第121話
「バーグ連邦をスピッツア帝国の武力侵攻から、最長で10年間守る契約をしただって?」
フランは久々に夕食会に顔を見せたラックの報告の途中で、思わず声を上げた。
10日以上もゴーズ領を不在にしていた異能の力を持つ当主からの報告内容は、同席している妻たちにとって驚くべき点が多かった。が、彼女個人の視点からすれば、その驚きの連続の中でも、10年間の防衛を個人で請け負うのはさすがに無茶が過ぎるように思われたのだ。
冒頭のゴーズ家の第2夫人の発言は、それ故のものだったのである。
「うん。バーグ連邦という国を潰さないためには、まぁ仕方がないかなと。全てコミコミでの対価の地下資源は、もう前払い扱いで確保してしまっているしね」
「対価を既に貰っているとか、そもそもその対価の分量とか価値的な話で妥当なのかは、別途議論の余地があると考えられるけれど、問題はそこじゃない。10年という期間の長さが問題だ。その期間中、契約を履行し続けるのは、ラックへの負担が大きい。大き過ぎるのではないのか?」
飄々とした口ぶりの超能力者に対して、フランの主張した言い分と言うか、心配と言うかは、至極真っ当な物であった。
そして、彼女は言葉には出さないが、ラックがその期間中、”五体満足の健康体で生きている保証がどこにあるのか?”とも考えていた。
ゴーズ家の当主が請け負っている契約の中で、その部分は彼以外の誰にも代わりができる事柄ではない。そうである以上、その点を無視するわけには行かないのだ。
勿論、そんな可能性は限りなく低い物であると彼女自身が思っている。が、それでもあり得なくはない話なのである。
「ああ。そういうことか。今回は幸いなことに対象の国が1つに絞られているからね。期間限定の脅しを今後やるつもり。具体的には、10年間と期限を切っての休戦条約を、スピッツア帝国とバーグ連邦との間に実際に結ばせるわけじゃない。けれどね、帝国側には実質的にそれを強要して、履行させるように脅す。勿論、そこに僕が関与してるなんてことはわからないようにしての話だけどね。ま、それはそんなに急ぐ必要もないだろうけど」
ラックはこの件に関して、定期的に千里眼で監視する対象を増やして、自身の負担を増やすつもりなど全くなかった。
超能力者は、ファーミルス王国とスティキー皇国との戦争に介入したことで、良い方法を学んでいたからだ。
皇国の皇帝や補佐官は、彼らからすれば未知で理解不能の超能力による攻撃に晒されたことで心を折られた。その結果として、ゴーズ家の当主に屈服している。
その実績は、”スピッツア帝国に対しての同様のやり口の脅しが、有効に作用するであろう”という考えを、唯一無二の力を持つ存在にもたらしていたのである。
尚、ラックがことを急がないのは、やるべき脅しの方法が夜間作戦となり、当面、自身の夜の予定が詰まっていて物理的に行動を起こす時間が捻出できないという、彼だけに通用する身勝手な理屈が存在しているからだ。
それは、些細なことであり、妻たちの誰もが知らない方が平穏であるのだろう。
超能力者が優先する夜の予定とは、久方ぶりに彼女たちと過ごす時間の確保に他ならないのだから。
「しかし、スピッツア帝国の歴史を紐解けば、過去に何度もバーグ連邦へ攻め込んでいるという現実がある。だからこそ、連邦側から防衛なんて条件が出たのだろう? 連邦が弱っているのは明白で、帝国からすれば、今はまたとない好機だ。近々に攻め入ってもおかしくはない。ラックの言う脅しが有効だとして、対処を急がず悠長に構えていて良いのか?」
「ごめん。報告が途中だったせいで、そこまで話が済んでいなかったね。スピッツア帝国は約4万の兵を出して、既に一度バーグ連邦の領土内に侵入したよ。その侵攻作戦は、僕が帝国兵の全員を、帝都の近郊に着の身着のままで放り出す手段を用いることによって終わらせた。帝国軍の置き土産になった装備類を含めた軍需物資は、丸っと連邦の手に入ったってこと。勿論、それらを回収する手間は掛かったはずだけど、連邦側からすると、結果的には『帝国軍さん支援物資ありがとう』って言えるね。つまり、帝国の皇帝の心を折る布石の1つはもう済んでいるよ」
フランはラックの説明で、彼が特に急ぐ必要がない状況を事前に作り出しているのを理解した。同時に呆れもしていたけれど。
尚、ラックはこの夕食会ではあえて言っていないが、彼が偽った姿でバーグ連邦と結んだ契約とは、一方的に連邦側が不利となっている不平等契約だ。
何しろ、彼の側から契約を不履行としても、連邦側から打てる有効な手立ては存在しない。そして、契約履行の対価となる報酬は、先行して全てをコッソリと回収済みという周到さも超能力者は見せている。
勿論、最初から守る気のない約定として結んだ契約ではない。だが、どうしてもの事態となれば、ゴーズ家の当主には知らん顔を決め込む余地が残されて居たりするのである。
「ラックは、スピッツア帝国と既に一戦交えた後だったのか。相変わらずたった独りで。成し遂げたことを称賛すれば良いのか、それとも呆れれば良いのか。私にはもうわからなくなってきた。けれど、懸念事項については解決した。報告を遮ってすまない。続きを聞かせて欲しい」
そんな流れで続けられた、夕食会でのラックのバーグ連邦関連の報告は終わった。
超能力者の報告内容には、ツッコミどころは多々あれども、最大の問題点は解決されていた。危険な伝染病の蔓延を防止し、治療方法を確立済みというゴーズ家当主の打ち立てた功績は、妻たちが感じた些細なアレコレを無視できるほどに巨大な物だったのである。
但し、確立された治療方法には重大な欠陥も存在している。
それは、ラックの超能力の行使が前提の方法である以上、彼にしか治療できない点。
つまり、超能力者が自身の影響力を及ぼす地ならば問題はないが、そうでない場所にとっては、未だ治療方法が存在しない死病のままなのであった。
「ところで。貴方? ここまでの一連の報告には、今朝以降の分が含まれていませんね?」
ミシュラは冷静にその部分を指摘する。
ラックがトランザ村へ戻って来たのは、今日の夕食会が始まる時刻のギリギリ寸前のことであり、厳密に言えば着座した時点では僅かだが遅刻していた。
彼女の知っている本日の夫の予定とは、アナハイ村とガンダリウ村の案件の処理であり、それに必要とされる時間を推測すると、帰宅した時刻の辻褄が合わない。
彼女の予想では、遅くとも正午には戻って来るとして、実は昼食を一緒にと準備をしていたのだ。
彼女が予想を大きく外したとなれば、むろんそうなった理由という物が存在するはずであり、それも情報共有が必要とされるのであった。
「えーと。順番に行くとですね。アナハイ村の船長さんたちとの話は、僕が連絡なしで彼女たちの元へ行く予定をキャンセルした件に関しては割と直ぐに終わりました。けれど、その話の後、叔母が『先日ミシュラにあった時の件で僕に話がある』と言い出しましてね。その、化粧を落とした後のすっぴんを見られたんだろう?」
言い難そうに話すラックの言葉から、ミシュラは自身に原因があった話で何かが起きたのだと悟る。
そして、若々しい素顔を見られて言い淀む事柄に繋がる話とは何か?
そう考えれば自ずと答えは導き出される。
「そういうことですか。わたくしの素顔から、貴方の持つ特別な力に気づかれたわけですね? そして、それがバレれば、叔母様だけではなく、あの3人も黙ってはいなかったと」
「うん。まぁ。どっちみち彼女たちは、アナハイ村から外に出て外部の人間と接触することは基本的にないしね。熱烈なご要望にお応えして、魔道大学校入学時相当の」
ラックは言いかけた言葉が、ミシュラだけではなく他の妻たちからも発せられているように感じる冷気によって止まる。
「ほう。つまり、私たちより更に5つほど若くした。アナハイ村に居る4人を。そう言ってるんだね? ラック」
発言したのはリティシアだが、エレーヌからの圧も凄まじいの一言。
アスラからは多少マシに感じられるのがせめてもの救いか。
ミシュラとフランは、表情から感情が抜け落ちている。
「そう言われても困るけど、リティシアの身体だって十分に若いんだよ? それに、今以上に若返りするなら、化粧で誤魔化しきれなくなるじゃないか」
ラックはなんとなくはっきりと答えずに話をすり替えに走る。
それは当然で、やったら明らかに不味い事態へと繋がるような肉体年齢の操作は、いくら本人が望んだとしても行うことなどできないのだから。
個人差はむろんあるが、アナハイ村の叔母たち4人が望んだ15歳相当の若さの肉体とは、一般的にまだ成長期が残る時期だ。
つまり、そこまでやれば、骨格レベルで姿に変化が生じる。
体格と言うか体型と言うか、それが変化してしまえば彼女たちが現在所有している服が身体に合わず、傍目にも異常なことが即座に悟られてしまう。
端的に言って、化粧で誤魔化すレベルを飛び越えてしまうのである。
「まぁ、良いでしょう。この件は正妻としてわたくしの預かり案件とします。宜しいわね?」
「アッ、ハイ」
ミシュラの言葉をラックが即肯定して、この部分の話は済む。だが、それで全てが終わったわけではないのだった。
「アナハイ村での滞在時間が大幅に伸びた事情はわかりました。で、ガンダリウ村の方のお話もありますわよね?」
「そっちは、変装をいつも通り行って出向いたんだけど、簡単に言うと、リムルに僕が姿を偽れることがバレました。で、そっちでも芋づる式に、若返りの件もバレました。但し、その場でどうこうって話にはならなかったけどね。それと、前にここへ来たリムル子飼いの女性以外の、侍女2人とフォウルの教師役だと主張していた女性2人は入領を拒否してきた。王家とヤルホス家の2つからゴーズ領の情報を流すように指示を受けている人間はお断りってことで」
4人の入領拒否に伴って、ラックは
侍女はともかくとして、
そして、シス家の秘蔵っ子であったフランや、元ヒイズル王国国王などという、特定分野に極めて強い教師役ができる人材までも存在していた。
ついでに言えば、それでも物足りなければ、シス家当主のルウィンの相談役に退いた前北部辺境伯に、
超能力者の実妹が出した一見無茶振りに思える要望は、完全ではないかもしれないが、実はゴーズ家ならそれなりのレベルで満たすことが可能な案件なのであった。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックはミシュラの質問に答える形で、ガンダリウ村での出来事を語った。
正妻を除く妻たちは、超能力者が相手の思惑をある程度の精度で見極める能力を持つことをなんとなく察しているが、それがどこまでのレベルの物なのかまでは知らない。
ラックは
「貴方。実際のところ、どこまで勘付かれましたの?」
ラックと2人だけになった後、ミシュラはポツリと問うた。
全員の前で曖昧にした部分でも、彼女だけは正確な情報を知る権利があるからだ。
「変装の中身が僕だというのは早々にバレた。妹の言い分は、僕の所作の細かな部分が誤魔化せていないってさ。指摘を受けた若返りの件も含めて、僕は肯定してないけど、彼女の中ではそれらについてが確定事項となっている。それから、尋問の対象者が答える『はい』と『いいえ』が嘘であるか否かの判別ができるのは最初から確信していたね。完全に思考が読めるのかどうかまでは、範囲や精度に疑いを持っているって感じ。まぁ、僕から明かすことはないから、その疑いが確信に変わる心配はないと思うよ」
「そうですか。彼女は帰る場所はないはずですので、こちら側の人間と見なしたいところですわね。が、なにぶん時が足りていません。アスラだけは別ですが、貴方も含めてゴーズ家の人間は今の段階では彼女もその息子も内面を良く知っているとは言えませんからね。付ける侍女も含めて、しばらくはわたくしが目を光らせるしかないですわね」
ラックは、ガンダリウ村で行われたリムルとの言葉のやり取りを、接触テレパスを行使した結果も加えて細部までを正確に語った。
ミシュラは唯一の完全な理解者としてそれに答える。
真剣な視線を交えた2人は、わずかな間を置いた後、互いに相好を崩す。
そうして、表情を緩ませたラックは、スキンシップを兼ねた言葉を紡ぐ。
「苦労を掛けるねぇ。嫁さん」
「仕方がないですからねぇ。旦那さん」
2人はふざけた感じの言葉のやり取りでシメて、この話題を打ち切った。
リムルが持つ疑いを確信に変えさせるのが悪手である以上、ラック的にはおいそれとは接触テレパスを行使しにくい状況になってしまっている。
そのことが、強い絆を持つ夫婦の間でしっかりと理解された瞬間であった。
こうして、ラックはバーグ連邦から帰還した後の初日を終えた。
彼の地へ赴いて成し得た結果は大きな物であるはずなのだが、戻って来たら何故か称賛を受けるより、責められることが多いような気はしている。だが、それでも。超能力者は「家内が円満であるのなら受け入れてしまおう」と、細かなことは考えるのを止めたのだった。
スピッツア帝国の皇帝への
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