第5話:ゼロの男

 実家から勘当されて一週間、僕はようやく商業都市であるエスクードに到着した。

 貨幣と盾を意味する名前を持つこの都市には王はいない。

 とはいえ、管理者はいるのでおかしな真似をすれば相応の罰が与えられる。

 ちなみにゲーム本編ではこの都市は常に他国から中立を保っていたせいか、他の国が滅ぶとここに有能な人材が流れまくるので、プレイヤーの間では島流しだと言われたり言われなかったり。


 都市の南門から中に入ると、活気溢れる市場が奥に見えていた。

 父さんがいたなら色々と勉強する為に回るだろうけど、今の僕には関係ない話だ。

 先ずは衣食住…の前に仕事を探さなければならない。

 マジックユーザーには特別な才能が必要だからその数が少ない、だからそっち方面の仕事を探せばいいのだが、問題が二つある。

 ひとつめは僕がアカデミーを卒業していないという問題だ。

 一年はしっかりと練習と勉強をしてきたので魔法が暴発することはないのだが、相手がそれを信じるかどうかは別である。

 ふたつめは僕がまだ子供という問題だ。

 転生しているからまだ他の子供よりも分別はついていると思うのだが、それを証明することができない。

 つまり、相手からすればアカデミーから逃げ出した子供がやってきたという認識になってしまうのだ。

 どうしたものかと悩みながら、僕は大きな屋敷を構えているマジックユーザーギルドの門戸を叩いた。


 ギルドというものは、基本的にその技術や知識を持つ人がそれに関連した仕事を受ける為に所属するものだ。

 だからこの世界では料理人ギルド、理髪師ギルド、鍛冶ギルドなど多種多様に存在している。

 このマジックユーザーギルドでもそれは同じで、マジックユーザーを必要としている仕事を請け負ったりしている。


 屋敷の門をくぐり、その大きな扉を開けて中に入るとその部屋はほのかに暗かった。

 大きな広間にはいくつものテーブルとイスがあり、そこには自分と同じマジックユーザーであろう人達がいた。

 その人達は≪生成≫と≪維持≫で火による明かりを作っていたことから、恐らくそれが出来ることがここに入る条件なんだろう。

 僕も他の人達に倣って≪生成≫と≪維持≫による明かりを作って中に入り、部屋の奥にあるカウンターまで向かう。


「へぇ…こんな小さい子がよくもまぁこんな所に」


 カウンターにいる女性の職員さんらしき人が値踏みするかのように僕の顔を覗き込む。

 それに臆せず、僕はその人に申し出る。


「フィル・グリム、マジックユーザーです。試験も合格したようですし、こちらのギルドに登録したいのですが」

「試験……?」


 そう言って女の人は怪訝そうな顔をしている。

 もしかして明かりを灯すことは試験ですらないということだろうか。


「この暗闇の中でも明かりを灯せるかという入門試験だったんじゃ?」

「いいえ、どこかの馬鹿がランプに≪収束≫させた光を閉じ込めておけば交換する手間が省けるってやった結果、全部割れただけよ」


 そう言ってテーブルにいる何人かの人を睨みつけると、その人達はこちらから慌てて目を逸らした。

 なんだろう…マジックユーザーの人って頭良さそうなイメージだったけど、急に変人の集まりのように思えてきた。


「まぁいいわ。フィルくんが魔法を使えるという事は分かった。それじゃあこの登録用紙を書いておいて」


 そう言って出された用紙には名前や年齢、他には今までどんな仕事をしてきたか、好きな女性と男性のタイプなどが書かれていた。


「あの…好みの女性のタイプって書く必要ありますか?」

「ええ、参考にしたいからね」


 参考って何の参考なんでしょうか、ちょっと怖いんですけど。


「……女性の欄だけでいいんですよね?」


 念の為に聞いておいたのだが、その問いにも笑顔で返されてしまった。

 お願いだからしっかり言葉で否定してくれませんかね!!


「おい、坊主。ちゃんとハゲてる人でもいいって書いておきな」

「ヒゲがある男がいいって書いておけ」

「いや書きませんからね!?」


 登録用紙を書いていると、興味を持った人達が続々と僕の周囲に群がってきた。

 その全員が明かりを≪生成≫しているわけだからちょっと暑いというかむさ苦しい。


「イモラ様、カルピ様。その用紙はフィル様の好みが書かれているだけですので、お二人の特徴が書かれたところでモテるかどうかは別問題ですよ」

「子供にでもいいから好かれたいんだよ!」

「友情だから! おかしな意味はないから!!」


 イモラとカルピと呼ばれる二人は握りこぶしを作り、熱弁していた。

 なんだろうかこの残念感は、もっとこう…マジックユーザーなら知的な振る舞いをすべきではなかろうか。

 そんな二人を見て、受付の人は溜息をつく。


「はぁ…それなら子供にお菓子でもあげればいいのではないでしょうか」

「あぁ、それで二回捕まった」

「俺たちはただ、子供の喜ぶ顔を見たかっただけなのに…」


 二人は落ち込んでいるが、怪しい服装と顔のせいで当たり前だという感想しか出てこなかった。


「待ちな。俺はそいつがこのギルドに入るのを反対するぜ」


 声がした方向を見ると、壁際の暗闇に誰かいるようだった。

 よく目を凝らしてみてみると、腕組みをしながら壁にもたれかかっている若い男の人がそこにいた。


「アカデミーすら卒業していない子供が来る場所じゃねえ。大人しく家に帰ってママのミルクでもしゃぶりつくしてくるんだな」


 しゃぶりつくすっていうのはミルクじゃなくて骨とかそういった物に使う言葉ではなかろうか。


「そして乳は二つある。ひとつはお前が、そしてもうひとつは……分かるな?」

「ごめんなさい、貴方がヤバイ人であるということしか分からないです」


 マジックユーザーには変人しかいないのか、そうなると僕も変人ということだろうか。

 …いや、ちょっとムッツリだけど変人と言われるほど傾いた性癖はないはずだ。


「……エイブラハム様、邪魔するなら帰ってもらえませんか」


 つばの長い帽子と黒いコートを羽織っているその人…エイブラハムは人差し指を立ててチッチッと横に振る。


「今の俺の故郷はここさ」

「魔法使えるようになってから言え」


 えっ…この人、なんでマジックユーザーじゃないのにこのギルドにいるの……。

 

「君と出会ったことで、俺には強力な魔法がかかっちまったのさ」

「呪術は専門外です。別のギルドへどうぞ」

「フッ…おもしれー女だ。だが、いつかその氷の顔を俺の魔法で溶かしてやるぜ」


 受付の人が物凄く嫌そうな顔をしている。

 というか人を射殺すくらいに鋭い視線を向けている、怖い。


「―――それで、フィルくんはちゃんと書けましたか?」

「あ、はい」


 受付の人が笑顔をこちらに向けてきた。

 先ほどまでの顔とは違いすぎて、むしろこっちの顔の方が怖い。


「ふむ…まだ≪循環≫などの上級魔法は使えないのですね」

「そこら辺については、こちらで学べればいいかなぁと思いまして」


 なにせマジックユーザーギルドなのだ、専門家の人だっているだろう。

 なんか壁によりかかって薄気味悪く微笑んでる無関係の人もいるけど。


「止めとけ、止めとけ。いくら魔法が使えるからって、仕事で役に立つとは限らないぞ」

「魔法が使えない人よりかは何倍も役に立ちますよ」

「フッ、いいことを教えてやろう。ゼロを何倍してもゼロのままなんだぜ」

「自分がゼロだって理解してるならさっさと出てけ」


 ヤバイなあの人、無敵か。


「どうした坊や、反論がないなら俺の勝ちだが」

「お前は子供にそんなマウントとって恥ずかしくないのか」


 あまりの奔放ぶりに、先ほどのイモラさんとカルピさんのツッコミも入る。


「大人の世界ってのは真剣勝負だ。そこに恥ずかしいとか恥ずかしくないかとか、そんなことを持ち出すことそのものが恥ずかしいとは思わないか?」

「お前はそもそも試合場に上ってすらいねぇじゃねぇか!」


 マジで凄いなあの人、何を言われても即座に切り返してくるんだけど。

 とはいえ、このまま言い負けるのも癪だ。


「アカデミーで同性愛の奴から襲われて逃げて旅をしてたらモヒカンの人達に上着を脱がされたりアマゾネスに襲われてそこからも逃げて更にゴブリンにも襲われて逃げてここまで来ましたけど僕はまだ元気です!!」


 その場にいた全員が顔を伏せた。

 受付の人なんかちょっとすすり泣いてるような気もする。


「フッ…今回は俺の負けのようだな」


 あまりにも衝撃的な内容だったせいか、エイブラハムと呼ばれていた人のヒザが生まれたての小鹿のように震えていた。

 なんだろうこの…この……勝ったのに失ったもののほうが多い的な感じは……。


「次に出会うときまで、せいぜい腕を磨いておくことだな。アデュー!」


 そう言ってエイブラハムと呼ばれた男の人は出口に向かい……暗闇で足元に転がっていた何かにつまずいて転び、何事もなかったかのように歩き出してどこかに行ってしまった。


「………なんだったんですか、あの人」

「害悪という文字が人間の肉体を持って誕生してきたやつですね」


 受付の人が頭を抱えながら、僕の書いた登録用紙の続きを確認する。

 全ての項目に目を通し、OKサインが出た。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はこのギルドのミラノと申します、どうぞよろしく」


 そう言ってミラノさんが右手を差し出してきたので、こちらも手を差し出して握り返す。


「ところでキミ、女装に興味あるかい?」


 エイブラハムさんが入り口からこちら側をワクワクしたような顔で覗き込んでいた。

 ミラノさんが空いている左手を高く掲げると、そこから氷の鉄球のようなものが浮かび上がり、彼女が腕を振るうと入り口に高速で飛んでいった。

 恐らく水を≪生成≫してから≪変質≫で氷にし、それを≪放出≫で飛ばしたのだろう。


「フッ、まだまだだなハニー。それとも、俺を傷つけまいとするキミの優しさなのかな」


 氷の弾は入り口の地面に着弾し、エイブラハムさんには当たらなかった。

 だがそれが目的だったかのようにミラノさんが笑う。

 直後、氷の弾が弾けて周囲に散弾のように飛び散り被害を拡散させた。

 あれは恐らく≪変質≫と≪放出≫を重ね掛けし、さらに遅延して発生するようにしたのだろう。

 アカデミーの先生でもアレは多分無理だ。

 外の様子は分からないが、至近距離であれを喰らったのであればエイブラハムさんは無事ではすまないだろう。

 僕は絶対にミラノさんを敵にしないよう心に固く誓った。

 あと、エイブラハムさんには関わらないようにしよう、下手すると女装させられる。

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