第109話

「費用対効果が悪過ぎるですって?」


 ドクことラックの叔母である狂気の技術者のドミニクは、彼女の甥が語った話と、ミシュラの書いた所感の文面を読んだ結果、怒りを含ませた声音で雇い主に問うた。


「うん。通常の下級機動騎士が移動を含む戦闘行動がとれる量の魔石を100機分消費している。20分ぐらいでね。面制圧が目的の榴弾攻撃だったのを差し引いても、推定戦果は中型種と小型種限定で500なんだ。確定と言える数量なら100辺りまで減る。時間効率や投入する操縦者の数に対して、多大な戦果が挙げられるのは利点だとは思う。けれど、消費した魔石の量は推定戦果から全て魔石を回収しても完全に赤字レベルなんだよね」


 魔獣が1000を超える規模の集団を成して襲って来るのは、通常の魔獣被害の話とは一線を画す。

 そのような状況から生み出されるのは、小規模な戦闘行為ではなく、最早戦争のレベルだ。

 そうした視点で物を考えるドクは、戦争で最優先するのは戦果の物量であって、そこで赤字が発生するのは当然だという考えである。

 彼女の考え方自体は、間違いだとは言えない。但し、”他に手段がない場合で、赤字がいくらになろうとも許容せざるを得ない状況下であれば”という条件がついてしまうが。

 通常は、支出が莫大で、出す費用に得られる結果が見合わないと考えた場合、他の手段を検討するのもまた現実であるからだ。


「見解の相違ね。戦闘での消費だけを切り取って考えるなら、ラックの言い分は通るわ。けれど、今回のケースで物を語るのならば、機動騎士を操縦する魔力持ちの育成や確保、機体数の確保と維持、それらに掛かる費用を想定して比較すべきではないかしら? 今回の推定戦果である500を叩き出すのに通常の機動騎士を一体何機投入するの? 操縦者の着る物、食う物、戦力化できる人間を育てて確保し続けるのに、いくら掛かると思っているのよ!」


 ラックも、そして、試作機を使用したミシュラも、確かにドクの言う視点で物を考えてはいなかった。

 500の魔獣を屠るのに必要な機動騎士の戦力は、投入する機体の全てを下級で揃えると言う現実味のない仮定で考えても、最低で30機以上は必要だろう。但し、今回のケースで考えるならば、敵の総数が1000を超えている点を加味しなければならない。

 それを考慮に入れると、50機以上は確実に必要となる。下手をすれば100機だ。

 そこで消費される魔石の量は、ミシュラの消費した量の半分に届くかどうか辺りだとゴーズ家の当主は目算を立てた。


 最低2000の魔力持ちを50人と搭乗する下級機動騎士。

 それだけの戦力を維持する費用は馬鹿にならない。そもそも、”お金を出しさえすれば手に入れられる”という類の物ですらない。

 そう考えると、今回の費用対効果の考えを根本から見直しせねばならない。

 そこまでの思考に至った時点で、ラックはふと我に返る。


「ドク。そういう話なら、まず先に確認しなくちゃならないことが1つある」


「なにかしら?」


「あの試作機。作るのに一体いくら掛かるんだい?」


 ラックの問いに、ドミニクの視線は泳ぐ。

 あからさまにドクの挙動が不審な物へと変化する。


「えーっと。ほら、新機軸と言うか、新しい物には開発費が必要よね? 試行錯誤で無駄は発生するし、テストも行わなきゃ試作機を完成させることもできないし。そういう費用は除外して考えて良いのよね?」


 ラックは、ドクが答えずに質問で返して来た時点で、「やっぱりか」と悟る。


「勿論、そこは別として計上して貰って構わない。でも、その開発費の額も知りたいね。量産タイプの下級機動騎士が何機買える金額になるのかな?」


 ドクの表情からは、”すっごい答え難いな”というのが伝わって来る。

 それを見せられるラック的には、「元王女が、感情を隠せないとかダメなんじゃないかな?」と思わなくもないが、それはここでは関係がない話ではある。


「開発費で25機から30機相当分。製造費は人件費や設備費は考慮せず、機体と追加武装に使った素材の価値を換算して考えると、60機分くらいよ! たぶんね!」


 やけくそ気味に、叫ぶように。

 ドクは言い放った。

 ミシュラの新たな機体は、なんと”下級機動騎士85機分以上相当”が投入されて作られたという事実が判明した瞬間である。但し、あくまでこれは、使用した物資を換算すればそうなるというだけの話であり、実態はゴーズ家から現金の支出があったわけではない。

 ラックが持ち込んだ魔獣由来の素材が、彼女の独断で惜しみなく消費されただけではあるのだけれど。

 付け加えると、ミシュラ機は試作機であり、完全な完成品ではない。よって、まだ改良の余地がある。

 そこにも当然、”今後”消費される物資が必要とされるのだった。


「まぁ、僕も機体修理の指示をきちんと出していなかった部分は反省しなくちゃいけないし、魔獣素材の使用は許可自体は出してたわけだし」


「そうよね! 『素材は自由に使って良い』って言ってたわよね!」


 ラックの自分自身にも非があると認めるような内容の発言に、死人化しかけていたドクは息を吹き返す。


「『自由に使って良いけれど、事前に使用予定の報告書だけは出して下さい』って条件も付いていたはずですけれどね?」


「今度から気をつけまーす」


 そんな感じで、なんとかラックからドクへの追及話っぽい何かが終わる。だが、それが済んだからと言って、彼らの話の全てが終了したわけではない。


「費用対効果の話に戻るけど。まぁ開発費は仕方がないから割り切るとして、ドクの考え方を考慮に入れて判断し直せば、『ダメだこりゃ』ってまでの話じゃないのは理解した。でも、消費する魔石の確保と有事に備えての備蓄を考えると、現実問題で運用は厳しいよね?」


「そこはまぁ、ラックなら何とかなるでしょう?」


 ドクは楽観的過ぎる見解を述べた。彼女的には、”今”運用できる機体でありさえすれば良いのだから。


「僕が何とかできる期間中は良いとしても、その後は? クーガの代やその次代。将来の運用だって考えなくちゃ」


「尖った機体だから、20年、30年先の話はよしましょうよ。将来開発される新しい技術で、問題が克服される可能性だってなくはないのよ?」


「そういうことか。なら、そういう改良型や次世代機の開発も、引き続き頑張って貰うってことでよろしく」


 話が纏まったかな?

 ラックがそう考えたところに、今度は逆に、彼としては理不尽に感じる主張をドクから受けるのだが。


「任されました。ところでラック。今回の戦果は、機体の観測器で着弾修正した砲撃じゃないのよね?」


「ええ。僕の力で直視射撃に近い状況に」


「独立運用したデータじゃなく、ラックが手助けした状況の運用データだと開発の参考にならないのは理解できるわよね? それと、徹甲弾と散弾の使用実績がないじゃないの。散弾はまぁ『使いどころがなかった』と言えるのかもしれないけど、徹甲弾は大型種相手に撃ち込めたはずでしょう?」


 そんなことで文句を言われても。

 状況的に、魔獣の数を減らすことが優先されて然るべきであり、もし途中で弾種変更を行っていたならば、結果的に敵の残存数はより多くなってしまったはずだ。

 移動目標に対して、徹甲弾を当てる運用データが欲しい叔母の気持ちも理解はできるが、機体を投入した主目的は、バスクオ領への救援である。

 今回の実戦は、決して、超遠距離砲撃戦仕様の試作機の試験運用が主目的ではなかったはずなのだから。それは、あくまでついでと言うか、余禄の部分なのだ。

 つまるところ、ドクの心情は理解できなくはないが、ラックからすれば彼女の発言は理不尽極まる言い分なのだった。

 だがしかし。ここでこの件で言い争うのは意味がない。

 超能力者は、そう判断して、呑み込む。

 彼は、「そういうのはまた別の機会を待ちましょう」とだけ言って、話を切り上げたのだった。




「と、まぁそんな話になってね」


 トランザ村へ戻ったラックは、ミシュラにドクとの会話の流れを話した。


「移動目標に徹甲弾を直撃させるのは、正直なところかなりの技量を必要としますわね。射撃練習もなしにいきなりの実戦では、おそらく1割も当たれば御の字というレベルではないでしょうか?」


 ミシュラはそう言いながらも、砲撃を行っていた当時の状況を思い出す。

 彼女は確実に直撃させようと躍起になっていたわけではないが、初期の着弾目標には大型種の個体を選んでいた。

 要は、狙って撃っても当たっていないのである。

 そして、今回は使用しなかったが、機体に搭載された着弾観測用の機器を使用しての砲撃であったなら、命中精度が更に低下するのはおそらく避けられない。

 装備として徹甲弾が必要であるのは確実だが、これは大型種に対して有効と考えるよりは、固定目標か或いは災害級魔獣への攻撃手段と割り切るべきなのかもしれない。

 ゴーズ家の正妻は、操縦者の視点で考えるとそう結論付けざるを得なかった。


「費用対効果の件に関してはどう思う? 僕は、数の確保や維持って面を考えると、微妙なとこだなって思ったけどさ」


「操縦者1人、機体1機で可能という部分は大きいですけれど、そこが欠点にもなりますわね。予備がない状況は対応力の柔軟性に欠けるとも言えますし。そもそも、この試作機は、有効に使える戦場が限定されますわよね? 武装を外せば高機動型の機体として運用は可能ですけれど、それをしてしまうといざ砲戦が必要となった時に、砲撃仕様に戻すのに時間が掛かり過ぎます」


 結局のところ、使い方が限定されるが、費用対効果は総合的に判断すれば「使えないというほど悪くはない」という結論になった。

 そして、武装の脱着は緊急対応力を下げることにしかならないとして、ミシュラが常用する機体をもう1機別で用意することとした。

 超遠距離砲撃戦仕様の試作機は、決戦兵器とか、切り札的な存在として、トランザ村のハンガー内に鎮座することになったのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、バスクオ領の救援に投入された試作機は、ゴーズ家で運用方法やその価値についての結論が出される。そうした部分や、機体性能の話は、後にシス家の当主へも情報共有がなされるのであった。




「話を聞く限りでは、その機体は、追加武装のコアでしかないのではないか? そうであるなら、コアとして組み込む機体は、下級でなくとも良いはずだな?」


 北部辺境伯は、娘婿が語った情報に興味を示す。

 そうして、彼なりの疑問点をラックに投げ掛けたのだった。


「それはそうかもしれませんが、今のゴーズ家では下級機動騎士の乗り手が多いですからね」


「今回の件もある。バスクオ領の中級機動騎士の追加武装として同様の物を作って貰うことは可能だろうか?」


 北部辺境伯の考えは、”ラトリートやその妻の誰かに、改造を施した中級機動騎士をシス家の所有機体として貸し出し、バスクオ村に置きたい”なのだった。


「えーっと。大変申し訳ないのですが、ゴーズ領が射程距離内に入る武装をバスクオ領に持たれるのは、正直なところ怖くてできません。これは話がサエバ領であったとしても同じです」


 実のところ、射程に入るというだけなら、容認できなくもないのだが、問題となるのは砲弾の種類とその威力である。

 ラックはミシュラの砲撃によってボコボコにしてしまった跡地を、遠目にも、現場ででも確認しているのだから、これは当然の話になるのだった。


「そうか。残念だ。中級、或いは上級でも最上級でも良いが、下級を上回るパワーの機体なら、機体自体に無理な軽量化を施さなくとも、運用できるのではないかと思ったのだがな」


 実に危険な発想である。

 ラックも北部辺境伯も知らないことだが、仮に最上級機動騎士に同様の改装を行うのであれば、機体が本来持つ外装の装甲部分を犠牲にするだけで、余裕で追加武装の装着が可能だ。そしてその場合、移動速度は元来の最上級機動騎士のそれを保つことができる。

 もっとも、武装をパージした時の機体は、装甲がほぼないため、危なくて使えない物になるけれども。


「まぁ、追加武装の部分だけの費用はわかりませんけれど、半分としても金貨15万枚分に相当する武装ですからね。そして、一度の実戦投入で吹き飛ぶ魔石の量は、シャレにならないですよ? あまりおすすめできる機体ではないですね」


「それもそうだな。いざとなれば、ゴーズ領に助けを求めれば良いだけだな? 婿殿。ところで、そろそろこの家に、少しは借りを返させる気遣いも見せてはくれんか?」


「あはは。そんなことを気にしてらしたのですか? そうですね。では、北部辺境伯領が次期当主に代替わりしてから、経過期間で5年。その後に、ゴーズ家の相談役として、最上級機動騎士付きでゴーズ領に居を構えていただくというのはどうですか? ルイザも喜ぶと思いますが。勿論、フランも」 


 ラック的には軽い気持ちでの、冗談交じりの発言だったのだが。

 年長者のアドバイザー的な人材が、元ヒイズル王国の国王だけでは、足りていないという面もあっての発言だったのだが。


「わかった。そうしよう。寧ろこちらから頼みたい話で、借りが返せるのなら素晴らしい。経過期間については、ルウィン次第とするが、基本方針はそれで決定ということにしよう。妻も連れて行くが良いな?」


 こうして、ラックは自身の失言から、ゴーズ領の未来の住人を増やすことに成功した。

 ミシュラに相談なしに決めて良いはずのことではないのに、今更前言を翻すわけにも行かない状況に追い込まれたとも言えるが。


 トランザ村へと戻り、”ちょっとまずいかも?”と思いながらミシュラと顔を合わせたゴーズ領の領主様。あっさりと何かがあったこと察知され、ことの次第を白状させられる超能力者。「感情を隠せてないのは僕もだった!」と、ドクのことをどうこう言えないことに気づかされてしまったラックなのであった。

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