第4話:ゴブリンズ・ウォー
突撃隣のお婿さんといった感じでアマゾネスの集落にお届けされた翌朝、僕は下腹部をなでる。
そこには奴隷の焼きごてならぬ、アマゾネス印の淫紋…でもなく、アナト・アレスの紋章が刻まれていた。
取り敢えずこの世界の神様は見つけ次第バチコンかましてやることを決意したが、それは宿神の封印が解けた事を意味するので、そんな機会が永遠に来ないことを神様に祈った。
どうかそのまま一生この世界に関わらないでください、と。
僕が起きた事でレイシアさんも目を覚まし、朝の支度を始める。
アマゾネスの人達は昨夜の宴会やら逃亡劇のせいで泥まみれになりながらも、疲労があったせいで皆すぐに寝てしまったので、沐浴をしに行っていた。
本当なら僕もまだ子供だし女風呂に入っても許されるよねと思っていたのだが、僕は留守番をしながら魔法で水を出してそれで体を洗っていた。
何故かって?
「他の女に現(うつつ)を抜かしたり浮気をしても殺したりしないから安心するがいい。そう…絶対に殺さん、殺したりするものか」
…と、レイシアさんに言われたからだ。
絶対に殺さないという言葉があそこまで怖いものだとは思いも寄らなかった。
"ハーレムがいいです!"とか言ってたら多分今ごろ"ころして…"としか喋れない人形になってただろう。
そんなこんなで朝食を終えてからレイシアさんが僕を森の湿地帯の出口にまで運んでくれた。
僕が夜に置いてきた荷物も回収してくれていたので、それを返してもらった。
「グリムの子フィルよ、これをワシだと思って持ち歩くがよい」
そういってレイシアさんはおかしな鞘に入ったナイフを渡してくれた。
あぁ、そういえばこんなアイテムも設定上あったなぁ。
僕がナイフを取り出し、そして鞘にこすり付けると火花が出た。
現実世界にあったメタルマッチのようなものだ、流石に成分まで同じかは知らない。
「マジックユーザーであるおぬしには必要ないかもしれんが、それくらいしか渡せる物がなくてな」
そう言ってレイシアさんは僕の前髪をかき上げて、おでこに触れるような口付けをしてくれた。
あまりにも突然の行動だった為、驚きながら顔を赤くしてしまった。
流石にこのままやられっぱなしなのも癪なので、少しばかり言い負かせようと思う。
「またここに戻ってくる時は、おでこには届かないくらいに大きくなってきますよ」
前世だったら言えなかったような台詞だが、今の僕は子供だからこういった恥ずかしい台詞も言えるのだ、ハハハハ!
そんな僕のささやかな抵抗なんてそよ風だと言わんばかりに、レイシアさんは軽く微笑みながら流していた。
チクショウ! なんだか余計に恥ずかしくなってきたじゃないか!!
というか、この人の身長が百八十センチくらいあるから、僕は前世よりも身長を伸ばさなければならない。
身長を伸ばす魔法とかあればいいのに…。
いっそ神様にお願いするか?
いや……封印された宿神が出てきたら願う前に先ず殴るから無理だな。
そして名残惜しみながらも、僕はアマゾネスの集落から旅立った。
ただ歩くのも芸がないので軽く魔法の練習をしながらである。
風を≪生成≫して≪放出≫することでそよ風を出して涼んだり、小石を≪変質≫させて固くしたり脆くしたり、色々である。
なにせアカデミーを卒業していないのだ、事故が起きないようにしっかりと練習しなければならない。
そして夕暮れ時、ようやく泊れる村に到着することができた。
だが村の入口で何人かの大人が騒いでいるのが見えることから、なにかトラブルがあったようだ。
流石に放置して村の中に入るわけにも行かず、村の男性に何があったのか聞くことにした。
「あの、どうかしたんですか?」
「実はウチの若い娘がゴブリンに浚われたらしくてな…」
あぁ、そういえばゲームでもゴブリンが人を浚ってそれを救ってイヤンな展開があったなぁ。
一応はモンスターじゃなくて種族のひとつだけど、アマゾネス並に嫌われていたはずだ。
……アマゾネスが嫌われすぎなのか、ゴブリンがあまり嫌われてないのか判断がしにくいところでもある。
「誰か助けに行かないんですか?」
「いやぁ、それはちょっとなぁ……」
村の男性はしどろもどろといった態度で話す。
ゲームだと雑魚敵だったけど、実際の脅威として存在しているならば怖くても仕方がない。
「これでもマジックユーザーの端くれ、僕が助けに行きます!」
そう言うと男の人は心配そうな顔をして止めようとする。
「えぇ……む、無茶はしない方がいいと思うけどなぁ…」
まだ子供であろう僕の心配をしているにしては、ちょっと歯切れが悪い言い方なのだが、この人なりの心配なのだろう。
というか、流石にそろそろ一度くらい実戦を体験しておきたいのが本音である。
「大丈夫です。荷物は預けますので、宿に置いておいてください」
そう言って僕は最低限の荷物だけを持ち、村の裏にある山へと向かった。
あー仕方がないよなー!
困ってるなら助けに行くのが男の子だもんなー!
これでフラグが立ってもそれは不可抗力だからなー!!
レックスみたいに女の人とイチャイチャしても、それはお礼だから断る方が失礼だもんなー!!
そうして森の中に入り探索していると、ゴブリンが立てたであろうトーテムを見つけた。
彼らはこれで縄張りを誇示しているので、逆に言えば既にここはゴブリンのテリトリーということだ。
空はまだ赤いものの、そろそろ暗くなるので早くゴブリンの住処を見つけたいところだ。
そう思って森の奥へ奥へと進むと、明らかに手が加えられた洞窟を発見した。
僕はアマゾネスの集落に侵入した時のように、空気の膜を≪変質≫させて薄くし、≪維持≫した状態を保持しながらその中に侵入した。
しばらく進むと大きな台座があり、その上に薄着になっていた女の子が寝かされているのが見えた。
「キミ、大丈夫!? もう大丈夫だよ」
僕はその子に駆け寄って抱き起こすと、ゆっくりと目を覚ました。
「あれ…あなたは……?」
「村の人に言われて、助けに来ました。さぁ、早く逃げましょう」
起きたばかりでまだ頭が働いていないのだろう、僕はその子の手を引いて洞窟から逃げようとする。
しかし、今さっき入ってきた通路から多くの足音が聞こえてきた。
「オイオイ…飯ノ準備ヲシテル間ニ、オカズガモウ一品、増エタゾ」
なんということだろうか、通路からはゾロゾロとゴブリンが入ってきた。
おおよそ十匹…まともに戦える数ではない。
「後ろに隠れてて!」
僕はレイシアさんのナイフを抜き、先頭のゴブリンに突きつける。
しかしそれをまったく意に介していないどころか、ニヤニヤとした顔つきをしている。
「コッチバカリ、見テテイイノカナ、オウジサマ?」
ハッとして上を見ると、上から別のゴブリンが僕の上に落ち、ナイフを落としてしまう。
その隙をつき、ゴブリンの群れが僕の身体を拘束する。
「クックックッ…歓迎スルゾ、少年」
なんてことだ…ゴブリンだということで油断していたせいでこんなことになってしまうなんて。
こんなことなら、アマゾネスの集落で大人しく暮らしておくべきだった。
今さらそんなことを後悔したところでもう遅い。
僕と、そして浚われた女の子はここで―――。
夜の晩餐、僕は服を脱がされて女の子は薄着のままで台座の上にいる。
二人の肌には玉汗が浮かび上がり、息も若干あがってしまっている。
互いの温度が感じられるほどの近さのせいで、頬も赤味がかかっている。
「グフフフ、イイ眺メダナァ」
そんな僕らを、ゴブリンたちが何か分からないものを食べながら見ている。
現実離れした今の状況と、そして僕と一緒に捕らえられた彼女から逃れるように視線を逸らす。
「オイ! ウゴクナ!!」
立ち上がりながらゴブリンが怒声をあびせかけてきた為、僕は再び互いの吐息が感じられるような位置まで顔を戻す。
それに満足したゴブリンは再びイスに座り、手を戻す。
彼らの手には絵筆が握られており、その眼前にはキャンパスがあった。
………まるでワケがわからない。
僕と女の子は、何故かゴブリンたちが描く絵のモデルをやらされていた。
ちなみに最初は『捕らわれの女子』というテーマで描く予定だったらしいが、僕がきたことで『捕らわれの女子と救いの王子』というテーマに変わったらしい。
いやいやいや……失敗したから、救いどころか理解不能な蟻地獄に捕らわれてるから。
そういえば、ゲームではレックスはゴブリンを倒して女の人を助けるシーンが何度もあった。
そして、救われた人達はみんなゴブリンにエッチなことをされた形跡がなかったことを思い出した。
なんだよそれ僕べつに助けにこなくてよかったじゃん!
っていうかずっと同じ体勢で疲れたんですけど!!
夕飯も食べてないからお腹空いてるんですけど!!
けれどもゴブリン達はそんなことお構いなしに食事をしながら絵を描いている。
そして、洞窟内に響くスケッチ音をかき消すように、一人のゴブリンが声をあげた。
「ヤッパリ、上ダケ裸ジャダメダナ。下モ脱ガソウ」
「ウム…ソレモイイナ」
そしてあろうことか、ゴブリンが僕のズボンを脱がしにかかったのだ!
「お願いです! 後生ですからこれだけはご勘弁を!!」
「ウルサイ! コレモ芸術ノ為ダ!」
僕の抵抗もむなしくズボンを半分脱がされてしまったが、そこで彼らの手が止まる。
そう……見てしまったのだ、僕の下腹部に刻まれた罪を……。
「ナ…ナンテコトダ! コイツ、アマゾネス!?」
僕の下腹部にある紋章を見てゴブリン達が動揺している。
それもそうだろう、彼らが信奉する神は大地と美のゲブ・カリスである。
愛と戦いの権能を持つアナト・アレスとは大層仲が悪いのだ。
「ド…ドウスル……」
「ウゥム…マサカ、アマゾネス…」
ふふふ、混乱しているようだな…僕がここで味わった半分くらいの衝撃は与えられただろうか。
まぁこっちも見られたせいで自爆ダメージを受けているんだけれども…。
「ココハ、王子デハナク、姫騎士ガ助ケニキタ…トイウノハ、ドウダ?」
お前ら無敵かよ! 諦めろよ! なんでそこで属性を切り替えてんだよ!!
「ソウダナ、男ナンテ要ラナイヨナ」
「ハ? コロスゾ?」
「オマエ、メスニスッゾ?」
……なんだなんだ、急に険悪な雰囲気が漂ってきた。
というか前世でも見たことあるような対立だぞ。
「あの…僕の妻はアマゾネスなんです」
それを聞き、再びゴブリン達の間に動揺が広がった。
「ヤベェヨ、ヤベェヨ…アマゾネスノ子ダト思ッタラ、夫ダッタゾ……」
「スゲェナ…」
なんだかよく分からないが、アマゾネスの凄さというものを理屈ではなく感情で理解できた気がする。
名前を出すだけでなんでこんなことになってるんだ…。
「アマゾネスカラ、NTRシチュ……アリダナ」
「ハ? 純愛ダロ?」
「オマエ、ナカマ、チガウ、コロス」
二つに分かれたゴブリン達は、今度は四つに……いや全員がバラバラになってしまった。
こうなってしまえば、もう戦争しかない。
「解釈チガイダアアアアアア!!」
その咆哮を合図に、ゴブリン同士による大乱闘が始まった。
殴り、蹴り、投げながらもキャンバスにはぶつからないことから、彼らのプロ魂を感じ取った気がする。
……プロならちゃんと了解をとってからモデルを頼め!!
相争う彼らを尻目に、僕と浚われた女の子は台座の横に置かれた服を着て、そのままこっそり洞窟から抜け出して村に戻った。
「えっと、その………おやすみ」
「あ、はい…おやすみなさい……」
そうして彼女と村の入口で気まずい雰囲気を醸し出しながら別れ、僕は宿のベッドで何も考えられずに泥のように眠った。
嗚呼…今日の出来事が全て夢……悪夢だったらよかったのに。
翌朝、朝食を取りに宿の一階に降りると、そこには女の子が浚われた女の子について話してくれた男の人と、怪しいローブを被った子供のような人影があった。
「ゲヘヘ、ソレジャア、アッシハコレデ…」
ローブを被った人の声を、僕は聞いた事があるように感じた。
どこで聞いたのかと考えていると、さっきの男の人が陽気な声でこちらに話しかけてきた。
「やぁ、やぁ! 昨日はウチの村の子を助けてくれて本当にありがとう! お礼として、ここの宿代はチャラにしておこう。いやー本当に良かった良かった!」
あまりにも機嫌が良すぎて、逆に怖い。
何があったのかを探る為にも、僕はその人が小脇に抱えている何かを指差した。
「あの、ところでソレはいったい…?」
「あぁ…これは芸術品さ。どうだい、なかなか良い物だろう? この村ではこういったものがよく流れてくるんだよ」
あれーおかしいねー、それと似たような絵を昨日見た気がするなー。
っていうか、あなた昨日助けに行くって言ってたとき歯切れがわるかったですよねー。
もしかして、もしかして~~~??
僕の視線などおかまいなしに男の人がペチャクチャと絵画について話をしている。
なるほど、なるほど…つまり貴方はそういう人なんですね?
僕は構わず喋り続けているその人を背にして階段を昇る。
「最初から説明しとけええええええ!!」
そしてそのままおじさんとその絵画に向けて勢いよくフライングチョップを敢行した。
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