高校生編 中編
バレンタインでは毎年恒例となっていた、優斗と一緒にやるチョコ作り。なのに今年は、それを断った。しかも、優斗には忙しいからと言ったものの、実際はそんなことはなかった。つまりは、嘘をついてまで中止にしたのだ。
しかしこれは、藍がチョコ作りに飽きた、なんてのが理由ではない。ましてや、もう優斗とは一緒に作りたくなくなったのか、優斗が嫌いになったのか、なんて聞かれたら、大声で違うと叫ぶだろう。
こんなことをしたのには、彼女なりの深ーいわけがあったのだ。
「今年はわたしだけで作って、それをユウ君に渡すんだ。そして、ちゃんと本命だって伝えて……いや、さすがにそこまでハッキリ言ったら引かれちゃうかも。でも、とにかく作って渡そう」
バレンタイン前日。自宅のキッチンに立ちながら、藍は一人、そんな言葉を漏らした。
要はこれが、今年は作れないと、優斗に告げた理由だ。
思えば、藍はまだ小学生だった頃から、ずっとずっと優斗のことが好きだった。初めてチョコを作って彼に渡そうとしたのだって、自分の気持ちを形にして贈りたかったからだ。
それから七年。幼き日に芽生えた恋心は、未だ健在。いや、大人になった分、当時よりもさらに、優斗を一人の男性として意識するようになっていた。
ただしそれは、あくまで藍が一方的に思っていること。優斗はというと、昔も今も、藍のことを子どもとして、可愛い妹分としてしか見ていない。
そんな現状を変えたくて思いついたのが、この一人でチョコを作ってからのプレゼント作戦だ。
二人でやるチョコ作りも、もちろん楽しかった。だがそれだとどうしても、本来バレンタインの持つ、好きな人への贈り物という意味合いが薄れてしまう。だけど自分一人で作って、改めてそれを渡したらどうなるだろう。
「いくらユウ君でも、そこまでしたら少しは、ほんの少しは、わたしのことを一人の女の子として見てくれる……かも」
もちろん、実行ところでそんな風になる保証なんてどこにもない。ただの気まぐれによるサプライズと思われるだけかもしれない。
作戦と言うより、もはや願掛けに近いこの計画。それでも、このまま何もせずにいるのは嫌だった。例え何も変わらなかったとしても、ずっと続いてきた妹扱いから、一歩踏み出すための何かをやってみたかった。
「よし。頑張ろう」
自分自身を鼓舞するように声を出し、いよいよ調理開始だ。
作ろうとしているのは、チョコブラウニー。初めて一人で作ろうとして失敗し、優斗と一緒に作った七年前と、全く同じもの。ただ、材料はちょっと高級なものを使う。この辺が、小学生だった頃との違いだ。
そして調理そのものも、小学生だった頃と比べると、格段に手際が良くなっていた。もちろん、以前と同じ失敗をするはずもなく、ちゃんと砕いたクルミを生地に練り込み、型に入れオーブンで焼き上げる。七年の間に、彼女の料理スキルは格段にアップしていたのだ。
ただし、全てが七年前よりも順調にいきそうかというと、そうではなかった。
「これで完成。あとは、ユウ君に渡すだけ。渡す、だけ……」
できあがったチョコブラウニーを見つめ、それを優斗に渡すところを想像したところで、とたんに緊張してくる。これが小学生の頃の自分なら、無邪気に渡すこともできたかもしれない。だけど当時よりも遥かに強く恋心を意識した今となっては、ただそれだけのことが、とんでもない大事のようにも思えた。
微かに震える手でスマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
『明日、ちょっとだけでいいから会えない?』
もう少し何か書こうとも思ったけど、結局それだけを打ち込み、優斗宛に送信する。今はまだ余計なことは何も言わずに、伝えたいことは、全部明日伝えればいい。
ほんの少ししてから返信が来て、そこにはOKの返事が表示されていた。それから再び、待ち合わせの時間と場所を打ち込む。
「時間はこのくらいでいいかな。場所は、渡すところを家族に見られたりしたらムードも出ないだろうし、近くの公園にしよう。送信っと──これでもう、後戻りはできないよね」
実際に会うのは明日だというのに、既に緊張から、体が震えてくる。だけど不安はあっても、そこに一切のためらいはなかった。
だってそれは、優斗に手作りチョコを渡すというのは、藍が心のどこかでずっと待ち望んでいたことなのだから。
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