第9話:惑わぬ迷いの森にて右往左往

 前回の依頼では隊商と共に行動していたので馬車があったが、今回は二人だけなのでカーティバン村には馬に乗って移動しなければならない。


「フッ…一人で馬に乗れて一人前という言葉があるが、今の俺達は半人前…いや、二人で一人だな」

「手綱を握ってるの、僕じゃないですか。しかもどうしてエイブラハムさんが僕より前にいるんですか、前が見えないんですけど」

「背の高い俺が前方を注意して危険を伝え、お前がそれを聞いて手綱を繰る…完璧な役割分担だ」


 乗馬で二人羽織やるとか、何気に難易度が高いんですけど。

 馬を二頭借りるべきじゃないかと提案したらお金が勿体無いとか言われたけど、自分が乗れないから僕に押し付けただけではなかろうか。


 そうして馬でゆったりと移動しながら、僕らはこれまでの出来事を話した。

 この世界に転生してきてどんな家で育ったか、アカデミーでの出来事、そして主人公であるレックスの死……。

 ちなみにアマゾネスのレイシアさんについては話してない、なんか言ったらやばそうだから。


「そうか、死んだか」


 だが、それを聞いてもエイブラハムさんの言葉はその一言だけであった。


「あの…それだけですか?」

「正式版の主人公が死んだだけだろ? そこまで気にするような事じゃあない」


 今、さりげなく物凄い情報を聞かれた気がしたので聞きなおす。


「あの…主人公ってレックスの事だけじゃあないんですか?」

「先行体験版、βテスト版、αプレイ版…全部主人公が違うぞ」


 マジで!?

 知らなかった…というか、この人はどうしてそんな事を知ってるんだろう。


「俺はその全てでRTAをしてきた…ちなみにβテスト版のクリアタイムは十時間だ」

「十時間…けっこうボリュームあったんですね」

「途中で八時間ほど寝なければ世界最速だったんだがな」


 RTAしてる最中にぐっすり快眠してるんじゃないよ!

 っていうかそれ実質二時間でクリアしてるじゃんかよ!!

 結局、僕の過去については話してしまったけれど、エイブラハムさんはRTAのコツしか話してくれなかった。

 コツというか、チャートをどれだけ用意しても必ずガバるから臨機応変にとかそんな事ばっかりだった。



 そんなこんなで、僕らはカーティバン村に辿り着いた。

 山の麓にある長閑な村なのだが、事前情報通り男の人の姿が少なかった。

 取り敢えずは情報収集ということで、近くにいた女の人に話を聞いて見る。


「すいません、ちょっといいでしょうか」

「あらぁ…ぼく、どうしたの? 今この村には男の人を浚うモンスターが出るって話なのよ」


 うっ…確かに肉体年齢は13歳だし年齢の割りには身長が低いけれど、露骨に子供扱いされると、それはそれでちょっと複雑な気分になる。

 そんな僕の気持ちを察してくれたのか、エイブラハムさんが肩を叩いて励ましてくれる。


「いいじゃないか、子供だって。女湯にも入れるんだからな。今日は俺と一緒に入りに行こうか」

「いや、エイブラハムさんはアウトですからね。僕も入りませんけど」

「……付き合いたい女の子へのハードルは、現実を知らない子供のように高いぞ?」

「そういうことではなく」

「体つきがえっちだったら妥協できる、中学生男子のような柔軟さも持ち合わせてるぞ」

「だから、そういうことではなく」


 ハッ、変なやりとりをしてたせいで村人さんから怪しい目で見られている。


「あの、実は僕達は男の人がいなくなることを調べに来たんです。そのモンスターってどういうやつか分かりますか?」

「さぁ…あたしもよく分からないのよ。夜に迷いの森から唸り声みたいなものが聞こえるから、何かいるってことは分かるんだけどねぇ」


 う~ん、人を食べるモンスターには心当たりが沢山あるけれど、わざわざ男の人だけ浚うモンスターなんていたっけなぁ…。

 女の人が襲われないのはおかしいし、目撃もされていないというのが気になる。

 もしかして人攫い……いやいや、男の人だけを浚うっておかしいでしょ。

 ……頭か性癖がおかしいから、男の人だけを浚ってるとか…。

 もしそうだったら、僕らは格好の獲物という事になってしまう!


「おや、旅の人ですか?」


 いるかどうか分からない危機に怯えていたら、若い青年が…僕よりも年上だけどしっかりとした男の人がいた。

 隣には同じくらい若い女性が居り、その雰囲気から夫婦なのだろうと予想する。


「実は男の人がいなくなる事件について調べてまして…」

「あぁ、その件か…夜にいなくなるらしいけど、俺はちょっと分からないなぁ」

「アッハッハッ! そりゃあアンタん所は毎日夜はお盛んだからねぇ!!」


 最初に話していた女性の人が笑いながら青年の背中を叩く。

 青年は気恥ずかしそうに苦笑し、側にいた若い女性は赤くなって俯いている。

 エイブラハムさんはツバを吐いてる、そういう所がダメなのではなかろうか。


「ウチの旦那も早く見つかればいいのにねぇ…」


 その言葉に違和感を覚えながらも、他に有用な情報はなかったので適当な所で話を切り上げた。

 その後も村を見て回ったが、男の人…というよりも妻帯者の人がいないことが多かった。

 やはり迷いの森に答えがあるのだろう。


「フッ…それじゃあ迷いの森に行くか! 待ってろよ、かわいこちゃん!」

「男の人しか浚われてないんですけど」


 なんだろう、この人がやる気だと逆に不審な気がするのは。

 まぁ迷っていても仕方がないので、馬だけ村に預けて一緒に迷いの森と呼ばれる場所に向かうことにした。



『川辺は左の道、その他は右の道』


 迷いの森に入ってすぐの場所に看板が立てられていた。

 しかもわりと丁寧に分かりやすい位置に。


『花畑は左の道、山道は真ん中の道、その他は右の道』


 なに…この……なに?

 迷いの森と呼ばれているのに、分かれ道が出てくる度にすごく丁寧に看板が立てられている。

 それどころか道も分かりやすくなっている。


「あの…ここって迷いの森ですよね? どうしてこんなに親切に看板があるんですか?」

「迷ったら大変だからに決まってるだろ!」


 し…釈然としない…ッ!

 間違ってはいない、いないんだけど……こんなの迷いの森じゃなくて案内が丁寧な森じゃん!


『狩猟小屋は左の道、その他なら真ん中の道』


 二人で歩いているとまた分かれ道があった。

 僕はまた"その他"と書かれている道を歩こうとしたのだが、エイブラハムさんに止められた。


「フッ…まだまだ甘いな。今の看板に不審な点があったのに、気付いていないようだな」

「えっ! 今までと同じじゃありませんでしたか!?」


 エイブラハムさんの事を信じて看板をまじまじと見るも、怪しいところは見当たらなかった。

 せいぜい少し新しく立てられたくらいではあるが、それは他の看板にも言えることである。


「今まで道が二つあった時は"左"と"右"と書かれていた。道が三つあった時は"左"と"真ん中"と"右"。さて…どうしてこの看板は"左"と"真ん中"と書いているのかな?」


 僕はその指摘を聞いてようやく気付くことができた。

 看板のあった場所の右側をよーく調べてみると、草の伸びが明らかに違う場所を見つけられたのだ。


「凄い…よく分かりましたね。もしかして、これもゲームにあったトリックですか?」

「ああ、RTAに挑戦する時も必ずここに寄ることになるからな」


 しまった…僕はゲームの【メメント・ユートピア】はサブクエストばかりやってたせいで、メインクエストについては途中までしか知らない。

 RTAをしているというエイブラハムさんが必ずここに来るということは、大きなイベントが控えているという事だ。

 先に進むエイブラハムさんを見て逃げるべきかと考えたが、この人が一緒に来てくれたということはいきなり死ぬという事はないはずだ、ガバさえなければ。

 未知を前に悩んだが、意を決して僕はその道を進む事にした。



 か細い道を進み、時に小型モンスターに襲われながらも僕らは歩き続けた。

 途中で木を切る音や大きな声が聞こえたのでそこを目指して歩いていると、開けた広場のような場所に着いた。

 そこには何人もの男の人達が木で家や建物を建てているようだった。


「おっ、新しい奴らか。この新しい村にようこそ、歓迎するぜ!」


 男の人は笑顔で僕らを迎えてくれた。

 操られてたり、無理やり働かせられてるわけではなさそうなのだが、そうなると不可解な事がある。


「あの…こんな所で何をしてるんですか……?」

「見ての通りさ、新しい家やら倉庫を作ってんだよ。なんだ、お前さんらは逃げてきたわけじゃないのか?」

「逃げ……?」


 どういう事だろう、この人達は何から逃げてこんな所にいるというのだろうか。


「ああ…ウチの女房はやれ働けだの、やれ手伝えだの、毎日毎日……」


 男の人の顔がドンドンと暗くなっていく。

 昼間だというのに家庭の闇を見せられている気分だ。


「あっちにいる奴、あいつは婿入りしててな。家だと嫁さんのオヤジさんやオフクロさんもいるせいで心が疲れ果てていたんだ」


 止めて!

 結婚の理想像という名前の砂糖菓子が砂に置き換わっちゃう!

 砂上の楼閣どころか、楼閣そのものが砂に水を含ませただけのハリボテになってしまう。


「あら、またお客さんかしら?」


 女の人の声が聞こえたのでそちらに目を向けると、まるで下着かと思うかのような格好でこちらに来るスタイル抜群の美女がいた。


「サ…サキュバス!?」


 僕はナイフと鞘を取り出して構える。

 サキュバスというのは【ティシュトリヤ】という神様が創った種族である。

 よくある創作と同じように男性の精気…感情や体力から発せられるエネルギーを糧としている。

 なので、彼女達はエッチな事をして発せられる感情を摂取しているのだが、ここで大きな問題がひとつ出てくる……気持ちよすぎるのだ。

 サキュバスからすれば、相手が気持ちよければ気持ちいいほどそのエネルギーの質がよくなる。

 自然、相手の求める事をやるようになるのだが、相手の男側がそれにハマってしまうのだ。

 そしてサキュバスは妊娠してもサキュバスしか生めない…つまり、その種族の男だけを的確に引き抜き、滅ぼす可能性を秘めているのだ。

 それが原因で【ティシュトリヤ】は他の神に名前の半分を奪われてる状態である、閑話休題。


 ゲームではCGを集める為にとてもよくお世話になりました…それはそれとして、警戒する。


「な、何が目的なんですか!?」


 僕が武器を構えているにも関わらず、サキュバスの人は穏やかな顔でこちらに近づいてくる。

 彼女達の眼には力がある、その香りには引き寄せるものがある、その美貌には押し寄せるものがある…だから焦点を合わせないようにしながら対峙する。


「うふふ、安心して。別に捕って食べようってつもりはないのよ」


 そう言ってサキュバスの人は、隣の男の人の腕に身体を絡ませる。


「ついてらっしゃい、真実を教えてあげる」


 踵を返して村の奥へと歩くサキュバスについて行くべきか迷ったが、危害が加えられないのであれば真実というものを見るのも悪くないかもしれない。

 決してサキュバスさんの色気に惑わされたわけではないと自分に言い聞かせて、その後ろ姿を追う。

 それに満足したのか、歩きながらサキュバスさんがとつとつと話し始める。


「あの村にいた男の人…主に夫という役割を持つ人はみんな疲れていたわ。私達は人の感情を糧にしているけれど、あれはひどい味だった…」


 その時の事を思い出したのか、憂鬱な横顔をしており、それに見入ってしまった。

 ダメだダメだ!

 サキュバスは無自覚に人に好かれるような行動を取るんだから騙されちゃいけない!

 ……あれ、でも無自覚ってことは天然って事なんだし、それは悪いことじゃない気も―――。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!

 近くにいるだけでこれとか、ほんと男に対して強すぎる!


「だから、私達はここにパライソを作ったの。疲れた皆を癒やす為の、魂の安息所を」


 そうして、とても大きなテントに案内された。

 中からは様々な男女の声が聞こえてくる…この中でいったいどんな淫靡な事が行われているのだろうか。

 僕はワクワク……ではなく、ドキドキしながらテントの中へと入る。


「う、うわああああああああああ!!」


 その光景を見て、思わず絶叫してしまった。


「ばぶ…ばぶぅ」

「ママ! マンマ!!」


 そこには地面に横たわる…いや、赤ん坊のように寝転がっている男の人達がいた!


「どうちたのかな~?」

「さみちかったのかちら~♪」


 そしてサキュバスの人達が男の人達をあやしている…なんだこの地獄絵図は!?


「男なんだから強くなければいけない、大人なんだから我慢しなきゃいけない…そうして皆が疲れ果てていたわ。だから、今この場所でくらいは子供に戻ってやり直してもらおうって思ったの」


 どうしてそんな事を思ってしまったんだ! 言え!!

 あぁでもやらかしにやらかしを重ねたティシュトリヤに創造された種族なんだから、こういう思想になっても仕方がないのかもしれない。

 それにしても、この惨状は…どう形容したものか


「ままー! おっぱい!」

「あらあら、ご飯はもうちょっと後よ。良い子だから我慢してね」


 なんか聞いたことがある声があるのでそちらに目を向けると、赤ん坊のフリをしているエイブラハムさんと目が合った。

 そういえばいつの間にか居なくなってましたね、あなた。


「フッ…まるで千円で売られているエッチなゲームの導入部分だな」


 それだ!

 いやいや、そうじゃなくて……。


「あの…どうしてRTAで必ずこの場所に寄るんですか? 何か凄いアイテムがあったりとか…」

「そんなもの、俺が来たいからに決まってるだろ!」


 RTAでわざとガバやってんじゃないよ!

 あんた本気出したらどんだけタイム縮められるんだよ!!


 いやまぁそんなことは置いといて…これからどうすべきかを考えないといけない。

 カーティバン村にいる女の人達は困っているけれど、ここにいる男の人達は望んでここにいるわけだ。

 ここで無理やり連れて行けば男の人に恨まれる、それどころかサキュバスさんも敵に回すことになるだろう。

 というか家庭の事情やらなにやらで疲れているだけなんだし、ぶっちゃけ僕ら関係ない気もする。

 なんて仕事でこんな所に来てるんだろ……。

 ―――あぁ、だからここから戻ってきた人達はみんな微妙な顔をしてたのか。

 スッキリ!…全然スッキリしないけど。


 いっそ村の女の人達に教えようかな?

 いやダメだ、サキュバスは女性を誘惑できない代わりに女性から傷つけられないという法則が定められている。

 そうなると男の人達になんとかしてもらわないといけないけど、今村に残ってる人達じゃあ絶対に勝てない…というかここで幼児退行してる人も乱入してくるか。

 肝心の頼みの綱であるエイブラハムさんは―――。


「さぁ、皆の気持ちをママにちょうだいねー」

「……ヴォエッ! ゲホッ、ゲホッ…ごめん、むり……」


 凄いや、サキュバスに吸われた感情が吐き出された。

 あれじゃあエサにならない…ある意味、最強の切り札だ。

 問題はその切り札のジョーカーが相手側のカードになってる事だ、相手からしても不必要なカードで処分に困ってるだろうけど。


 ふと、前世の記憶が甦る。

 僕が一度死んだあの日…そうだ、あの手があった!

 僕はその場から走って逃げ、村まで戻る。


「あら、坊や。もう一人のはどこにいったんだい?」

「あー……森ではぐれました! だけど、すぐに村の男の人と一緒に連れ戻してきます!」


 村で馬を預かってもらっていた人に早口で説明し、再び馬を駆って外の世界に向かう。

 少しばかり時間はかかるけども、サキュバスさんならば手荒な真似はしないからとれる方法である。

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