高校生編 前編

 2月といえばバレンタイン。毎年この時期になると、スーパーやコンビニのお菓子売り場におけるチョコレートの存在感が増す。

 藍が学校帰りに寄ったスーパーでは、特設コーナーが作られていて、デコレーションの材料や、調理器具といったものまで並んでいた。


 その調理器具だが、今まさに小学生くらいの女の子が、お母さんと一緒に手に取って、どれがいいかと選んでいる。

 その様子を見ていると、なんだか昔のことを思い出してきて、微笑ましい気持ちになってくる。


(あの女の子も、自分で作ったチョコを渡したい人がいるのかな? 私が初めて一人で作ろうとしたしたのも、あのくらいのだったな)


 結局一人で作るのは失敗したけど、大好きな人と、一緒にチョコ作りをすることができた。最初考えていたものとは違っても、振り返ってみれば、とても楽しい思い出になっていた。


 それが、今からもう七年も前の話。当時小学三年生だった藍も、もう高校生になっていた。


「あれ──藍、今帰りか」

「えっ、ユウ君?」


 なんというタイミングだろう。不意に声をかけられ振り向くと、そこにはたった今考えていた人が、一緒にチョコを作った、大好きな人──有馬優斗が立っていた。

 ただしその顔つきは、記憶にあるものよりも更に大人びている。

 藍が小学生から高校生へと成長していったように、彼もまた、この七年の間に成長していた。

 毎日のように着ていた高校の制服はスーツへと変わり、今や立派な社会人だ。ビシッと着こなしたその姿を見るのは、藍の密かな楽しみでもあった。


「ユウ君も、仕事帰り?」

「ああ。夕飯の材料を買いに寄ったんだ」


 優斗は、就職するのと同時に独り暮らしを始めていて、日々の食事も大抵が自炊だそうだ。

 当然住む場所も変わっているが、それも藍の家から割と近いところであり、これまでと変わらない交流が続いていた。


 そこまで話したところで、優斗の目が、さっきまで藍も見ていた特設コーナーへと移る。


「バレンタインか、今年もそんな季節なんだな。また、一緒に作るか」


 優斗の言ったそれは、提案というより、既に決まっていることを確認しているようだった。

 二人で一緒にチョコを作った、七年前のバレンタイン。実はそれ以来、毎年バレンタインの時期になると、同じように二人でチョコを作るのが恒例となっていた。もちろん、今年もそのつもりだったのだろう。

 だけどそれを聞いて、藍は言いにくそうに告げる。


「えっと、それなんだけと……ごめん。今年は無理」

「えっ?」


 そんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。優斗の顔が一瞬固まるが、そこで藍はさらに続けた。


「部活が忙しくて、時間がとれそうにないの。私ももう高校生だし、今までみたいに時間はとれない、かな……」


 最後の方は、だんだんと声に力が入らなくなっていた。それを聞いている優斗が、あからさまに寂しそうな表情をしていたからだ。

 自惚れでなければ、きっと優斗も、すっかり恒例となったチョコ作りを楽しみにしていたのだろう。


 申し訳ない気持ちになってくるが、一度言ってしまったものは取り消せない。そして優斗も、不満一つ漏らすことなく、気を取り直したように言う。


「そっか……それなら、仕方ないな」

「うん。ごめんね」


 優斗は基本、藍がやりたいと言ったことならなんでも協力してくれるし、逆にやりたくないと言えば、決して無理強いすることはなかった。つまりは、藍の言うことなら大抵は受け入れてくれるのだ。


 妹の気まぐれに振り回されるお兄ちゃん。ふと、藍の頭にそんな言葉が浮かぶ。実際優斗にとっては、昔も今も、藍はそんな妹のような存在なのだろう。

 そんな扱いが、心地よくもある反面、時々寂しくもなるというのを、おそらく彼は気づいていない。


 それから二人して店を出て、優斗に家まで送ってもらった。最初は、優斗に回り道させてしまうからと断ったのだが、「嫌か?」と聞かれ、とてもそうだとは言えなかった。だって、ちっとも嫌なんてことはなく、むしろ嬉しかったのだから。


「送ってくれてありがとう。それと、チョコ作りできなくなってごめんね」


 家へと到着したところで、お礼と、再び謝罪の言葉を口にするが、優斗は優しく笑うと、藍の頭をそっと撫でた。


「忙しいなら仕方ないって。部活、頑張ってこいよ」


 そう言って、あとは自分の家へと帰っていく。一方藍はと言うと、優斗と別れて家の中に入ったところで、一度小さくため息をついた。


「やっぱり、今年も今までみたいに、一緒に作った方がよかったかな」


 仕方ないと言ってはくれたけど、最初、今年は一緒に作れないと告げた時の、優斗の残念そうな顔が頭を過る。


 部活や、高校生になった故の忙しさを理由にしたけど、それがなおさら、罪悪感を募らせる。だって優斗は、彼自身がその高校生だった頃から、毎年チョコ作りを手伝ってくれていたのだから。


 そして何より、彼に告げた理由は全て、適当に言ったでまかせだったのだから。

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