第3話:アマゾネスハーレム

「ヘッヘッ、俺ひとりで十分だってのにまさかお前まで来るなんてな」

「ケッケッケッ…ハーレムの独り占めをしようたってそうはいかねぇぜ」


 森林の湿地帯…アマゾネスの集落で見つけたモヒカンさん達は、未だ心が折れていないようだった。

 僕は木の幹に縛り付けられながらも不敵に話している二人の後ろに回りこみ、石を≪変質≫させたナイフでロープを切る。

 あまりにも固かったせいで、ロープにも≪変質≫を使うハメになってしまった。

 突如ほどけるロープと、後ろにいた僕を見てモヒカンさん達の顔は驚きに染まっていた。


「おまっ……どうして!?」

「馬鹿野郎! 大声を出すな!!」

「ふふっ、大丈夫ですよ。こっちの音は向こうまで届きません」


 アマゾネスの人達は帰還祝いとして酒盛りをしているのだが、それとは別に風…というか空気を利用して音が届かないようにしている。

 音というものは、空気の振動によるものだ。

 つまり、≪変質≫で周囲の空気を極限まで薄くした膜を作れば限りなく静にする事ができるのだ。


「さぁ、二人共逃げましょう。荷物は惜しいですけど、命にはかえられません」


 いやまぁアマゾネスに捕まっても死ぬことはないけど、一生ここで種馬として暮らすことになる。

 ある意味、男として終わるといっても過言ではない。

 ちなみ女の子になるという事ではなく、下半身を握られるという意味で言っている。


 そうしてモヒカンさん達と一緒にまた沼に紛れながら逃げようとすると、遠くで派手な音が聞こえた。

 喧嘩とかしてくれているなら大歓迎なのだが。


「ワシの獲物の匂いが消えた! 探し出せぇ!!」


 しまった、空気の膜を作っていたせいで匂いまで遮断していたようだ!

 こうなってはもう隠密がどうこうとか言ってる場合じゃない、僕らはとにかく走ってその場から逃げることにした。

 しかし湿地帯だから足がぬかるみに取られてしまい、思うように走れない。

 それでもこの水場というのは僕の味方でもある。

 ≪収束≫≪変質≫そして≪維持≫の三工程で大きな水の壁を作り出す。

 この水の壁を利用して姿を隠しながら逃げればなんとかなるはずだ。


「ここで別れましょう! 僕は左側に、お二人は別方向に!」

「待て! お前、名前はなんて言うんだ?」


 そういえばこんなにも熱い絆で結ばれているというのに、まだお互いの名前すら知らなかった。


「フィル・グリム…ただのマジックユーザーです!」

「グリムの子、フィル! 覚えてやがれ、いつか絶対にお礼参りしてやるからなぁ!」


 モヒカンさん! どうしてそんな雑魚役みたいな台詞をこんな熱い場面で言うんですか!

 僕が女の子だったら好きになってたよ!!

 そうして僕らはそれぞれの歩む道へと全力疾走で逃げた。

 

 ただ、どれだけ水の壁で視界を遮ったところで、僕だけは絶対に捕まることだろう。

 なにせアマゾネスは勇猛という字が申し訳程度に服を来て暴れているような人達だ、水の壁があろうと真っ直ぐそれを突っ切って追ってくる。

 水の壁を作れば作るほど、そこに僕がいると宣伝しているようなものなのだ。

 もちろん水の壁を作らずに逃げるという手もあるのだが、そうなれば三人共捕まる可能性がある。


「ワシはアナト・アレスに仕えしレイシア。その身を挺して仲間を助けし戦士よ、名を聞こう」


 その声と共に誰かの手が僕の顎に添えられた。

 その手の元に目を向けると、二本の尻尾で木にぶらさがっているあの強いアマゾネスが犬歯を見せつけるような笑顔でこちらを見定めていた。


「…フィル・グリムです」

「グリムの子、フィルよ。貴様を一人の戦士と認めよう。降伏するならば手荒な真似はしないと約束しよう」

「……分かりました、降伏しましょう」


 そうして僕はアマゾネスの集落に連れて行かれることになった。

 ちなみに、この人の尻尾に巻かれて持ってかれた。

 まだ体重が軽いとはいえ、子供を抱えられるほどの筋力がある尻尾って凄いな…。



 アマゾネスの集落に戻り、僕は木の上にある大きな家の一室に連れて行かれた。


「…縄で縛らなくていいんですか?」

「おぬしは戦士として降伏したのだろう? ここで逃げ出せばどうなるか、分からぬほど愚かでもあるまい」


 そう言って二つ尻尾のアマゾネスさんは扉を閉めてどこかに行ってしまった。

 うぅむ、つまり逃げたら戦士としての待遇は無くなるということであり、どうなっても保証できないということでもある。

 同性愛者に襲われるよりかは安全だろうけど、それでもわざわざ蛮族という文字が武器を持って暴れまわっているような人達を刺激したくないので休むことにする。

 嗚呼、目が覚めたら王子様かお姫様が助けに来てくれないだろうか。

 無理だな…他の国もそれはそれはもう面倒くさいところばっかだし。


 そしてしばらくして月が西に沈みだした頃、別のアマゾネスの人達に大きな部屋に連れ出された。


「オサ、連れてきました」

「ご苦労」


 僕は部屋の中央に座らせられ、周囲には多種多様なアマゾネスの人達がいた。

 部屋の奥には装飾は施された座椅子があり、そこにはあの二つ尻尾のアマゾネスの人…レイシアさんがいた。

 凄い人だとは思っていたけれど、まさかオサだとは思いもよらなかった。

 ゲームで登場する頃には死んで代替わりしてたからなぁ…。


「さて…グリムの子、フィルよ。戦士であるおぬしに提案がある、我が伴侶にならぬか?」


 その発言を聞き、周囲の人達がざわめく。

 まぁアマゾネスのオサの伴侶ともなれば色々と求められる役割もあるのだろう。

 周囲の人達はこんな子供にそんな大役を担えるはずがないと思っているはずだ。


「オサ、オサ! こんな小さな者を伴侶にするつもりですか!?」


 その予想通り、周囲から反発の声が出てきた。

 何人かのアマゾネスの人達が立ち上がって反対意見をあげるも、それを聞きながらレイシアさんは不敵に笑みを浮かべている。


「小さな針であろうとも人を殺せる、大きさだけに囚われるな。それに…ワシの鼻がこいつは特別だと言っているのだ、それを疑うのか?」


 レイシアさんは僕の魂から普通とは違う何かを嗅ぎ取っているようだ。

 心当たりがあるならば、やはりレックスを殺した事だろう。

 

 立ち上がって抗議したアマゾネスの人達は渋々といった感じで座っていった。

 やはりオサを疑うことは許されない厳しい掟があるようだ。


「うぅ…初めては小さい子と決めてたのに……」


 そんな理由でオサに歯向かうんじゃないよ!!

 いや女の人からすれば死活問題なのかもしれないけど、そんなフワっとした理由でオサの方針に異を唱えるとかどんだけ頭の中が愛で狂ってんだよ!!


「ふむ…フィルよ、この場にいながらよくも冷静でいられるな。並の男であれば、今ごろ冷や汗で床を湖にしている所だがな」

「まぁこの身は偉大なるアナト・アレスを信奉するアマゾネスのオサ、レイシア様が保証していますので」

「そういうことではないのだがなぁ」


 そう言ってレイシアさんは近くにいたアマゾネスの人の頭にある角を撫でる。

 まるで牡鹿のように立派なその角は、強さの象徴のようにそそり立っていた。

 他にもカモシカのように滑らかな足を持つ人、ヘビのように蠢く髪を持つ人、光り輝く鱗を持つ人、普通とは違う人ばかりがこの場にいる。

 そう、アマゾネスの人達は亜人とハーフの集まりなのである。


 彼女達が信奉するアナト・アレスは愛の神である。

 元々はアマゾネスの始祖も各種族に愛を振り撒く種族だったのだが、その愛が強すぎたのだ。

 全ての人種の血を取り入れてしまったことで、逆に全ての種族から穢れたものとして距離をおかれた。

 愛を満たす為の種族であるアマゾネス達はアナト・アレスに祈った。


「神よ…どうすれば我らの愛を届けられるのでしょうか!」

「奪い、それから愛を与えればいいでしょう」


 この世界において愛は強い、なんなら美も強い。

 こうして種族コレクションを完成させるが如く略奪をしてまわったアマゾネスは、四方八方に敵を作っていまい、戦争することになる。

 まぁ負けたのだが。

 とはいえ、敵になった国は手痛い損害を受けてしまい、追い詰めすぎれば何をするか分からないということで不干渉とする事になった

 そうした経緯があったせいで、アナト・アレスには愛だけではなく戦いに関する権能が付与されているとかいないとか。

 だからお前ら神様は封印されてんだよバーカ! バーカ!!

 ……といった感じで、アマゾネスの人達の姿を見て恐れる人がいるというわけだ。


「僕はいいと思いますよ。レイシア様の尻尾もいい手触りでしたし」

「…嘘を言っていない事は分かるのだが、腹の奥底の匂いまでは分からぬなぁ」


 レイシアさんが鼻をスンスンと鳴らしている、どうやら魂の他にも色々と鼻が利くらしい。

 さて、それでこれからどうすべきか。


 ぶっちゃけレイシアさんは綺麗だし身長も高いしスタイル抜群だから文句が出ないどころかちょっと男の子のリビドーが漏れ出てしまいそうになっている。

 他の男とは違って伴侶ということは、無理な子作りとかもしないだろう……多分。


「それで…フィルよ、返答は如何に?」


 レイシアさんから返答の催促がきたが、それよりも思うこともある。

 "ここが旅の終わりで、本当にいいのかと"

 大好きだった作品と同じような世界に来ておきながら、ここで一生を終えて本当にいいのか。

 知りたかった事、歩きたかった場所、会いたかった人をここで諦めて、後悔しないのかと。


 ぶっちゃけここで終わることに納得できないだけなんだけどね!

 もしかしたらもっと上を目指せるかもしれないし、無理かもしれない。

 それに挑戦する為にも、ここは話術で戦うことにしよう!

 

「ふぅ~……気高きアマゾネスに招かれてどうなるかと思ってましたが、こんなにも弱い人達とは…期待しすぎてたかもしれません」


 瞬間、周囲の人達が怒気を膨らませて一斉に立ち上がった。

 それを見ながらも、僕は身じろぎせずにいる。

 なにせオサであるレイシアさんが動いてないのだ、まだ大丈夫なラインのはずだ。

 そのレイシアさんは逆にこちらを挑発するような顔でこちらに尋ねる。


「ふむ…我らが弱いと? 何の手出しもできなかった者が、面白い事を言うな」

「女性に手を上げてはならないと父から教えられたもので。…尤も、これが獣であれば火を用いて追い払っていたでしょうが」


 それを聞き、レイシアさんはクツクツと笑いを噛み殺している。

 なにせ穢れた血と軽蔑されるアマゾネスを獣扱いせず、さらには一端の女性扱いしている発言をこんな子供がしているのだ、愉快なことだろうさ!


「それではグリムの子、フィルに聞こう。我らの何が脆弱であるか?」


 ここで"頭です!"って言えたらどれだけ楽だろうか。

 いやまぁ僕も頭弱いしなんなら強い人なんて世界で片手で数えられるくらいしか居ないだろうけど、それでもなんとか丸め込まないといけない。

 というわけで、説得開始!


「何百年も前からアマゾネスは今のような方法でしか生きていませんそんなことで流れ行く時流に乗れるのかいいやそんなものは無理だいつしか時間の流れによって淘汰されるそれは何故かといえば愛と強さを信奉しているとか言いながら男を浚うことしかできないからです本当にアマゾネスが強く美しければ男なんて向こうから来るのですつまりアマゾネスそのものに魅力がないことの証左なのです人が来ないから奪うだけとか恥ずかしくないのですか自らのその強さと美で人を惹き付けようと努力してないからこうなったんですわかりますか僕はこんな狭い檻は嫌ですそれともあなた達はこんな小さな檻に入る男を手に入れるだけで本当に満足しているんですか体は大きいのに小さいのが好きなんですか奇遇ですね僕はどっちも大好きですけど―――」


 どうだこの口の速さ、生前は"お前急に早口になるよな"とか言われたことあるんだぞぅ!

 ぶっちゃけ相手は何か喋ってる事は分かるけど何を言ってるか分からないだろう、僕も勢いで喋ってるから何言ってるか分からないんだけどね!

 そして急に饒舌に話散らかしたせいでその場にいた全員が口をポカーンと開けて呆然としている。

 そらこんな濁流みたいな言葉を耳から脳みそに流し込めばそうなるよ。

 だけど、これで流れと空気は完全に変わった。


「つまり…僕は旅を通してもっと大きな人間になります。アマゾネスの人達も、それに見合うくらい魅力的になってほしいとというわけですね」


 そしてこうやって短い分で締める。

 よし、上手く話せなかったおかげで話を無理やり進められたな!

 周囲の人達が未だ混乱から抜け出せない状況でありながらも、レイシアさんは口を開く。


「まだ成年もしていないというのに、まるで自分が大成することが決まっているような言い方だな」

「ええ、確信していますよ。それとも、レイシアさんはその鼻をお疑いしているのですか?」


 先ほどのやりとりもあるせいで、ここでそうだと言えるはずもない。

 奇しくも僕をかぎ分けた彼女の鼻こそが、僕にとっての武器となった。


「レイシア様、今のままでは僕と貴女はつり合いません。この一人旅を通して貴女に相応しい男になったのであれば、またここに戻ることを約束しましょう」


 なお相応しいの基準は定まっていないものとする。

 これで嘘の匂いも漏れないはずだ。


「ふぅむ…それで、もしもおぬしが戻ってこなければどうする?」

「その時は途中で死んだか、レイシア様の鼻が間違ってたか、あるいは……アマゾネスという場所が、僕が戻るに相応しくなかったということになりますね」


 軽い挑発を含めてその問い応える。

 それに触発されたのか、レイシアさんの口元がまるで猫科の動物が獲物を見つけたかのように徐々につりあがっていく。

 ……もしかして、やらかしちゃった?


「クックッ……クハハハハ! 確かにこのまま稚魚を食ったのでは、むしろワシの器が小さいというころになるか」


 あれ、意外と機嫌良さげ…?

 レイシアさんはその相貌を笑みで歪めたまま手を鳴らし、勢いよくこちらに飛んで来た。

 

「よかろう、グリムの子フィルよ。今よりも偉大なる男となる試練を超えに行くことを許そう」


 やったああああああ!

 なんか気に入られた感じで乗り切ったぞおおおおお!

 ふぅ…最初はどうなるかと思ったけど、なんとかなって良かった良かった!


「―――とはいえ、他の雌が寄り付くのも面白くない」


 あれ、なんか話がおかしな方向に…?


「オサ! 我が部族の刺青を彫りましょう!」

「それだ」


 それだ、じゃないよ!

 刺青とかヤクザみたいじゃないか!!

 …人とか浚うしアマゾネスの人もヤクザみたいなもんか、ならおかしくないか。


「それでは背中一面に分かりやすく―――」

「ま、待ってください! 流石にそんな刺青をデカデカと入れたら、旅に支障が出ると思うんですけど!」


 イヤだよアマゾネスの刺青を入れた旅人とか!

 絶対に村とか街でヤバイやつだって見られるよ!!


「それもそうか。ならば、下腹部にしよう」

「………へ?」


 そう言うや否や、レイシアさんが僕を真正面から抱きかかえて別室へ運んでいった。


「お前達、彫り師を連れて来い。あと痛み止めもな」

「かしこまりました、オサ!」


 そう言って他のアマゾネスの人達が外に出て行く。

 待って…僕も連れてって…ッ!

 そんな僕の恐怖を感じ取ったのか、レイシアさんが優しい笑みを浮かべて僕の手を握ってくれる。


「刺青が怖いか? 安心しろ、これが終わった時…お前はまた一つ大きな男となるのだ」

「いやあああああああああああ!!」


 その後の顛末は語りたくない…。

 レイシアさんに抱きかかえられながら…もとい、拘束されながら僕の下腹部には淫紋…ではなく、紋章が刻まれてしまった。

 

 そして僕はレイシアさんに抱きかかえられたまま夜を過ごす事になった。

 役得といえば役得なのだが、あの夜に流した涙と鼻水とよだれに見合うだけの価値は果たしてあったのだろうか。

 全然分からない、おっぱい柔らかい、もうずっとこの腕の中で寝てたい、ばぶぅ……。

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