第2話:モヒカンは林檎蜜の味

 実家を追放されて数時間、その境遇とは反して気分は晴れやかだった。

 確かにこの先どうなるのかという不安はある。

 けれども、新しい名前・新しい立場・新しい環境……その全てにワクワクしていた。

 この未知に対する興奮があれば、歩きなれてないせいで痛む足もなんのそのだった。

 …といっても、この世界の事は大体分かっているので、そこまで未知というわけではなかった。

 いや、本来進むべき歴史を辿らない歴史を歩むという事を知っている分、未知よりも楽しみだったかもしれない。


 色々な人とすれ違いながらも代わり映えのしない道を歩きていると、途中で不審な二人組を見つけてしまった。

 髪型はモヒカン、肩パッドにトゲがついている…不審者というより、どう見ても敵キャラだった。

 しかもモヒカンBはナイフを舐めている…どう見てもヤバイ奴だ。


「おい、ちょっと待てよそこのガキィ」


 こっそりと通り抜けようとしたが、呼び止められてしまった。

 聞こえないフリをして早足で遠ざかろうとするも、肩を掴まれている。


「おめぇ…中々いいとこの坊ちゃんだなぁ?」

「しかもワケ有りみてぇだなぁ!」


 なんという嗅覚…こうやって弱い人を探し出すのが上手いからこそ、このモヒカンの人達は生き残っているのだろう。

 だが、僕だってただ狩られるだけの野ウサギなんかじゃあない!

 なんてったって魔法が使えるマジックユーザーなのだ、このくらいの雑魚くらい倒せなくてどうする!


「オイ! ジャンプしてみろ!!」

「かしこまりました!」


 そう言って僕は何度もジャンプする。

 だって、だって、仕方がないじゃん!

 人と戦うのなんて初めてなんだもん!!


 しかも魔法で攻撃するには最低でも≪生成≫≪変質≫≪放出≫という基礎的な動作が必要だ。

 つまり、すでにナイフを取り出しているモヒカンBがいるせいで絶対に後手になってしまうので勝てるわけがないのだ。


「へっへっ、随分と重い荷物だなぁ。俺様が運んでやるよ」

「けっけっけっ…欲張りすぎだぜぇ坊主」


 そして僕は荷物をモヒカンAに渡すハメになった。

 くそぅ…なんて幸先の悪い旅立ちなんだ……。


「それじゃあ目的地まで運んでやるぜぇ!」

「こんなに持ってるから足を痛めるんだぜぇ、いい勉強になったなぁ!」


 えっ、なにこの人達…もしかして本当に運んでくれるの…?

 モヒカン頭でナイフとか舐めてる人達なのに……?

 まったくワケが分からない…なんてモヒカンの人が優しいんだ!?


 混乱する頭をなんとか整理しながら、モヒカンAとモヒカンBと一緒に道を歩く。

 モヒカンAは先頭を歩きながらも、こちらが逃げないようにチラチラと視線を送ってくる。

 そしてモヒカンBの方は僕の後ろを歩いており、ナイフを執拗に嘗め回している。

 僕がそれを気にしているのを察したのか、モヒカンAがニヤニヤと笑いながら話し始める。


「へっへっ、そいつはウサギちゃんが好物でなぁ…朝に食べた味が忘れられなくてああやってるんだぜぇ」


 ウ…ウサギちゃん(隠喩)だって!?

 恐ろしい…いったい何を食べたんだ……いや、もしかしたら本当にウサギをナイフで捌いて生で食べてたのかもしれない。

 モヒカンBにビクビクしながらも、僕は彼らと一緒に歩き続けた。



 そんなこんなで太陽が一番高く昇った頃、休憩を兼ねて昼食に保存食を食べた。


「おいおい、なんだか物足りねぇってツラしてんなぁ!?」

「ヒッ! い…いいえ、もう十分です!」


 ここでハイと言ったら何をされるか分かったものではない為、僕は顔を勢いよく横に振って否定する。

 

「ウソはいけねぇなぁ! お前にもウサギちゃんをご馳走してやろうじゃねぇか!」


 なんてことだ…どう答えても食べさせられる流れだ…。

 いったい何を食べさせられるのだろうか…ウサギの生肉なのか、それとも口に出すのも憚られるようなものなのか……?

 ただ、モヒカンBが夢中になるようなものなので、もしかしたら危険な薬物の可能性も十分に考えられる。

 嗚呼、神よ…どうして僕はこんな目に合ってるのでしょうか。

 ―――主人公のレックスを殺しちゃったからか、それならしょうがないか……。



 そして僕の手の中には綺麗にカットされたリンゴのウサギちゃんがいた。


「へっへっ、食べるのが勿体無いくらいにうまくできてるだろぉ?」

「けっけっけっ…また夜にくれてやるから、さっさと食っちまいなぁ!」


 なんだこの人ら、良い人か。

 ちなみにペロペロ舐めてない新しいナイフでウサギさんカットをしてくれた。

 なんでこんな良い人がモヒカンでトゲ付き肩パッドとか装備してるんだよ、おかしいだろ!

 おい製作者出て来い!

 こんな良い人達を疑ってたこの心の中のモヤモヤをどうしてくれるんだ!

 いや、たぶん製作者の人も知らないだろうけどさ!!


 そして昼休憩を終えて歩き続けて夜…もうすっかりクタクタになっていた。

 本当ならば近くの村で夜を明かすべきなのだが、僕が厄介者だと察しているが故に路上で寝泊りすることになったのだ。

 なんか流れでこんなことになってしまったが、明日にはちゃんと説明して村に厄介になりに行くことにしよう。

 僕だけならまだしも、この人達まで野宿を強要させてしまうのは申し訳ない。

 ちなみに手伝ってもらっている分をお金で払おうとしたのだが…。


「ヒャッハァ! ガキがいっちょ前にナマいってやがるぜぇ!!」

「親から貰った金は大切にしなぁ!」


 と言われてしまった。

 ほんとなんなのこの人達!?

 モヒカンでナイフペロペロ舐めてるのにマジで良い人なんだけど!!


 そうして夜も更けて寝床の準備をしていると、遠くから道を歩く一団が見えた。

 ただ…ランプも付けずに歩いているので何か違和感を感じた。

 その直後、モヒカンAさんが突然僕を草むらに押し倒した。


「へっへっ、静かにしなぁ…!」


 そう言って僕の口に手を当てつつ、逃げられないように両手をしっかりと掴んでいる。

 ま…まさか今までのアレは全て演技だったのか!?

 闇夜に乗じて僕をいやらしい意味で襲おうとしてたなんて…この世界は性に対して奔放すぎではないか!?

 ……そもそもエッチな要素が盛りだくさんのゲームだったからおかしなことじゃないか。

 いやいや、それでも連続で男同士っていうのは明らかにおかしいよ!

 ゲームバランスと性の境界狂ってるって!!


 僕はなんとかしてこちらに来た一団に助けを求めようとそちらに顔を向ける。

 近くの焚き火に照らされたそのその人達は、全員が女性だった。

 最低限の防具、そして肌の露出が多い衣服……アマゾネスの一団がそこにいた。


「奴らアマゾネスは男を浚う…だが、同性愛者だけは絶対に娶らないという掟がある」

「このまま俺たちと一緒に半裸で遊んでれば、すぐに何処かに行くさ」


 やっぱりモヒカンさん達は良い人じゃないか!!

 なんでモヒカンなのこの人達!!


 ふと、アマゾネスの一団にいた一際綺麗で強そうな人と目が合った。

 その瞬間に文字通り目で射抜かれたかのような錯覚を覚えた。


「ホォ、そこの子よ…おぬし、強いな?」


 その言葉を聞いた瞬間、アマゾネスの一団全員がこちらに向き直った。


「思わぬ拾い物だ。丁重に持ち帰ろうか」


 その人はまるで肉食獣のような笑みでこちらに歩みを進めてきた。

 けど、それを止める人がそこにいた。


「おいおい、この小僧は俺たちのもんだぜぇ? アマゾネスはこういう男がお嫌いなんじゃなかったのかぁ!」


 モ…モヒカンBさん!


「強さを信奉しているアマゾネスともあろう者が、こんな弱っちぃガキんちょを浚うってのか? 弱い者虐めが大好きみてぇだなぁ!」


 モヒカンAさん!!

 まだ出会って間もない僕をここまでして助けてくれるなんて、良い人すぎですよ!!

 だけどそんなことはおかまいなしかのように、そのアマゾネスの人は二人にぶつかって転ばせて、こちらに近寄ってくる。


「いいや、ワシの鼻は誤魔化せんぞ。そやつの魂から、普通とは違うカルマを宿しておるとなぁ」


 気のせいです! 僕はただの商家の長男でした! 今はもう違うけど!

 ただ、一つだけ心当たりがある…主人公であるレックスの殺害だ。

 この世界は魂を強くすることで様々な恩恵を受けることができる。

 普通ならば人を一人殺した程度で強くなるわけはないのだが、なにせこの世界の主人公を殺したのだ。

 あれだけの運命を持つキャラを殺したのだ、僕の魂が強化されていてもおかしくない。


「おいおい…人にぶつかっておいて何も言う事はねぇのか? 育ちの悪さがプンプンしてるじゃねぇか」


 モヒカンAさんがこちらに近寄ってくるアマゾネスさんの手首を後ろから掴む。


「……貴様らには用はない、消えよ」

「へっへっ、すまねぇな蚊の羽音が聞こえなかったぜ。もっぺん言ってくれねぇか?」


 そうこうしている内にモヒカンBさんが僕の手をとって立ち上がらせる。


「いいか、俺が合図したら向こうにある大きな岩まで走るぞ。あそこに着いたら俺は右側に逃げる、お前は真っ直ぐだ…いいな?」

「えっ……それだと―――」


 モヒカンAさんが取り残されてしまう…それでいいのだろうか……。


「安心しろ、あいつらの目的はお前だ。けっけっ…ガキが大人の心配なんざ百年早ぇんだよ」


 見ず知らずの僕にどうしてこんなに優しくしてくれるんですか!

 好きになっちゃうじゃないですか!!


「……五つ数える内に、その手を離さなければ後悔することになるぞ」

「へぇ、アマゾネス様は数を五つも数えられるのか。頭いいじゃねぇか」


 モヒカンAさんが挑発しているせいで、一触即発の雰囲気である。

 もしかして見た目に反してムチャクチャ強いのかもしれない。


 アマゾネスの人が数を数える、ひとつ…ふたつ…。

 それに合わせてモヒカンAさんも数える、みっつ…よっつ…。


「今だ!」


 モヒカンBさんが叫び、それに合わせて僕らは草原に向かって走り出した。

 数を数える事に夢中だったアマゾネスの一団は虚をつかれたようで、こちらの動きに対応できなかった。


「行けええええええ! 逃げろおおおおおお!!」


 後ろで叫んでいるモヒカンAさんを見ると、地面を這いながら強いアマゾネスさんの両足を抱きかかえるように掴んでいた。

 あまりにも情けなく見えるが、あれは最善の手段だと言える。

 こちらが叫んだ虚をついた瞬間に地面に倒れて姿を隠し、全身を使って足を封じることで確実にその人を足止めできるのだ…モヒカンAさんすげぇ!


 だが、ここで捕まってしまえばその努力も水の泡だ。

 人魚姫が王子を殺せずに水の泡として消えるお話はあるが、まさかお姫様に娶られると水の泡になるというのは初の試みではなかろうか。

 まぁそんなのは真っ平ごめんである!


「おい! 早くそのランタンを捨てろ!」


 あの場所から逃げる際、僕は近くにあったランタンを持ち出していた。

 こんなものを持っていたら光のせいでどこに逃げたか丸分かりだが、今はその光が必要だった。

 魔法には≪生成≫≪変質≫≪放出≫があるが、他にも≪収束≫と≪維持≫もある。

 手が火傷するのも構わずに僕はランタンに触れ、ひたすらその光を≪収束≫させて≪維持≫させている。

 何人かのアマゾネスが横に広がり、こちらを追い込もうとしている。

 やるなら今しかない!


「そのまま真っ直ぐ走ってください!」


 僕はモヒカンBさんにそう言って、後ろ向きに走る。

 そしてランタンを捨てて右手に≪収束≫して≪維持≫し続けていた光をアマゾネスの人達に向けて≪放出≫した。

 目がよくて夜目に慣れていたこともあり、この即席閃光は追っ手への目くらましは成功した。

 相手がこちらを見失っている隙に目標の岩まで辿り着いた

 あとはこのまま闇夜に紛れてにげればなんとか……。


「クハハハ! 仲間を逃がす為にここまで抵抗するか…気に入った、持ち帰るのはおぬしにしよう!」


 後ろを振り返ると、そこには綺麗なアマゾネスにねじ伏せられていたモヒカンAさんがいた。

 助けに戻ろうとするも、モヒカンBさんに肩を掴まれる。


「馬鹿野郎! お前まで捕まる気か、いいから逃げるぞ! お前は真っ直ぐ、俺は右手側!」


 確かに、ここで向かったところで捕まっておしまいだろう。

 そしたらモヒカンAさんの努力も無意味なものになってしまう。

 自分の無力さを噛み締めて、僕とモヒカンBさんは走り出した。


 だが…モヒカンBさんは、あろうことか右手側ではなく後ろに向かっていた。


「ど……どうして!?」

「ケッケッケッ、俺の右手はあっちにあるからなぁ!」


 モヒカンBさん!!

 あなたはどうしてモヒカンなのにそんなにカッコイイんですか!!

 主人公のレックスがアレだったせいか、余計にカッコイイんですけど!!


 そうこうしている内に、視力が戻ったアマゾネスの一団がこちらに向かっているのが見えた。

 僕は二人のモヒカンさん達に心の底から感謝を捧げながら、その場から逃げ出した。


「待っててください……絶対に助けにいきますから!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る