第100話

「ミリザをフォウルの婚約者にしたですって?」


 ラックは第2王子妃のリムルの思考を接触テレパスで読んで確認した後、尿意を伝えて場を中座した。

 そうして、こっそりと個室内でテレポートを使用し、ミシュラへ話をしたのだった。


「うん。本来ならミシュラに確認を取ってから進めるべき案件ではあったと思う。そこはごめん。ただ、状況的にアスラが君の代理を務めていたし、場を離れて密談をってのも難しそうだった。一応、変更や破棄も可能な条件付けはしてあるけどね。事後報告になって申し訳ない」


「まぁ、そうなった理由は理解しました。そもそも、アスラがわたくしの意を汲んで判断ができるという前提で送り出したのですから、その結果を咎めることなどできません」


 実際、ミシュラがその場に居たとしても、或いは途中でラックが話し合いの場を抜け出してトランザ村へ確認に来たとしても、結果に変化はなかったであろう。

 それがわかってしまうだけに、正妻として特に異議を唱える必要はないのである。


「しかし、意外でしたね。てっきり実の兄妹だという伝手を頼りに、自身や息子の支持をお願いしたいという流れを想定していましたが、まさかそう来るとは」


「そうだね。この後、第2王子とまず話をつける。今、あまり長く話をしている時間はないから、後でまた来るよ。続きはその時に」


 短時間で話を切り上げたラックは個室へと戻って何食わぬ顔でリムルやアスラが待つ部屋へと戻った。もっとも、もう話すべき内容の話は済んでおり、真っ先に行うのは婚約者登録の手続きである。


 そうして、第2王子妃の特権で用意周到に行われていた段取りが有効に作用する。

 本来なら兄妹で役所の窓口へ出向くべきところを、担当者が呼び出されていてこの場で両者がサインした書類が受理されたのだった。


 それが済んでしまうと、まずは第2王子国王代理に決定事項を伝えることになる。

 この場合、「確定事項の事後報告」と言うのが正しい表現であるかもしれないが。

 更に、順序として、宰相や国王にも伝える流れになるのだが、それは状況次第の話になってしまう。




「君はフォウルは、俺と同じで『部屋住みになる』と言っていたように記憶しているのだが?」


 第2王子は、突然持ち込まれた予想外の話に困惑しながらも、「聞いていた話と違う」と、まずは確認を取る。

 現状の彼にできることは、「それしかなかった」とも言えるけれど。


「ええ。あの時の状況下では、わたくしはそれ以外の可能性はないと思っていたのですから、嘘をお伝えしたわけではありませんよ」


「ほう。で、今は違うから報告に来たと? そんな都合の良い話が通ると思うのか?」


「事実は事実ですから。それに、わたくしが嫁ぐ時の約束事は貴方も陛下も、宰相もご存知ですわよね? 知っているはずのことをわたくしが確認をしなかったとしても、そこに何らかの責任が発生する話ではございませんわ。仮に忘れていたとしても、それは忘れていた側の責任ですわよね? 付け加えると、陛下や宰相は承知の上での決定でしょう」


 まず間違いなく承知の上での決定ではなく、単に忘れていただけであろうことは発言した本人も承知している。しかし、都合の良い利のある理屈が取れる以上は、リムルがそこを突くのは至極当然であった。


「しかしな、ゴーズ家には既に王家の血を引くニコラも居るのだぞ? 更に王族を入り婿で出すなどできるわけがなかろう」


「おやおや、王家の家名を取り上げた娘を都合が良い時だけ王族扱いですか。本人に罪がある話ならともかく、母親のアスラ様もここに居る状況でよくそんな言葉が口から出せましたわね? ついでに言えば彼女はもうここにいるゴーズ上級侯爵の娘。ゴーズ家の娘なのですが、貴方は王家の娘だとおっしゃるの? そう扱ってもいないのに?」


 リムルはここで態々言いはしないが、王家の血を引いているという条件だけなら自身もそうだし、兄であるラックもそうである。

 元々王族ではないにしろ、兄に至っては王位継承権の順位は低くとも、そこに名を連ねてだっているのだ。

 第2王子の発言は、ゴーズ夫妻がそれぞれに黙っているから良いようなものの、咎め立てすれば大問題に発展しかねない内容なのである。


 ぐうの音もだせない状況に追い込まれた第2王子に、リムルは更に追撃をかける。


「何か勘違いをされておられるようですけれど、この話は貴方の許可を得るためにしているのではありませんのよ? 頭越しに陛下や宰相に先に話を持って行って、わたくし以外から知らされるのは気の毒だと思ったからこその報告なのです。ではこれで」


 話は済んだと退出しようとした側妃へ、悪あがきをするが如く第2王子は待ったをかける。


「待ってくれ。フォウルのことは理解した。が、君はどうするんだ? 息子を手元から去らせて良いのか?」


「あら? わたくしの心配ですの? 新たに正妃様がいらっしゃるのですから、自身の身の振り方をどうするかは、ゆっくり考えさせていただきますわ」


 「余計なお世話だ」と言わんばかりの、第2王子妃の冷めた声音の対応。

 横で聞いていただけのラックは、「それ、もう答え出てるだろ」と内心では突っ込んだ。が、それを言葉に出さないだけの分別はあった。

 思わず口に出したりせずに済んだのは、先に接触テレパスでリムルの心の内を覗いていたせいもあるのだけれど。


 がっくりと項垂れた夫を放置し、第2王子妃は次の行動へと移る。

 先触れとして宰相の元へと向かわせた侍女が戻って来たのを確認したリムルは、次は宰相の待つ部屋へと向かう。勿論、ラックとアスラもそれに同行する。




「第2王子妃様、仰ることはわかりましたが、それは考え直していただくわけにはまいりませんかな?」


「公示は済んだのでしょう? わたくしはもうその名称で呼ばれる立場にありません」


「それはそうなのですが」


 宰相が事実の部分を認め、更に言葉を続けようとした時、リムルは言葉を被せた。


「わたくしは今、側妃。第2夫人の立場に変更になっています。つまり、王家との約束事が有効になったということです。ですので、もうフォウルの話を纏めてきましたのよ? 何か問題がありますか?」


 リムルの発言を受けて、”聞いてないぞ”という恨みがましい宰相の視線がラックへと向けられた。

 その視線の意味に気づいた彼は、”僕のせいじゃありませんよ”とばかりに首を横に振る。


「申し訳ありませんが、その部分の約定を失念しておりましてな。改めて話し合いの場を設けさせていただくわけには?」


「失念ですか? それはそれは。ですが、それを理由にわたくしと王家との約束事が無効になるはずはありませんわよね? そして、わたくしは既にゴーズ上級侯爵との交渉を終えて話は纏まっています。改めて話し合うのを認めるのは、『纏まった話を反故にして白紙に戻せ』と言っているも同然なのですが? それをわたくしに求めるのですか?」


 ラックもアスラもこの事態を予想はしていたが、目の前でこれをやられると「うわぁ。えげつない」と言いたくなる。勿論、心の中でしか言わないし、極力表情にも出さない努力をするわけだが。

 そして、この件に関しては、先手を打って外堀を埋めたリムルに宰相が付け入る隙はない。「そんな約定は忘れていたから無効だ」と主張するのがまかり通ってしまえば、”こうなった時にはこうなります”という契約を結ぶことなど不可能になってしまうからだ。

 フォウルの件を彼女が決定する前ならば懐柔する余地はあったし、そもそも事前に気づいていれば、約束事の部分を変更する契約を結び直すことだって可能であった。

 全てにおいて失策を犯したのは王家側であり、側妃に落とされた彼女に責任はないのである。

 事態に巻き込まれたゴーズ家は、彼女と王家との約定など知るはずもないのだから、「そんなの知りません」としか言えない。


「ですが、ここでわたくしが頑なに拒否を貫くのもどうかと思いますので、フォウルの婚約者を今纏まっている話より魔力量の面で良い条件で、尚且つ年齢差で無理がない娘との話を王家が主導して纏めて下さるのなら、わたくしは引きましょう。勿論その場合、ゴーズ家への謝罪も王家にお任せしますわ」


 リムルは狡猾にも、この条件を出すことでミリザの魔力量を王家に調べさせることを目論んでいた。但し、これはこの場で瞬時に組み上げた思い付きの策であったため、ラックに読まれている内容にはなかった部分となる。


「それでしたら、ゴーズ家は謝罪より、魔力量20万の上級侯爵家の最低基準を上回る魔力量の男子を入り婿で”2人”斡旋していただきたい。養女も含む婚約者が定まっていない当家の娘に、年頃が釣り合う男子というのが条件です。ま、入り婿であっても、家を継ぐ権限は与えない形になりますので、それを了承できる相手でお願いします」


 ラックはこんな話で、ゴーズ家の子供たちの魔力量の情報を公開する気にはならなかった。先送りできる面倒事を、態々直ぐに処理する必要などどこにもないのだから。

 それ故に。彼はアスラの耳打ちを了承し、絶望的に無理だろうと思われる条件を宰相に突き付けた。

 1人でもまず不可能なのに2人を要求したのはそういうことである。但し、フォウルの魔力量を鑑みれば、さほど無茶という要求でもないのがミソだ。


 宰相は両者にこう出られると、もうお手上げである。

 ゴーズ家の娘以上の魔力量の所持者で年齢が釣り合う女性を1人と、20万を超える魔力量の持ち主の男子を当主を継ぐ権限を持たない条件の”入り婿”で、2人探すことなど不可能だからだ。特に後者は、年齢制限を取っ払って探しても厳し過ぎる話でしかない。


「ゴーズ卿。其方、達成が不可能なのを理解した上で吹っ掛けておるだろう?」


「いえいえ。『吹っ掛ける』などとは人聞きの悪い。一度纏まった話を覆すのであれば、同等以上の利が得られなくてはこちらも納得し難い話ですから。条件としては至極当然であるかと考えます。できるできないはその後の話ですし、王国が利の重さを天秤にかけて対応を考える問題でしょう。そもそも、私どもは、側妃になられたリムル様の、王家との間で結ばれていた約定のことなど知りませんでしたからね」


 ラックは宰相の指摘を躱しつつも、現在の行動が今日以前に根回しされての行動や言動ではないことを、しっかりと強調しておく。

 ここで王家側に下手な誤解を受けると、今日発表になった継承権の問題の解決への関与そのものが陰謀の一部にされかねないからだ。

 ゴーズ家は善意2割に無用な混乱に巻き込まれたくない8割の意思で、ことを無難に納める案を提案しただけ。

 それを”陰謀や自家への利益誘導が目的だった”と、取られては立つ瀬がない。

 彼の預かり知らぬところに地雷を埋めたのは王家側であり、それが爆発したのも埋めたのを忘れてそこを通過した者たちの責任である。


 そんなこんなのなんやかんやで、宰相はリムルに翻意を促すことに失敗し、陛下への謁見手続きと自身からの報告のどちらかを選択する羽目になった。

 結果的に、報告を選択したため、リムル率いる御一行は退出解散となる。




「あの。ゴーズ上級侯爵様ですよね? お時間のご都合が宜しければなのですが、シーラ様から『これから面会の時間を取りたい』と、言伝を申し付かっております」


 リムルと別れ王宮を出ようとした矢先に、侍女と思しき女性から、ラックは呼び止められたのだった。


「また、急な話だな。アスラはどう思う?」


「元々呼び出しに応じて王都へ出向いたわけですし、時間の都合が許すのであれば今日済ませてしまえば王都に留まる理由がなくなりますわね。勿論、内容次第では持ち帰り案件になる可能性もありますけれど。逆に後日改めてとなると、滞在先の問題がありますわよ? 今夜もカストル家に?」


 アスラは周囲に聞かれるのを嫌ってか、ラックに近づいて小さな声で囁く。

 超能力者は、”ミシュラならこんな時、黙って僕の手を取るだろうな”と、益体もないことに思考を振り向けながらも、彼女の発言自体は現実的であるのが理解できた。


「そう言われると僕に選択の余地なんてないね。えーっと、シーラ様にこれからお会いしたい。案内を頼む」


 この時、滞在に関しては、”最上級機動騎士で王都を出て野宿”という体でテレポートを使う手段が、一瞬、超能力者の頭を過っていた。

 しかしながら、それをすると、持ち帰る予定になっている家具や調度品類をカストル家に置いたままになる。まぁそれに関しては、帰るのが確定する時まで預けておくか、別便を仕立てて輸送するという手段もなくはないのだが。

 さっさと持ち帰りたい。

 と、言うより、もう帰りたい”だけ”な部分が無きにしも非ず。

 そんな心境であるのだから、ラックは今日にも全てを済ませて王都を出たかったりする。

 当初の「数日は滞在する可能性が高い」という話は何だったのか。

 滞在2日目にして、早くも王都からの逃亡を考える今の夫の心境を、ミシュラが知れば呆れるのは想像に難くない。


 こうして、ラックは妹と共に宰相と会っている間に、国王代理になった男が挨拶に来たシーラへ漏らした情報により、王宮に留まる時間が延長戦に突入した。


 過去に何かの機会で姿を目にしたことがあったはずと、元王太子妃の容姿を記憶の底から引っ張り出そうとしたゴーズ領の領主様。そうして、整った顔立ちに強い意志が宿るかのような目力のある女性を、思い出すことには成功した超能力者。が、「美人っちゃ美人だけど、ミシュラと比べるとだいぶ見劣りするよな」と、非常に失礼なことを心の中で呟いたラックなのであった。

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