第101話

「わたくしが第2王子に嫁ぐですって?」


 シーラは実父であるヤルホス公爵からの急な面会要請に応じたのだが、そこで告げられた最初の一言は驚くしかない物だった。

 それは、「お前は明日、第2王子に嫁ぐ。その準備をこの後行え」で、あったからだ。


 元第1王子妃は次の縁談が来ること自体は予想していた。

 王妃教育を受けてしまった以上、王家の管轄の外に出される可能性は低い。それ故に、囲い込みとしてだけで、今の王の第3夫人として”後添えに近い扱いになるのではないだろうか?”と彼女は考えていたのだが。

 また、未亡人のまま王宮に残される可能性も、なくはなかった。

 そういった前例もある。だが、自身がまだ子を望める年齢である以上は、そうはならないだろうとも思えた。

 単純に絡めとるか、内々で次代の高魔力を持つ子を産む道具にされるか。

 塔送りにされるわけではないが、あまり良い未来はなさそうだと、ため息の1つもつきたくなるのが実情であった。

 彼女は、息子の将来も見据え、ゴーズ上級侯爵に使者を出している。

 彼女は彼女で、自身の状況を悪くしない手を打とうとはしていたのである。


「ああ。最終決定は今、宰相が陛下へ決済を受けるために話を持ち込んでいるからその後になる。効力を発揮するのは、明日公示されてからだ」


「わたくし、第2王子妃のリムル様と険悪な関係ではありませんが、さほど仲が良いとも言えません。側妃になってあの方の下でやって行けるかしら。それに息子の扱いはどうなりますの?」


 ヤルホス公爵は、そこまで来て、自身の情報伝達した内容に不足があることに気づかされた。

 彼の中では、第2夫人以降の扱いで娘を再度嫁がせることなどあり得ない話であったため、それを前提として話を進めていたからである。


「誤解をしているようだな。お前は側妃ではない。正妻として嫁ぐのだ。息子は次代の王となる。当面は王太子となり、国王の座は今の陛下が退位される時、第2王子が国王代理になる。肩書は副王という通称。王の座は王太子が即位するまでは空位とされる。お前は国王代理の正妻として、王妃代理になり、王妃の執務を代行する。次代の王妃となる娘の教育の義務を負う」


 シーラは父がこうして語る以上は、陛下の決済が済んでいなくとも、この話が実質最終決定済みと同じなのは理解できた。


「国王代理で副王ですか。わたくしや息子のことは理解しました。ですけど、その内容でよくテニューズ家が合意しましたわね? リムル様や息子さんの扱いはどうなるのです?」


「これまでの正妻は第2夫人に格下げで側妃に変更。彼女の息子は暫定で継承権2位とされるが、お前が新たに男子を授かった場合はその下の順位に繰り下げられることが決定している。ああ、国王代理には王位継承権の順位を変更する権限はない。一部今の陛下が権力を残すからな。それは王妃も同じ。お前もあの陰湿な女の影響下のままだ。もっとも、あの女はいつまで生きているかはわからんがな」


 国王が退位した後、次代の王と元王妃の関係が薄い場合、何故かその後の余生は短くなるケースが多い。王家の闇の1つである。


「それと、次の王太子妃はテニューズ家の娘だ。その権利を固定している。要は将来の王妃を出す権利を得ているために、あの家は合意したのだよ。その婚約登録も明日行われる」


「わかりました。リムル様とわたくしが当面は部屋を交換する形になりますわね。最終的には後宮に移るわけですけれど。あの方はテニューズ家の決定には従うでしょうけれど、それだけで済むのか少々不安ですわね」


「正妻に拘るタイプではないと噂には聞くが。何かあれば、国王代理や私に言え。できる限りの援助は惜しまん」


 こうした会話で他の細かな約定の話を終えた後、シーラの実父は王宮を後にした。


 ちなみに、同日、テニューズ公爵は娘のリムルには会わずに帰路に就いている。

 この対応の差は、事前に第2王子に情報が洩れる可能性を考慮しての物である。

 そのため、そうする必然性があった。

 もっとも、そうした理由がなくとも、テニューズ公爵が娘に会わなかった可能性はそこそこ高いのだが。

 誰しも、良くない話はしなくて済むなら避けたい。

 それが人情という物であろう。




「今日から第2王子妃を務めることになりました。よろしくお願いしますわね」


 シーラが第2王子の自室を訪れた時、彼は目の焦点が合っていないかの如く、虚空へと視線を向け、ぼんやりとしていた。

 時系列としては冒頭からの場面の翌日の日中。

 リムルやラックが宰相と会って話をしている最中の出来事である。


「ああ。よろしく頼む」


 短く、その返事だけを第2王子は返した。

 彼はまだ前正妻との会話のショックから抜け切れてはいなかった。

 王族で色々な訓練を受けている割には、意外と打たれ弱い男である。

 そつなく何でも熟せたために、これまで挫折らしい挫折を知らなかったせいもあるのだろうが。


「あの? 何かありましたの?」


「何もないさ。『なくなった』と言うべきかもしれんな。ああ、シーラへどうこうって話じゃない。リムルとちょっとな。そう言えば先ほど初めてゴーズ上級侯爵と真面に顔を合わせたが、ろくに会話もできていないな。一緒に居たアスラもか。ははは」


「あら。わたくしもぜひ一度お会いしたいですわね。王宮にいらしているのでしたら面会の時間は取れるかしら?」


「どうだろうな? 今は宰相と会って話をしているはずだが。俺も彼とはじっくり話をして交流を深めるべきなのだろうが」


 考え込む第2王子を見て、シーラは黙礼して退室し自室へと戻った。

 その場にとどまる意味を、彼女は見出みいだせなかったから。




「ゴーズ上級侯爵が宰相と面会しているはずですが、王宮内のどこでそれを行っているかまではわかりません。ですが、帰る時に通る場所は限られるはず。わたくしは昨日戻った者から面会に応じる内諾をいただいていますので、こちらからの声掛けは失礼には当たらないでしょう」


 シーラは侍女を使ってラックを王宮内で捕捉する指示を出した。但し、高圧的に強制で連れて来ることはしないように厳命もしていたが。

 その結果が前話100話のラスト付近の話であり、彼女の面会希望は叶うのである。




「以前にどこかでゴーズ卿にお会いしているのは承知していますが、かしこまってお会いするのは初めてだと存じます。突然のお呼び立てに応じていただき感謝しています。アスラ様もお久しぶりですね。お元気そうでなによりです」


「いえいえ。先日当家へ使者を派遣しておられますので、近々に面会する予定で王都へ来ていたのです。ですので問題はありません」


 シーラの部屋に通され、人払いがされた後、ラックは挨拶がてらの会話を始めた。

 尚、”声だけは綺麗な人だな”などと、失礼なことを考えていたりしたのは彼だけの秘密である。


「お久しぶりです。シーラ様。わたくしは以前の立場ではございませんので、アスラと呼び捨てにして下ってもかまいません」


「そうですか? でも呼び慣れているのを変えるのも気を使いますから。このままでも差し支えはないでしょう。今の貴方は上級侯爵夫人ですしね」


「では良いようにでお願いします。ところで、昨日今日で状況が激変したのはご存知ですよね? わたくしどもと致しましては、シーラ様がゴーズ家に求めた面会の理由が消失したかもしれないという予測もしておりました」


 ラックはアスラの”さっさと本題へ入れ”と誘導する発言に”助かるなぁ”としか思っていなかった。


「当初のお願いしたいと考えていた話はなくなっています。ですが、ゴーズ家とわたくしやわたくしの実家は縁が全くと言って良いほどにありませんのよ。この国で4番目の上級貴族との関係性を良好に築き上げるには良い機会だとは思いませんか?」


「それでしたら、人払いをされないでしょう? 何か内密なお話があるのではありませんか?」


「『どちら側に付きますか?』を確認する意味はなくなったはずなのですが、『今日リムル様との間でどのような話が進んだのか?』は気になっております」


 予測通り”どちらの陣営に立つか?”が当初の確認事項であり、それは既にシーラの目的ではなくなっている。

 だがしかし。それとは別にスティキー皇国との戦争で多大な戦果を挙げた家と、個人的に親密になっておくのは今後の彼女の立場では意味が大きい。ましてや、亀肉を筆頭とする健康美容関連のお願いをしやすくしておけるのなら、それに越したことはないのだ。

 彼女の中では、立場的に第2夫人で側妃になるリムルとは深い友好関係を築き上げるのが事実上不可能と予測されるため、そこに頼らないラインは確保したい。

 それ故に。過去の経緯を無視して新たにリムルとラックの関係が強化され過ぎるのは、困ってしまうのである。


「役所の手続きは終わっていますし、もう秘匿すべき情報ではありませんわよね?」


 シーラの発言を受けてアスラはラックに確認を取る。


「そうだな。これは私が言おうか。第2王子の側妃、私の妹からの話は、彼女の息子フォウルがゴーズ家の入り婿になる婚約登録だ。ここまでは調べれば直ぐわかる話です」


「養子に出るわけではないのならば、婚姻が成立するまでは王族籍となりますね。では、少なくとも魔道大学校入学までは、母子ともに王宮で生活するということで宜しくて?」


「お答えしにくい質問ですね。先に確認しましょう。ここから先の話は私と妹の個人間の部分も含まれるのですが。それでも話の内容を確認されますか?」


 シーラの問いに対して、ラックは彼女の覚悟を問うた。

 彼女が踏み込んで知ってしまえば、なんらかの対処をする責任を問われたり、知っていて放置したなどと見られる可能性がある。

 面倒な妹を持ってしまった兄は、そうした事案であるのを彼女に問い掛けることで示唆したわけなのだった。


「ええ。彼女の息子さんは国内最大の魔力量の持ち主ですから。動向に関する情報に勝る価値の物などそう多くはありません」


「そうですか。ではお答えします。実際に妹の息子の身柄がゴーズ領に移るのは、現時点では彼の魔道大学校卒業後。但し、妹は成人までは彼を手元に置く教育方針であるため、彼女が王宮から居を移す事態が発生すれば変更になる可能性はある」


 爆弾情報は投げ入れられた。

 ラックの言う”但し”以降の部分は、彼の妹が王宮を出る可能性を示唆しただけだ。が、その可能性の話を両者間で行ったのは、リムルにそうする覚悟もあるということと、受け入れ先がテニューズ家ではなくゴーズ領であることを悟らされる話なのである。


「それは。母子共に王家から去るという意味ではないですか!」


「これはあくまで可能性のお話です。シーラ様のおっしゃるほどの事態に発展するのかは、私にはわかりかねます。実家であるテニューズ家は王宮からそう遠くはないですし、所謂通い婚となった前例はあると聞いています。もっとも、私が知る限り、過去の前例は夫人間や子供同士の関係が極めて険悪で、共に王宮、或いは後宮で生活させると刃傷沙汰になりかねないケースでの適用ばかりですけれども。そうなるほどのご予定がおありですか?」


 嘘である。

 大嘘なのである。


 但し、ラックは妹から言葉では聞いていない内容を含むため、リムル本人以外には嘘だとバレる心配はない発言内容だ。

 と言うか、リムルですら嘘だと断定はできない。せいぜいジト目で疑いの眼差しを向けられる程度で済んでしまうはずである。

 要するに、彼の妹は今の夫と離縁する気満々であるし、テニューズ家に戻れば母子共に父の駒として再利用、或いは塔に押し込められる危険まで存在する。そのため、逃げ場を確保する気なのである。


 ゴーズ領の領地の防衛能力、武力、財力、食料自給率の部分に不安はない。

 防衛能力だけなら王都すら上回る。

 鉄と家電に相当する魔道具の供給だけは外部に頼るが、総合的に見て安全度が極めて高い場所、トランザ村。

 そのような条件が揃う地は、ゴーズ領の領都を置いて他にはないのだった。


 リムルの判断基準は、奇しくもカストル家の家宰がロディアの避難先を選定した時の思考と同じであった。


 超能力者はその辺の考えを、言葉以外に接触テレパスで読み取れた部分で補正したり、理由を知ったりしている。

 つまり、簡単に言うと、「わかりかねます? そんなはずはない!」なのであった。


 これは、現時点でラックの妹が、”身の危険を感じて逃げ出そう”という意味での話ではない。

 彼女とシーラとの関係が、修復も妥協も不可能なほどに険悪なわけではないのだ。

 単に、彼女が夫を見限っただけの話だったりするのである。

 もっとも、時が経てばリムルは身の危険も感じるようになり、動機は増えるのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、シーラとの面会は終わった。彼女の”ファーミルス王国唯一の上級侯爵との顔繫ぎ”という目的は果たされたのだ。

 彼女は、ついでにとばかりに、”ゴーズ領の特産品の個人的融通を、可能な範囲で行って欲しい”と、ゴーズ卿にお願いする。

 ラックは代わりに、庇護下の子供たちが魔道大学校へ通う期間中、”王都内で個々に可能な範囲で便宜を図ってもらうこと”を要求した。

 勿論、超能力者の要求内容の出所は、その場に居たアスラであることは言うまでもない。


 新たな第2王子妃とゴーズ家の間には、そんな曖昧模糊あいまいもことした緩い密約が結ばれたのだった。


 こうして、ラックの王都滞在の用件は片付いた。その日のうちにすたこらさっさと王都を出た後、そうとは知らない第2王子が、彼の所在を探していたのは些細なことであった。


 夜間出立に際して、カストル家の家宰が行った猛烈な引き留め工作を振り切って、王都脱出(?)を成功させたゴーズ領の領主様。「これでしばらくは何事もないだろう」などと言う発言が、新たな厄介事を呼び寄せている自覚がないラックなのであった。

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