第85話

「布なのに耐熱性能が従来の金属装甲を超えるですって?」


 機動騎士の製造技術者として雇われた、ラックの叔母ことドミニク・マイスターは、定期的な視察にやって来た雇い主が着ている服の異質さに目を付けた。そして、彼の返答に興味を持ち、素材の性能の話となり、それが前述の発言へと繋がるのである。


「先ほど伝えた性能の話に被る部分もありますが、魔獣の領域の深いところに生息する蜘蛛型魔獣の糸。これは熱に強く、切断するのも大変な代物でしてね。加工するのに、その蜘蛛が体内に持っている液体を溶剤に使う必要まであるという難物なのです。最近になってやっと服に仕立てることに成功して、今は着心地を含めた使用感を試している最中ですね」


 ラックの着ているそれは、以前59話にカストル公爵がお祝いの品の名目で派遣してきた職人が居る王都の服飾店で、試行錯誤を繰り返してようやく形にした物だ。

 衣服への素材として、彼らが初めて扱う糸を使用する研究開発は難航した。余りにも時間が必要とされたため、途中で礼装用の衣服をゴーズ家が提供した糸から作ることは一時棚上げとして延期されたほどだ。

 初期の目的であったゴーズ家当主やその妻の現在の立場に見合う礼装用の服は、一旦通常の布地を用いて作られて、とうの昔に納品されている。

 そして、それとは別に、担当した職人たちの矜持から出た「必ず完成させる!」との発言に、超能力者は追加の物資と金銭の提供で応えた。

 その結果が現在の状況に続いているのであった。


「防刃性能も高く、熱に強い。断熱性能も優れている。唯一の弱点は刺突武器なわけね。それはもう、服と言うよりは限りなく防具に近いわね。そして、そうであれば機動騎士にそれを転用すればどうなるか? あと、特性からすると飛行船の部材にも適していると考えられるわ」


 そこで言葉を切ったドミニクは、一旦思考の海へと沈み込む。だが、彼女の頭の回転は異常に速い。答えがはじき出されるのには、そう長い時間は必要とされなかった。

 その思考に要した時間は、具体的に表現すれば、”1秒に届くかどうか”の短時間であったりする。


「その原料の糸。量産することは可能かしら? この家の軍需物資としての使用が可能な量の確保がしたいわね」


「えーと。対象となる蜘蛛型の魔獣を探して狩ること自体は不可能ではないですけれど、安定して量を確保するのは不可能だと思います」


 ラックは無茶苦茶な要求に苦笑いしながらも、現実を伝えるしかない。

 だがしかし。彼の叔母はそこで思考を停止して諦めたりはしない。彼の見解を素直に受け入れたりはしないのだ。

 彼女にとって、その程度のことは障害らしい障害ですらない。つまるところ、狂気の研究者はすんなり引き下がる人物ではない。

 彼女の口から続いて出た言葉が、それを証明することとなる。


「探して狩るのが可能ならば、生け捕りにするのはできないかしら? 王都に持ち込まれた極上素材。その全ての出所を流通経路を辿って調査した結果は、”ゴーズ家からだ”と答えが出ていますのよ。調べるのにずいぶんと手間もお金も掛かったけれどね。つまり、この家は獲物を極力傷つけないで、狩るのが可能な証拠ですわね?」


 いくら異質な考えができる人間であっても、さすがにゴーズ家の当主自らがヒーリングを使用しているのを察知するのは無理だ。要するに彼女は狩った状態そのままで極上の素材だったと思い込んでいて、超能力者が獲物の死後に質を変化させていることには気づけなかった。

 しかしながら、彼女はラックに疑問形で問い掛けつつも、彼が魔獣を生け捕りにすることなら可能だと確信していた。その方法まではわからなくともだ。

 そしてそれは正しい。

 スティキー皇国にしかない特殊な本の個人的入手を、まだあきらめていない残念なところがある領主であっても、その程度のことを実現する力量は持っている。

 彼が超能力を駆使すれば、十分に可能な事柄だからだ。


 機動騎士の製造により良い全てを求める技術者は、確かにラックの力の全体像を察することができなかった。

 だとしてもだ。ドミニクは必要な部分の正解だけは、逃すことなく確実に掴み取っていたのである。


「蜘蛛の足を全て使用不能にし、自力で動くことを不可能にする。そうすれば、生きるために、餌を運んで貰うのに、”自らが何をすれば良いのか?”を調教できるのではないかしら? その魔獣を、糸や溶剤の原料をひたすら生み出させるのみの家畜化するのですわ。そこへ至るのに、勿論、多少の実験的犠牲は付き物となるでしょう。具体的には何匹かは死なせてしまうでしょうね。ですが、必要な餌さえきちんと与えて管理すれば、最終的にはおそらく実現可能な案件だとわたくしは考えますわ。挑戦する価値は十分にあると提案します」


 ドミニクは自己の考えを述べた上で、ラックへ提案と言う名の実質強要に近いおねだりをした。

 言うまでもなく、超能力者には承諾以外の選択肢は存在していなかったのだった。




「捗る! 捗るわ! 刺突に弱い。これは糸の強度の問題ではなく、織り込んでいる糸と糸の間に鋭く尖った先端が入ることが問題なのよ。つまりそこが発生しないように、ずらして3重、いえ、完璧を期するなら4重が良いわね。4枚の布地を重ね合わせて、装甲の代わりとする。更にマント的な追加装備として持たせれば完璧だわ。それに、マントは汎用装備として規格化して作れば、従来機にそのまま使わせることもできるな! 同等以上の装甲性能を新素材で作り上げれば、装甲重量を80%は減らせる。総重量で考えても、50%程度は減る。つまり、同じ出力の心臓部を持つ機体なら、重量が枷となっている部分の性能が単純に上げられるはずだわ!」


 現実には機動騎士の骨格を成す部分の強度や可動部分の構造の耐久性は、現在の装甲の重量で出せる限界性能に少しばかりの余裕を持たせているだけ。よって、現行の機体は元々ギリギリのバランスで成立している。

 従来の機動騎士は、固定化された魔石のランクごとに、既に限界の性能を求めて調整が長期間研究されつくしている。つまり、その状況で一部の性能が突出して上がれば、少しの余裕を待たせている”だけ”の部分は限界を直ぐに超えてしまう。

 そうなれば、当然ながら他の部分の見直しも必要になってくるのだ。

 それは、どう言ってみても、単純で簡単な話ではない。

 そして、それを重々承知しているはずの人物は、それでも性能向上の可能性に夢を見るわけなのだが。




「貴方。飛行機の受け渡し場所はサエバ領。北部辺境伯の手配でトランザ村からの機動騎士を使っての輸送が王国より打診されました。使う機体は返却される物をそのまま使用したいとのことです。後、こちらが要望した魔道具は全て納入されることが受け入れられました。追加した魔道具の数、これだけで金額換算しても輸送機2機分くらいな気がしますけれどね。要は、王国は機動騎士の製造設備関連の全てと、わたくしたちが要求した魔道具、その他諸々を運んで、北部辺境伯領で操縦士を乗り換え、後はシス家の人間で輸送作業を行うようですね。機体の研究はゴーズ村で行うか、王都まで運ぶのかはまだ検討中だそうです」


 ミシュラは日中に届けられた書簡の内容をざっくりと説明しつつ、ラックへと手渡した。

 最も必要な人材や製造設備の話は既に決定しているため、残りは枝葉末節の感覚での扱いへと移行している。

 彼女の観点では、あまり態度がよろしくない王都の派遣する操縦士を”ゴーズ領やガンダ領の領内に入れたくない”という要望を通せたため、打診内容は十分に満足が行くものであった。

 まぁそのせいで移送先の最終地点候補がゴーズ村となり、シス家の次男を筆頭とした操縦士への負担も発生したのは、彼女的には些細なことなのである。


 現在のサエバ領を任されている長男のルウィンは、想定外の臨時収入に喜ぶ。更に研究場所としての選定が確定されれば、領地内の活性化が益々進む。それも棚ぼたの話となる。

 そして、次男にしても、今は余分な仕事が増えたと感じても、近い将来自身が長男と交代でサエバ領の領主となるのが決定している以上、先を見据えれば存外悪い話ではない。加えて言えば、トランザ村と何度も往復する仕事に携われば、ゴーズ家で出される食事にありつく機会も多い。彼の家のそれは、シス家で日常的に出される食事よりも質が高いのだ。

 彼らはタイミング的に、ラックが狩りまくる蜘蛛型の魔獣の足の部分の肉にありつける未来がある。

 飛行機の輸送業務に従事した者たちは、過去に経験したことのない美味を後日うっかり家族に漏らしてしまう。

 それは、一時的な家庭内不和を招く操縦者が続出する結果に繋がるのだが、そんな想定外の未来ことは、ゴーズ家の要望を通したミシュラの責任ではないのだった。


「追加分の魔道具は、飛行船に改造して取り付けるためにドクが所望した物だから通ったのは良かったね。買うことはできるけど、分量が分量だけに買い付けも輸送も自前で手配したら面倒だからね」


 ラックは面倒な叔母のことを、名を略して”ドク”と呼ぶようになっていた。

 色々と要望が出され続けて、仲が深まった結果の産物である。


「機動騎士の武装用の魔道具も紛れ込んでいますけど、これ、機動騎士へ装備させずに飛行船に取り付けるのですわね? そうなると、専属で魔力量2000以上の人材を常時船に乗せるのですの?」


「いや、可能であればそうしたいとは思っているけど、ドクの現時点での構想は、機動騎士の輸送中に操縦士の手を借りたい場面を想定している。最高威力の主砲ではあるけど、常時使えるとは限らないって感じだね。副砲で魔力量が低くても扱える物も積むし、実体弾の武装を一部残すから、魔力持ちじゃない人間にも攻撃手段はあるけどね」


 そんなこんなのなんやかんやで、飛行船の大規模改装案は順調に進んでいた。

 具体的には、スティキー皇国にはない画期的な素材である蜘蛛糸から作られる布が、ふんだんに利用できる前提で、最終的には船体の浮力を生み出すために使用している水素を使わなくなる案が出されたのだった。


 飛行船の機構としては、1世代前の熱気球タイプの浮力発生方式へと戻す。

 この方式だと、同じ体積の気体の量で得られる浮力が若干低下するのだが、船体自体の重量が軽減されたため、結果的に積載可能重量は僅かな減少で済んだ。だが、逆に言えば、もしも水素を使う仕様のままで船体の自重が軽減されたのならば、最大積載量の増加が可能であった。

 しかし、飛行船の技術者たちはそれを選ばない。

 何故なら、彼らはドクの心理的誘導もあって、別の要素に重きを置いたからだ。


 ファーミルス王国の影響下にある地へ、飛行船の技術者の3人が居を移したことで、船の部材に”魔道具と魔獣由来の素材を利用する”という新機軸が発生した。

 これは、彼らに、”浮力を得るための水素に対する代替可能な実用的手段”という、スティキー皇国の地では想像すらできなかった新たな選択肢を与えた。

 そうして、新旧の技術の利点と問題点の洗い出しを改めてしたことで、”危険な可燃性気体での爆発事故を起こさせないこと”を、ドクを含めた技術者全員が重視する結果の結論へと至るのだった。


 魔道具が使用可能な低空で、魔石を消費して一気に大量の高温の空気を得る。高温の気体を溜める部分の、魔獣素材による断熱性能が極めて高いことを利用して、気体の温度=浮力を保持する。

 100mを超える高度での移動に使うプロペラで推力を得るには、可燃性液体の燃料が必要であり、そこから追加の熱量も浮力の微調整分として得られる仕組みだ。

 そして、燃料を節約したいときは高度50~80m程度の低空で魔石利用の推進機関を使う。

 これらの2つの国の技術のハイブリッド改造案は、結果として航続距離の面で飛躍的な性能UPをもたらす未来へと繋がるのだった。


 尚、ドクは飛行船改装計画の事前に、専任の3人の若い男性技術者に対して、厳密で多岐にわたる聞き取り調査を行っている。特に、熱気球から始まる飛行船の開発史と事故については、根掘り葉掘りと念入りにだ。

 機動騎士への異常な愛に溢れる彼女は、機体の航空輸送中に、飛行船が墜落を含む重大事故を起こすなどの理由で、”機動騎士が破壊されて失われること”を極度に恐れた。

 安全重視の方向で船の武装が強化されたのも、機動騎士が乗っていれば主砲が使えると割り切った仕様となったのも、実はそこに本当の理由が存在している。

 だがそれは、他の誰も知ることはなく、彼女だけが承知している秘密なのであった。


 こうして、ラックは自身の持つ超能力に頼らない領地への変貌の第一歩を踏み出した。

 見る人が見れば、「ラックからドクに依存する対象が変わっただけなのでは?」と、言われかねない現状だったとしても、変化の兆しは現れたのである。


 叔母様の要望に振り回され続けるゴーズ領の領主様。ついには、「機動騎士の骨格に利用できる魔獣素材もさっさと出しなさいな」と直接的に催促され、「僕、雇用主なんだけどなぁ」と、ぼやきが入り出すラックなのであった。

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