第7話:恒久快楽の揺り篭

 僕は今、馬車に揺られて北にある街に向かっている。

 教会で治療してもらったおかげで手の火傷はもう跡形もなく、綺麗な肌になっている。

 ちなみにエイブラハムさんは足元フラッフラな状態で出てきた。


「フッ…さながら天国の門ってやつだったな。覚えてないが」


 それは死ぬ寸前だったという意味だろうか。

 いやまぁ満足そうな顔してたし、覚えてないなら覚えてないで別にいいか。

 恐らく、心の防衛本能が働いたせいで記憶から抹消されてるんだろうし。

 

「そういえば、今から向かうヴィスカスって街には何があるんですか?」


 僕は馬に跨っているエイブラハムさんに聞く。

 馬車の中にいればいいのに、どうしてそれを運んでいる馬に乗ってるんだろうか、この人。


「あそこはスライムを養殖している街でな。最近スライムの流通が止まったせいでわざわざ出向くことになったんだ」


 あぁ、そういえばスライムって色々なものに使われてたなぁ。

 身近なものだと無菌のスライム片を傷口くっつけて止血するとか、そういったものに使われてたりする。

 他には老廃物や排泄物の処理にも使われたりするそうだ、ほんと便利な設定してるなこの世界のスライム。


 そうして何度か夜を明かし、エイブラハムさんが馬に蹴られ、朝を迎えて、どこかの誰かが寝坊して忘れ去られたけど必死に追いすがったりしながらもヴィスカスの街に到着した。

 僕らの…というか、僕は隊商の便利役なので帰るまでが僕の仕事だ。

 だから隊商の人達が仕事を終えるまで暇になるのだが……。


「何故だ! どうしていきなり商品を卸さなくなったのか、せめて理由だけでも!」

「金の問題じゃないんだ…すまないな」


 隊商をまとめている人が色々な人に声をかけているも、取り付く島もないように断られている。

 結局、その日は一切の進展がないまま宿に戻ることになった。


「あとどれくらいこの街に滞在するつもりなんですか?」

「輸入用のスライムを仕入れるまでのつもりだったんだが、こいつは長丁場になりそうだ」


 宿で隊商の人に色々と話を聞いてみたが、誰も仕入れができていないようだ。

 しかもその原因すら話してもらえないせいで、どうすればいいかも分からないという事らしい。

 一応、酒が入れば口が軽くなるかもしれないということで何人かが酒場で情報収集しに行っている。

 せめて少しでも何か分かればいいのだけれども…。


「ところで、エイブラハムの奴はどこいった?」

「夜が俺を呼んでいる、とか言ってどこかに出て行きました」


 夜が呼ぶって何だろう、サキュバスとかだろうか。

 ……そういえば、原作にはサキュバスのせいで滅んだ国とかあったなぁ。

 この街は本編が始まる頃には滅んでいたのだけど、もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。

 明日は僕もちょっと調べてみよう。



 翌日になって酒場から帰ってきた人達の話を聞く。

 しかし、彼らは何か情報を持ち帰ってきたどころか、ここから離れたくないと言い出した。


「どういうことだ! せめて理由を話せ!」

「うるさい、いいからお前らだけでも帰れ」


 そう言って彼らはどこかに去っていった。

 隊商をまとめている人はワケが分からないといった顔をしており、いよいよ話がおかしな方向に転がりだしていった。

 

 さて、取り敢えず情報をまとめてみよう。

 この街は将来滅んでいることから、何かあるのだろう。

 勇者が封印の剣を抜いたことで宿神がこの世界に舞い戻ったことが原因かと思ったが、その前に滅んでいるはずだ。

 ゲームで色々と調べたこともあるけれど、その原因は不明であった。

 ただ、建物などは綺麗に残っていたことから、何かが襲撃してきたというのではないのだろう。


 何も思いつかないまま色々と頭を悩ませながらウロウロと歩いていると、道端で倒れているエイブラハムさんを見つけてしまった。

 見なかったフリをして通り過ぎようとしたのだが、ゴキブリのように這いずってこちらの足首を掴んできた。


「あの…地面に転がってたら危ないですよ」

「フッ、それは俺の顔がって事かな?」


 頭と行動の方です、と言おうとして言い留まった。

 こんな人でも、流石に言っていい事と悪い事が……あると思う、うん。

 

「というか、そんな地面に寝転がってたら汚いですよ」

「いいや、そうでもないぞ。この街はどこも綺麗だ、俺ほどじゃないがな」


 外面が綺麗という意味でならピッタリかもしれない。


「まだ気付かないのか? この街が、あまりにも綺麗過ぎるということに」


 そう言われてハっと気付いた。

 真昼間だというのに人通りが少ない、飲食店の裏側にあるはずの残飯も見当たらない、臭いところがまったくない。

 生活感が…人が生きているという匂いがまったくしないのだ。


「もしかして、アンデッド化…?」

「いいや、それは違う。死体になってるなら腐臭は隠せないはずだ」


 僕は恐ろしくなりながらも、頭の中で様々な原因を考える。

 まさかこんな形でヴィスカス滅亡の真相を探ることになろうとは、誰が予想できただろうか。


「そういえば、俺が夜の風に抱かれていた時の話なんだがな」

「……一応聞きますけど、服は着てましたよね?」

「フッ…」


 着てたって言ってよ!

 なんで誤魔化す感じで意味深な笑みを浮かべてるんだよ!!


「月明かりよりも眩しい光に導かれ、熱き癒やしの源流を見に行っていたのだがな……」

「熱き癒やしの源流……あの、それってお風呂を覗きに行ったってことじゃ―――」

「シッ! ここからがこの話の良い所なんだ!」


 あなたの良い所がどこにもないんですがそれは。

 どうしよう、今すぐ衛兵さんに伝えに行った方がいいのかな。

 でも関係者だって思われたくないなぁ…。


「誰も来なかったんだ。一軒、二軒…何十件と回ってみたが誰もいなかった。おかしいだろう?」

「何十件も風呂を覗きに行ったあなたがオカシイ」


 とはいえ、確かに怪しいといえば怪しい。

 毎日お風呂に入らない人もいるだろうけど、ゼロだったというのは考えにくい。

 つまり、お風呂に入らなくてもよくなった…もしくは、それに代わる何かがあるということだ。


「もしかして、この事件の裏にスライムが関係していると…?」

「ザッツライト!」


 エイブラハムさんがいちいちポーズを取ってくる、若干うざったらしい。


「そして、何かあるとしたら…スライム養殖場になにかあるだろうな」

「なるほど!……ところで、そこまで分かっていて、どうしてエイブラハムさんは調べに行かないんですか」

「いや、ほら…ひとりだと寂しいし……」


 一人でトイレ行けない子供かあんたは!

 けど、この情報を教えてくれた事には感謝すべきかもしれない。


「それじゃあ行くぞ、地下でスライムに身体中をねぶられてる美女達をな!」

「あの…男の人もいると思うんですけど……」

「フッ、それはお前の役割だ」


 前言撤回、たぶん僕を利用する事しか考えてなさそうだもん。

 そうして僕とエイブラハムさんはスライム養殖場へと向かった。



 スライム養殖場は大きな刑務所とも思えるような建物であり、警備は厳重であった。

 もう養殖していないのであれば警備する必要はない、つまりここには守るべき何かがあるということだった。

 警備は厳重であっても、必ず抜け道のようなものは存在している。

 高い壁で阻まれているということは、そこから入ることはできないという先入観ができるものだ。

 僕は地面に手を当てて≪変質≫を使って壁を登る為の坂を作り、そこから中に入る。

 そして壁の一部を≪変質≫させて脆くしてから壊し、侵入した。

 念の為に空気の膜を作って防音にも気をつけて進むが、人の気配が一切感じられなかった。


「誰もいませんね…」

「フッ…寂しい奴だ。俺の心にはいつもジョゼフィーヌがいる」


 誰だよジョゼフィーヌって、実在していない架空の人物じゃなかろうか。

 そうして奥へ奥へと進むと、不可解な箱が何個も置かれているのが見えた。

 それはまるで、人ひとりが収まるくらいの大きさで……僕は意を決してその箱を開けてみた。


「これは…スライム?」


 中には想像したようなものはなく、スライムだけが詰められていた。

 もしかして出荷用のスライムだろうか。


「フッ…なるほどな」


 エイブラハムさんが意味ありげな台詞を言うが、たぶん何も考えてないんだと思う。

 箱が気になりながらも、僕らはそのまま奥へと進む。

 

 しばらく歩くと、大きな扉を見つけたのでゆっくりと開けて中を見る。

 そこには部屋の半分以上を埋めるほどの巨大スライムと、それに飲み込まれた人達が見えた。


「まさか…ッ!」


 僕がナイフを取り出してそれをスライムに向けると、エイブラハムさんが手でそれを制した。


「落ち着け。スライムが人を食べてただけじゃあ、今のような状況にはなるまい」


 確かにその通りだ。

 スライムが人を襲っているのであれば、街の人達はそれに対抗しているはずだ。

 だというのに助けを求めるどころか、こちらを意にも介していなかった事を考えると、もっと違う理由があるはず。

 それでもスライムに襲われた時の為に、ナイフはそのままにしておきながらスライムを観察していると、その身体に大きな口のような穴が開いた。


「ぼうりょくを、ふるわず、りせいある、こうどうに、かんしゃする、ひとのこよ」


 僕は巨大スライムから声が発せられたことに驚き、それどころかしっかりと言葉の意味を理解している事に拍車をかけた。

 ただ、納得できない理由が頭によぎる。


「でも、おかしいですよ…スライムは確かに大きくなることで知性を獲得するという文献はありました。だけど、それなら養殖されて大きくなったスライムにも相応の知性があるはずです」

「それは誤訳だな。スライムが知性を獲得する条件は成長、そして大質量の獲得だ。つまり、ただ大きくなるだけではなく、永く生きる条件も必要なのだ」


 えっ、なんでこの人そんなこと知ってるの!?

 僕の中でエイブラハムさんの株価が乱降下しているんですけど!!


「われは、ながく、ここでいきた。そして、なかまと、あわさり、このような、いしきを、てにいれた」


 巨大スライムがその説明を補足するように言葉を紡ぐ。

 まだつたない発音だが、しっかりと分かるように丁寧に喋ってくれている。


「それじゃあ、飲み込まれている人達は…?」

「われは、かれらから、かてを、えている。そして、そのたいかを、しはらっている」


 巨大スライムは一人の男性を身体から半分だけ出す。

 恍惚そうな顔をしており、まるで幸せの絶頂を味わっているような様子だった。


「けがれは、われがたべる。かれらは、ここでねむる。われは、ひとのゆりかごなのだ」


 つまり、この巨大スライムによって快楽を味わっているという事らしい。

 それならこれまでの対応にも納得ができる。

 これなら眠っているだけなので最低限の糧さえあれば生きていける。

 そしてそれだけで永遠の快楽が約束されているのだ、スライムの輸出なんかどうでもよくなるだろう。


 僕はこの巨大スライムに囚われた人を哀れに思うだろう、だがそれを妨げるだけの理由がない。

 ……いや、酸っぱい葡萄なのかもしれない。

 ただ眠るだけで幸せを感じる彼らを、手の届かないものだと思うことで自分の気持ちに折り合いをつけているだけなのかもしれない。


「のぞむのなら、このゆりかごに、いれよう」


 巨大スライムは大きな触手を作り出し、こちらに伸ばしてきた。

 永遠の幸せ…僕は手を差し伸ばそうとして、エイブラハムさんがその触手を思いっきり叩いて弾いた。


「ウチの子になにするんザマス! 寝取られはダメって教わらなかったの!?」

「勝手に貴方の子供にしないでください。というか寝取られって言うくらいなら、一度くらい寝てから言ってください」

「それは…俺と寝たいって意味かな?」


 そのキメ顔を見て鳥肌が一気に全身に立ってしまった。

 おかげでさっきまでの気分が台無しだ!


「フン…何が揺り篭だ、俺には棺桶にしか見えん。それとも、お前はあそこでオギャりたいほど子供だったのか?」


 それを聞き、アマゾネスのレイシアさんの事を思い出した。

 あそこから逃げる為の方便ではあったものの、僕はあの人と約束した。

 今よりも大きな男になっていつか帰るという事を。

 少なくとも……ここが僕の終着点ではない。


「どうした、ひとのこよ。ここには、あんねいと、しあわせで、みたされている。なにが、ふまんなのだ」

「安寧と幸福は確かに薬のようなものです。ですが、摂取しすぎれば毒なり、人は腐ります。僕はここで死ぬほど、生きてはいません」


 僕は覚悟を決めて巨大スライムに言い放つ。

 うねうねとくねっているのだが、表情がないせいで喜怒哀楽がまったく分からない。


「それは、俺と一生を添い遂げてくれるって事でいいのかな?」

「それだけは絶対にないんで安心してください」


 もう完全にエイブラハムさんの思考が読めない。

 狂人というか病気というか―――。

 そうか、この街が滅んだのはそういう事か!


「えっと、スライム…さん? 街の人達を解放してください。そうじゃないと、この街の人達が全滅してしまうんです!」

「……なぜ、りゆうを、もとめる」

「スライムのおかげで街は清潔ですし身体も老廃物処理してくれます。だけど、病気だけは防げないんです」


 恐らくだが、この街が滅ぶ切っ掛けは流行り病だ。

 普通ならば病が流行っても薬で治療することができるが、この街にスライムという特産品がなくなれば誰も来なくなる…つまり、薬が入ってこなくなるのだ。

 しかも皆がスライムの中で眠っているのだから、体力も落ちるだろう。

 誰か一人で感染すればスライムという媒体を伝って全員に一斉感染する…そうなればもうどうしようもない。

 いつどういった経路で病気が流行するかは分からないが、この街を完全に封鎖しなければそれを防ぐことはできないし、そんな事は実質不可能だ。


 だから僕はその事を一生懸命に、丁寧に分かりやすく噛み砕いて説明する。


「アナタが悪いわけではありません。だけど、アナタがいるとそれだけで人はアナタにすがりつきます。どうか、人の為を思うのであれば、元の大きさとなり、人の幸せを願ってくれないでしょうか」


 その場に静寂が訪れた。

 僕とエイブラハムさんは巨大スライムが答えるまで待っていた。


「………だめだ」


 巨大スライムは身体の中に入れていた人達を部屋の隅にゆっくりと運び出す。

 その巨体が細かく震えているのは、その怒り故だろうか。


「われは、かんがえる。われは、おもう。われは、われである。もとの、おおきさになれば、われの、いしきがきえる。それだけは―――」


 全ての人達を吐き出した後、巨大スライムはその巨躯に相応しい声で吼えた。


「それだけは! ぜったいに、みとめられぬ!」


 直後、巨大スライムは破裂したかのようにその身体から無数の触手を部屋中に張り巡らせた。

 僕もそれに巻き込まれるかと思ったが、エイブラハムさんが庇ってくれたおかげで無事だった。

 ただ、その触手が張り付いた上着はそのまま引っ張られてスライムに吸収されてしまう。

 もしも捕まれば、一生あの中でまどろみの中で沈み続ける事になるだろう。


「フッ…俺の服を脱がせるとはいい度胸だ。今まで俺が服とズボンを三枚脱ぐまでに逃げなかった奴はいなかったぞ!」


 それは身の危険を感じたって意味なんだと思うけど、たぶん貴方が思ってる意味で逃げたわけじゃないと思いますよ!?


「よし、それじゃあ逃げるぞ」

「えっ…」


 なんかあのまま戦うような雰囲気だったのに、まさかいきなり逃げることになって頭が混乱している。


「あれだけの巨体だ、生半可な方法じゃ倒すことはできん。もし倒すことができるとしたら…マジックユーザーであるお前の力が必要だ」

「へっ!?」


 いきなりの無茶振りで頭がさらにゴチャゴチャになってしまう。

 あんなのを倒す魔法なんて、僕には思いつかない。


「話は後だ、先ずはあの扉を開けるぞ。スライムの弱点は火だ」


 エイブラハムさんに抱えられながら、扉まで運ばれていく。

 僕は鞘にナイフを当てて思いっきり擦り、扉を封鎖しているスライムに火花を飛ばす。

 ≪放出≫と≪変質≫で勢いを増したその火を恐れてスライムは扉から離れ、その隙にエイブラハムさんが扉を蹴破る。

 そのまま走って逃げるものの、後ろから巨大な質量を持つスライムが迫り、その勢い故に扉が完全にぶち破られていた。


「いいか、奴を倒すには水と土が必要だ」

「さっきスライムの弱点は火とか言ってませんでしたっけ!?」


 さっきと言ってることが全然違うんだけどこの人本当に正気なの!?

 いやこれで正気だっていう方が怖いんだけどさ!!


「いいから聞け、じゃないと舌を入れるところに凄いもの入れるぞ」


 どこに何を入れるつもりなんだよ!

 気になったが何をされるか分からないので無理やり口を閉じてエイブラハムさんの話を聞く。


「―――という作戦だ。質問はあるか?」


 エイブラハムさんの話を聞き、呆然としてしまっていた。

 まさか頭が良い事と狂っていることが両立するだなんて、思いもよらなかった。


「確かにそれは可能です。だけど、時間が必要です」

「フッ、時間稼ぎなら俺に任せろ。絶対に奴に吸収されない奥の手があるからな」


 そして僕はエイブラハムさんの腕から降りて、地面に手を当てる。

 石畳の下にある地面を触媒に≪生成≫して石と土の壁を作り、≪変質≫でさらに強固にする。

 スライムは老廃物などを摂取するが、こういったものは吸収できない。

 少しばかりの時間稼ぎにはなるはずだ。


「……分かりました。もしも成功したら、あとで一緒にステーキを食べましょうか」


 そして僕は入ってきた入り口を再び≪生成≫と≪変質≫を使って封じ込める。


「あれ……ちょっと待って、俺まだ出てないんだけど」

「エイブラハムさん、御武運を!」


 そして僕は時間稼ぎを買って出た彼を信じて外に向かって走り出す。

 この作戦はとにかく時間が命だ、魔法を使って地面による足場を作ったり坂を作って街の外周に出る。

 そして地面に手を当てて≪生成≫≪変質≫をとにかく連続して使う。

 急激な魔法の使用で意識が飛びそうになるも、歯を食いしばって、奥歯が欠けるくらいに力を込めて意識を保つ。

 何度も何度も使い……そして街の中から聞こえる悲鳴が徐々にこちらに近づいてくるのが分かる。

 知能が高いスライムだ、僕だけを判別して追うことも可能なのだろう。

 街を守る壁を乗り越え、巨大スライムがこちら側にやってくる。

 まるで雪崩か洪水かとも思われるような勢いでこちらに迫ってくる巨大スライムなのだが、僕に触れる前にその巨体は地面の中に吸い込まれていった。


「フッ…それだけの巨体だ。底なし沼にハマってしまえば抜け出すことはできまい」


 僕の隣には、いつの間にかちょっとボロボロになっていたエイブラハムさんが立っていた。

 僕がここでやっていたことは、ひたすら水を≪生成≫し、それを大地の土と混ぜ合わせて柔らかく≪変質≫させていたことだ。

 あとは≪収束≫を使って土の中にある水分を吸い出せば、封印完了である。

 もしもこの巨大スライムが知性を持たなければ、底なし沼にハマってもすぐに分裂して難を逃れていたことだろう。

 奇しくも、このスライムは知性を手放せなかったが故に滅んでしまったのだ。


「時間を稼いでくれてありがとうございます、エイブラハムさん。ところで、どうして吸収されなかったんですか?」


 そう言うとエイブラハムさんは懐から小さな小瓶を取り出した。

 中には光り輝く金属のような液体が入っていた。


「スライム特効の水銀だ。これがあれば、絶対に吸収されないからな。フッ…伊達に日本が恥じ入る和マンチマンと呼ばれてないぜ」


 なるほど、水銀か…身体の大部分を水分で補っているスライムなのだ、水銀なんて取り込んでしまえば、一生消化できない毒を取り込むようなものだ。

 ………ん? 今、聞こえるはずのない単語が聞こえたような気がした。

 確認の為に、エイブラハムさんに質問する。


「ところで、ツバメ・星・竜・虎・鯉のどれが好きですか?」

「オイィ…巨人を忘れるとかいい度胸じゃねぇか」


 そしてしばしの沈黙が訪れる。


「―――えっ、ほんとに転生者?」

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