第86話

「機動騎士に空を飛ばせるだって?」


 ラックはドクの提案内容に驚いていた。

 彼女は機動騎士に御執心であり、「異常」と言ってよいレベルで愛に溢れている。

 そのため、高空からの墜落の危険性があり、損壊で機体を失う可能性がある事態を嫌うはずだ。

 少なくとも、超能力者が以前に読み取った彼女の内心からだと、そう予想するしかない。

 要は彼女の雇用主は、”彼女が自らその危険を招き寄せる提案をする”とは考えていなかったために、発言の内容に非常に驚いたのである。


「ええ。機動騎士の装甲を布の重ね張りに置き換える。改装した飛行船での運搬を行う。現段階の構想では、過去に皇国で起きたような事故、即ち飛行船が爆散するリスクは、可燃性気体である水素の使用を止めることで避けられるわ。そして、飛行船の特性の観点からすれば、浮力を生み出す気体を溜めておく部分がいきなり消失しない限り、急激に高速で落下して地表に叩きつけられる可能性はほぼない。予定の改装でその部分は、あの布を使うのだから大穴が空くとか、切り裂かれる、破れる危険性は低いわ。でもね、それでもリスクはゼロではないの。緊急脱出する手段も必要だとわたくしは考えるのよ」


 そうして、ドクがラックに語ったのは、所謂滑空機。ハングライダーのような機構を機動騎士の機体に搭載する提案であった。

 イメージとしては、日本人ならおそらくわかる例を挙げると、どこぞの白い手品師怪盗のよく使っているアレに近いかもしれないが。

 彼女の考えは、多重張りの布地で作りだす機動騎士の背面装甲を、可変機構を組み込んで翼面展開させること。

 緊急脱出時には上手く機体を滑空させて、高度を徐々に落とす。そうやって高度100m以下の低空に下りれば、地表でホバー移動に使う機構が推進力へと流用も可能なため、任意の方向への移動や、より複雑な姿勢制御もできるはずであるのだ。


 飛行船の船体が何らかの理由で損傷し、機動騎士の緊急脱出が必要な場面を考えた場合、彼女の思考では検討する案は2つ存在した。

 それは、先に述べた”滑空”か、もしくは”パラシュート的な装備を追加する”か、のどちらかだ。

 そして、彼女は総合的にみて、滑空案のほうが優れているという結論に至ったのだった。


 勿論、どんな案を採用しても、リスクをゼロにすることは不可能だ。

 何故なら、”空を移動手段に選ぶ”ということは、それを許容することであるから。

 その点はドクも十分に理解している。

 しかし、完全にゼロにすることはできなくても、そこに近づけることはできる。

 彼女は自身にでき得る全ての安全対策を行うことで、万一の事態が発生した時に後悔はしたくないだけ。

 つまるところ、「やるだけやった。だから仕方がない」と、納得して諦めることができる状況にしておきたかったのである。


「うーん。確かに自由度は滑空案に利があるように思えるけど、それって操縦士の技量も求められるよね? パラシュートのほうが安全なんじゃないの?」


 ラックは”操作が簡単で単純なほうが良いのでは?”と思えたので、疑問としてそれを口に出した。


「それは、外敵の存在がないのなら。ね。飛行船が敵からの攻撃を受けて損傷した場合、パラシュートを使えば良い的でしかなくなるわ。それにね、滑空案は機体の背面装甲を外して展開するから内部の機構は少し複雑になるけれど、基本的には外部に追加装備を必要としないの。パラシュート案だとそれは無理なのね。外部に専用装備を追加してしまうと、使用後はそれを回収できずに放棄するケースも考えられるわ。そうなれば、それを敵に奪われる可能性が出てくるのよ。奪われるリスクを加味して、使う素材を”魔物由来の素材にしない”って手もあるけれど、そうすると、装備自体が破損しやすくなるから。それはそれで危険なのよね」


 ドクは態々言及しないが、反撃面の可能性も考慮している。

 パラシュートを使用しての降下では、外敵が存在した場合、守るも攻めるも極めて不利。機動騎士の攻撃可能な範囲や方向に制約が多く、攻撃手段を限定されがちだからだ。そして、操縦士の意思でそれを変更するのは、極めて困難だと予想される。

 自由に動けない降下とは、的になりやすいだけではないのである。

 それにだ。大前提として、彼女は自らが全面的に改修、製造する機体を、信頼できない技量の操縦士に任せる気などさらさらなかった。

 つまり、ラックの発言の「技量が求められるよね?」の部分は、彼女的には最初の段階で”排除されているはず”になる。

 最高峰の技術者が予算や資材の制限を受けずに作り出す、カスタム機、専用機とはそういうモノであるのだった。


「あ、それと、テスト機の試験操縦はわたくしがするけれど、貴方には当然一緒に乗り込んで貰うからその時はよろしくね! 万一の事態の時でも、貴方なら機体を壊さずに対処できるわよね?」


 未だ素材集めが完了しておらず、蜘蛛型魔獣の家畜化に着手したばかりの状況。

 どう考えてもドクの提案の実現はまだまだ先の話で、”ちょっと先走り過ぎなのでは?”としかラックには思えない。

 だが、よく考えてみると、その時になってからいきなり言われるよりは、”遥かにマシだ”とも思えた。どのみち、彼女からの要求は絶対に不可能な物でない限り、ゴーズ家の当主としては基本的には応じなければならない。

 アナハイ村に居を構え、外部への接触を断つという大きな代償を支払っている彼女の現在の立場とはそういうモノだからだ。


「この機体改修案のクーガの使用中の機体なんですが。これに関しては僕の要望を容れてくれませんかね? 第3案の機動力向上。計算上では、現行の2.8倍以上になるのですよね? それとカラーリングは赤に指定させて貰います」


 ラックが手にして読みこんでいる分厚い書類の束は、”いつ書き上げたのか?”と疑問に思うしかない分量があった。

 その内容は、ゴーズ家所有の機動騎士、21機分のそれぞれに対しての複数の改修案。

 その中で最も興味が引かれた部分の話を、彼は技術者に振ったのだった。


「構わないわよ? でもそれ、従来の機動騎士の合金仕様の骨格では不可能よ。書いてある通り、前提として同じ重量以下で、強度は2倍以上、耐久性は最低でも1年の通常使用に耐えられる素材。あるの? そんな物が?」


 ドクは問い掛けてはいるが、実際のところは、それに該当する物を”ゴーズ家は隠し持っている”と思っていた。

 但し、彼女のその思考には根拠はなく、はっきり言うと「あったらいいな」の願望込みの勘でしかない。が、”もしこういった素材があれば、こういうモノが実現可能である”という具体性のある案を示せば、ラックの財布のヒモは緩むと考えた上での改修案の作成だったのだ。

 彼女が睡眠時間を削りに削って、最速最短で大量の試案を書き上げた理由はそこにある。勿論、高ぶった感情で捗った面もあるのは、全然、全く、ほんのちょっぴりも否定できないが。


 仮に、現状でゴーズ家が該当する素材を所持していなかったとしても、この雇い主が興味を示せば、”どこぞからなんとかして調達して来るのではないか?”という、実に鋭い推測も狂気の研究者にはあった。

 そして、ドクのその推測は今回は当てはまってはいないが、全く間違っていない。

 領主になったばかりの頃のラックと比較すると、今の彼の超能力は成長著しい。

 魔獣の領域は、現在の超能力者にとって、”お金とお肉が沢山落ちている僕の庭”でしかないのだから。


「ドクに”納得して貰える品質か?”は、現物を見て貰ってからの判断にはなるでしょうけれど。でも僕には自信がありますよ。亀型魔獣の甲羅と骨。ゴーズ家、門外不出の最高の素材を後でこちらへ持ち込みます。それを見て評価してくださいね」


 そんな流れの2人の話は、そこまでで一段落ついて一旦解散となった。

 夕刻になってからラックが持ち込んだサンプルの素材は、ドクを唸らせる性能だったのは言うまでもないことなのだった。




「貴方。蜘蛛型魔獣の家畜化の件ですけれど。まだ限界の範囲は調べられていませんが、後方側の糸を飛ばせる一定の角度の範囲内と、前方側の溶解液を飛ばすことが可能な範囲は危険ですわね。勿論、距離も関係します。今日のトラブルは下級機動騎士2機でなんとか対処しましたが、少々危険な作業となりますわよ。同じことを繰り返せば、いつかは死亡事故にまで発展すると考えられます」


 ミシュラの発言はラックには衝撃的過ぎた。彼の知らぬ間に”命懸けの作業に従事していた”と報告しているのも同然だったからだ。

 報告内容の2機とは、ミシュラとテレスの機体以外には考えられないからである。


「ごめん。気づけなくて。そうなると、”機動騎士が不在の時は世話をできない”と考えた方が良さそうだね。それと、生産場所としてエルガイ村を選んだのも正解だったね。最悪の仮定の話だけど、あそこなら蜘蛛が人知れず周辺地域に逃げ出すのは不可能だから」


 エルガイ村は今や隣接している全ての騎士爵領相当の土地が、ラックの実質的な統治下にあると言って良い。

 彼の言うように、蜘蛛が拘束を解いて逃げ出したとしても、周囲を囲う防壁を乗り越えて越境した時点で気づかれる可能性が高い。いきなり他所様の領地に迷惑を掛けることはないわけだ。

 もっとも、それが理由で”蜘蛛の牧場をエルガイ村に”と、場所を選定したのではない。

 主な理由は情報漏洩の観点で、トランザ村に次いで安全なのがその位置になるからなのだが。後は日々の業務を熟す家臣の移動で、ついでで監視の目が行き届くという条件も地味に加味されている。


「うーん。最上級機動騎士なら1機で対処できるよね? ここはアスラを責任者に据えて管理を任せるのはどうだろう?」


「そうですわね。どのみち、今は戦時体制という名目でトランザ村に詰めていて、ビグザ村には居ませんし。だからと言って、任せる仕事はありませんしね。正確には、トランザ村では『まだ任せられる仕事がない』と言うのが正しいのですけれど」


 ミシュラから向けられる視線が、少々冷たく感じられるラックだ。

 彼女は現時点でも、まだアスラに対する感情のしこりをしっかりと残したまま持っているからだ。だが、それをいつまでも引きずるのが良くないことも、聡い第1夫人は理解している。

 彼女の視点では、中途半端な状態で、夫が手を出さずに放置しているのも問題なのだ。

 さっさときっちり手を出して、姉の内心を”深く、より深く”と探って丸裸にするべきなのである。

 常人には絶対に不可能なそれが、不可思議な力を持つ夫には可能なのだから、早急にそうして、姉を第5夫人として使い倒せる人材に移行させる。それが、ゴーズ家としての利益に繋がるのである。

 そうなれば、実父の思惑通りに見かけ上はなってしまう部分が、彼女的には腹立たしくはある。だが、”実態はそうではない”という部分で溜飲を下げることができるのだから差し引きすれば問題はないのだった。


 ラックは「絶世の美女」と言って過言でない正妻に、無言の視線で他の女性に手を出すことを促されるのは、そこはかとなく恐怖を感じる。

 言葉はなくとも、接触テレパスに頼らなくとも、長い付き合いの彼女の意向はなんとなく感じ取れる。そしてなにより、この件に関しては、大元は自分自身が蒔いた種でもある。

 これは、責任はラック自身が取るべきなのだと、覚悟を決める時期に、ようやく至っただけの話なのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、なんとなくのなし崩し的に事態は動いた。アスラが夜の当番へ組み込まれることが、夕食の席で妻たちに決議されるに至った。

 勿論、今後は彼女を夕食会にも参加させる方向で話が進んだのは、至極当然の成り行きなのであった。




「えーとですね。そんなかくかくしかじかがありましてですね。アスラ。貴方は今日から5日間連続で夜の当番を務めた後、ローテーションに組み込まれることが決まりました。それと明日から日中に固定のお仕事も割り振ります。朝からエルガイ村へ機動騎士で出向いて、蜘蛛の管理のお手伝い。詳細は明日の朝出発前にミシュラから説明を受けるように。僕とミシュラたちでとっている朝食への参加は自由。子供連れでもOKです。夕食は強制参加。こっちは大人のみ。以上ですが何か質問は?」


「『かくかくしかじか』と本当に口に出して言って、説明を端折る人を初めて見ましたわ。ですが、端折られた部分の事情はともかくとして、わたくしの今後の役割についてのお話は理解致しました。今日は後ほど寝室へ行けば良いのですね。今は特に質問はないですが、一夜の間には何かお話することがあると思います。それでよろしいでしょうか?」


 ラックは夕食後、直ぐに執務室へとアスラを呼び、必要なことを伝えた。本来必要なはずの経緯の説明の部分をすっ飛ばしたとしても、今後の扱いの変化というか行動への指示はきちんと行ったのである。


 こうして、ラックは蜘蛛型魔獣の家畜化を一歩進め、ゴーズ家の妻たちの体制を改めた。後にはカストル家長姉ちょうしのミゲラもこの家に迎え入れる予定がある。よって、それより前に家内の結束を強化して行かねばならないのだった。


 ”子作りは当主の義務だ”と気持ちを切り替えるゴーズ領の領主様。「姉妹だから似ているんだけど、劣化ミシュラって本音を言ったら不味いんだろうなぁ」と、ため息交じりに心の中でだけ呟いたラックなのであった。

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