父さんとはぐれましたか?」


 あっちこっちウロウロしていたせいか迷子だと思われたようで、職員のお姉さんに声をかけられた。


「すいません。マジックユーザーなんですけど、仕事を探していて」


 僕がマジックユーザーギルドで発行してもらったカードを見せると、驚いた顔をされる。

 まぁ僕くらいの子供なら、本当はアカデミーに通っているはずだから当たり前の反応だと思う。


「あっ、それは失礼しました! マジックユーザーの方なら、こちらの窓口にどうぞ」


 そう言ってカウンターに案内されて椅子に座る。

 他のカウンターは比較的混雑しているのに、ここだけ不自然なくらいに空いていた。


「マジックユーザーの方でここを利用される方はあまりいらっしゃいませんので」


 受付のお姉さんは困ったように頭をかく。

 それはそうだ、各ギルドに通されなかった仕事がここに集まるので、必然的に選ばれないような仕事ばかりは溜まっていくのだ。

 しかもクエストギルドにだって運営資金が必要であり、報酬の一部をもっていかれる。

 引く手数多のマジックユーザーでここを利用する人は少ないだろう。


「それでは、今の所マジックユーザーの方でも出来るお仕事はこちらになります」


 そう言ってお姉さんはいくつかの用紙を見せてくれた。

 マジックユーザーを必要としているというよりも、マジックユーザーでもいいから手伝ってほしいといった内容ばかりである。

 ふと、いくつかの依頼を見ていると金額が目立った依頼を見つけた。


「えーっと…迷いの森に消えた男性の捜索ですか」

「あぁ、その依頼ですね。どうもカーティバン村で男性が迷いの森に消えていくというものです。何人かのパーティが捜索に向かったのですが、誰も男性を見つけられず…それどころか皆微妙な顔をして帰って来るので、何が起きてるのかもさっぱりなんです」


 カーティンバン村…なんだっけ、聞いたことはあるけど思い出せない。

 原作のゲームで出てきたんだと思うんだけど、少なくともメインストーリーには絡んでこないはずだ。


「この依頼は最低でも二名からですので、こちらで除外しておきますね」


 そう言って受付のお姉さんが紙を引っ込めようとすると、僕の後ろから伸びてきた手がそれを引き止めた。


「フッ…二人でいいのか? 俺がいれば百人力だ」


 そこには汗をにじませ、荒い吐息をはきながら服をちょっとはだけさせているエイブラハムさんがいた。

 まさかあの人数の拘束を解いてここまでくるとは、本当に凄い人だ…別の意味も込めてだけど。


「なにせ俺達は…ゼェ……ヴィスカスで…はぁ、はぁ……巨大スライムを倒し……ォェッ」

「あの、無理して喋らなくてもいいんで休んでてください」


 どうやらマジックユーザーギルドの人達はそれなりに追い込んだようだ。

 やはり数は力である事を強く実感する。


「う~ん…どうしましょうか……これなら一人で向かわせてあげた方がいい気も…」


 受付のお姉さんからもいない方がいいと言われているのだが、この人は本当に今まで何をやってきたんだろうか。

 聞きたいような…怖いような……逃げられなくなりそうな予感がして聞けない。

 この人ほんとは悪魔とか魔族じゃなかろうか。


「取り敢えず、どうなってるかも気になるので請けてみます」

「分かりました。ちなみに、道中で何かあってもあっちの人は事故として処理いたしますので」


 そういって受付のお姉さんは地面で胸元をはだけさせてセクシーポーズを取っているエイブラハムさんを見る。

 顔はいいのに、どうしてこの人はここまで台無しにできるのだろうか…もうワケが分からない、分かっちゃいけない気もするけど。


「フッ…確かにアクシデントだな。俺に一目ぼれするだなんてな」


 受付のお姉さんによる冷ややかな視線が突き刺さるも、それをそよ風のように受け流している。

 このメンタルは頼りになるくらいに心強いけど、頼ってしまったら負けな気もする。

 一抹どころか不安という泥が身体中にまとわりついているが、僕とエイブラハムさんによるコンビがこれから始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る