第73話

「スティキー皇国の兵器や補給物資の検分をする人間の派遣要請だと?」


 朝早くから予想もしない情報に、宰相は驚くしかなかった。彼の元へ届けられた書簡はゴーズ上級侯爵からの物だ。

 それ自体は別に何も問題はない。この国の上から4番目の位に居る貴族が、国へ宛てた書簡を出すことは別段おかしなことではない。そこに記載されたモノが信じられない内容であることが困るだけである。


 届けられた書簡にはゴーズ家の戦果として、スティキー皇国の兵器や補給物資を大量保有していることが記載されている。記載内容はそれだけではなく、王都から確認の為の人員を出すことが、要望として付け加えられていた。

 ご丁寧にも、”王都の人間の手によって速報ができるように”と、書簡を届けた下級機動騎士へは”返事待ち”が彼の家から指示されており、宰相が選んだ任意の文官1人を同乗させてゴーズ領トランザ村へ戻ることが可能となっていた。

 要するに「検分する人間を直ぐに出せ!」という話だ。


「とりあえず、待機中のゴーズ領の機動騎士を長時間待たせるわけには行かない。この件で人を出さない選択はあり得ない。今、あの家と揉めるのはまずいからな。見識があって1人で送り出しても問題ない者を直ぐに選べ。1時間以内に王都を発てるのが条件だ」


 これが時系列的には、ラックが参戦初日の夜に皇国のアレコレを盗み出して、その報告の書簡を持たせたテレスと下級機動騎士を、王都にテレポートで送った朝の出来事である。

 先行して検分を担う文官1名が、こうしてトランザ村へと向かい、後続の「本隊」とでも言うべき団体は、王都で時間を置いて選定され、翌朝の陽が昇る前に送り出されたのだった。


「ほう。昨日、ゴーズ家から『自家の保有戦力は、遊撃扱いで独自に敵国と戦う』のと、『戦後に戦果証明が不可能だった場合は、ペナルティを科されて構わない』という2つの意思表明を報告として聞いたばかりだが、もう戦果の報告があったのか」


「はい。陛下。敵の飛行機と車両、弾薬や食料その他の補給物資を大量に奪うことに成功したようです。先行して確認のための文官を1名出しました。戦果確認の速報は明日の深夜と予想されます」


 国王は宰相の報告前の仏頂面が嘘のように、良い笑顔がこぼれる表情へと変化していた。

 過去の彼は王国の戦力を過信してしまった。

 スティキー皇国の実力を知ろうともしなかった。

 他国は全て”ファーミルス王国に逆らうことなどできるはずがない”と思い込んでいた。

 そうして、羽虫を追い払うぐらいの安易な考えで、皇国と何の交渉もすることなく開戦を選んでしまったのだ。

 その結果は、”南部辺境伯領の領都が焼かれる”という前代未聞の大被害。

 その上、皇国への反撃らしい反撃はできておらず、戦果はゼロ。

 一方的に殴られただけで反撃の目処も立っていない。

 更に、この国は”空からの攻撃に極めて弱い”という現実も突き付けられ、王都の防衛戦力が満足に揃えられてもいない。


 国王にとっては実に不本意な状況であり、真面な反撃もできていない軍への不満と、被害地への若干の責任も感じていた。

 そんなところに”皇国の物資を大量に奪った”という朗報。

 嬉しくならないわけがないし、笑顔の1つもこぼれようというものである。


「ゴーズ家の返答には”勝手なことを”と思わなくもなかったが。出してきた結果だけなら満足の行く内容だな。『国防への義務を果たしていない』などとはとても言えない。だが、こうなると戦後が心配になる。反故にした件の償い。宰相、しっかり考えておけよ」


 報告を終え、「難題」と言える宿題を出された宰相は、足取り重く退室する。

 国王には国王の処理しなければならない執務という物があるのである。

 勿論、それは宰相も同様であるのだけれど。


 そんな流れの後は、彼らには特に何事もなく時が過ぎ、夕刻を迎え日中の執務を終える。この日はそこまででゴーズ家関連の事柄の進展は止まったのだ。

 しかしながら、翌日の夜の寛ぎタイムへ突入していた宰相のところには、1つは予期された、もう1つは予想もしなかった2つの案件が持ち込まれる未来があったりするのだけれど。




 チリン。


 最近では7日に1度以上の頻度で、シス家の邸内に響き渡るベルの音が鳴った。

 ゴーズ上級侯爵、シス家の当主にとっての娘婿が隠し部屋にやって来た証だ。

 いつものアポなしでふらりとやって来る日中ではなく、彼が事前の約束なしにこの時間帯に来訪するのは珍しい。

 そのため、北部辺境伯は”何事かあったな”と思いながら、部屋の鍵を手にして隠し部屋の扉へと向かうのだった。


「お義父さん。今日はお知恵を拝借したいのです」


「相変わらず、いきなり本音で来るな。だが、それが良い。まずは言ってみなさい」


 ラックは、確認の意味も兼ねて、ことの発端の部分から説明して行く。

 王都からの招集命令、供出命令が伝達され、それにどう対応したのか。

 そして、遊撃扱いで”ゴーズ家が持つ戦力”を独自運用して皇国と戦った結果、大量の物資を奪うことに成功したこと。

 最後に、敵の前線基地の兵力を半減させ、基地内の飛行機の操縦者を全て排除したこと。

 ざっくりと事実を告げて行く。行使された手段というか、方法を詳しく説明する必要はない。

 義父の興味は”その点にも”あるのは明白であるのだが、そこは相談したい内容から考えると重要な点ではないからだ。

 ここで必要なのは、ゴーズ家が”何故やったのか?”の理由部分と、”その結果どうなったのか?”の2つだ。

 そして”結果から発生した問題の解決”が、相談して得たい肝要な部分である。


「国からの命は一部拒否して、対案を出しそれを実行した結果、皇国の飛行機の類を108機、車両の類を1060台を奪取してトランザ村に保管中。その他に食料を含む補給物資をエルガイ村の全ての倉庫が埋まる規模での奪取に成功か。ふむ。婿殿。言いたくなければ言わなくて良いが、他にもあるな? 例えば燃料」


「えーと。”現時点で”ゴーズ領に運び込まれている物資はそれで全てです」


 ラックは辺境伯の問いの答えを、”知らない方が良い情報だ”と判断して、失礼に当たるのは承知の上で惚ける。

 辺境伯は婿殿が”そうする理由”に思い当たるため、あえてそれ以上の追及は行わない。いずれ明かされる情報であろうと考えてもいるからだ。


「で、戦果を確定する検分を王都に依頼した結果、派遣された人員にゴーズ家の資産となっている戦利品を奪い取ろうとする節が感じられると。それで『どう対応するのが良いのか?』の知恵が欲しいわけだな?」


「はい。その通りです」


「婿殿。今夜、時間はあるな? これは、今から王都に出向いて、宰相相手にさっさと話を付けるべき案件だ。私も一緒に行くぞ」 


 そんな流れで、2人はシス家の当主の機体である最上級機動騎士に乗り込み、王都へと向かう。

 領外へ出て人目がなくなったところで、テレポートで機体ごと王都付近へ飛んだのは言うまでもない。

 北部辺境伯から王都へ行く案が簡単に出されたのは、この移動方法が前提となっているからだ。

 彼らは今夜中にこの案件を片付けて、明日の朝にはお互いの自宅に居る予定なのである。


 勿論、出発時にシス家の邸宅内にラックが居たことは、他の誰にも知られるわけにはいかない。

 それ故に少し面倒な手順での出発となった。

 辺境伯が機体を出した後に、超能力者がテレポートで複座の後部座席へと乗り込むことで、ゴーズ家の当主の姿は他者の目に晒されることはなかったのであった。


 そんなこんなのなんやかんやで、王都の宰相の自宅へ、上級貴族の当主2人が先触れもなしに押し掛けるという珍事が発生した。

 本来であれば、”ひょっとしたら既に就寝しているかも?”と疑うべき時間帯ではあった。が、アポなし訪問した2人はこの家の主がまだ起きていることを知っていた。

 何故なら、ラックが千里眼で、来客対応中の彼の姿を確認済みだったからである。




「わかった。では、これは明日改めて正式な報告書として提出するように。客間を準備してある。疲れを癒すが良い」


 宰相はゴーズ領から王都に戻って来た、先発させた文官の報告を受け、考えを纏めようとしていた。

 そして、そこへ予想外の来客が訪れたのだった。


「夜遅くにすまん。だが、戦時でもあり、領地を空ける時間は多くない方が良いのでな」


「先触れもなしにやって来て申し訳ない。まだこの爵位の立場に慣れていない。言葉遣いでの細かな部分は見逃して欲しい。で、早速だが本題に入りたい」


 宰相は、この案件に北部辺境伯が立ち会っているのは、後で都合の良いように話を変更されないためだと理解していた。

 そして、本格的な調査も兼ねた第2陣の人員には、国がゴーズ家の戦利品を没収できるような話はしていないし、そういう意思があるようなことも伝えていない。

 今回、ゴーズ上級侯爵に持ち込まれた話は、”現時点では”国の横暴を押し通す物ではないのだ。彼の説明内容が事実なら、今はまだ現場での暴走の類だ。

 しかしながら、ゴーズ家の人間が感じ取った部分は否定できない。

 つまり、彼の事情説明には信憑性がある。

 飛行機はこの国が長年研究を続けているにも拘らず、未だに実用化されていないからだ。


 他国で実用化された現物が、目の前にある状況。

 しかもそれは国の物ではなく、1領地の独占品であり、資産であるという事実。


 現地へ派遣した文官が、成り上がりの上級侯爵、それも魔力0の当主の家の物であれば、”どんな手段を用いてでも奪おう”と考える可能性は高かった。

 更に言えば、こうして目の前に2人が来ることなく明日を迎えていれば、自身と陛下との話でも”その方向性の話に進んだであろう”と想像が付く。


 ゴーズ上級侯爵はどうだかわからないが、少なくとも、北部辺境伯はそれを見透かしているのだろう。

 だからこそ、先手を打って、理不尽な話にならないようにしている。宰相にはそれがわかってしまう。

 故に彼が選択できる手段は1つだけだ。

 ゴーズ家が納得する正当な対価を出す。

 たったそれだけの話で済むのである。


「話は理解した。ゴーズ卿の話は信憑性が高いと判断する。そして私は、正当な対価を用意する前提で、”飛行機の類”は全量引き取りをするのが、この国の在り方として正しいと考えている。それとも、ゴーズ家は独占して第4の公爵家になることを望むか?」


「いえ。そのような望みは持っていない。対価として無茶な物を要求する気もない。が、相応の物は貰う。それとここで言うのは無粋かもしれないが、前回の契約で参戦命令をしない期間に該当しているにも拘らず、当家に今回の参戦を命じた件。参戦相当の働きはこれで確定ということでよろしいかな? よろしければ、そちらの分も合わせて国の出す答えを待たせて貰うが」


「ええ。その点は私の権限で今認められますな。所謂、契約違反の賠償ということでその部分も考えて後日返答させていただく。但し、”スティキー皇国との停戦後もしくは終戦後”に、国として返答をするのに猶予期間を180日を限度として設定する。これで了承願いたいですな」


 宰相の言にラックが了承の返事をしかけた時、シス家の当主は小さな仕草でそれを制止する。

 そして、話がここまで来たところで、北部辺境伯はようやく口を開く。


「宰相殿。本来、対価となる報酬は先に決定すべき物。賠償にしても前提とした部分があるな? 何時、停戦や終戦となるかもわからぬ。そこから更に『180日の猶予期間が必要だ』と言うのは、ちと酷いな。だが、ゴーズ家はそれでも”今回は”譲ってくれるだろう。その部分も理解しておいてくれ。勿論、後日提示される内容次第では、すんなり纏まる話ではないぞ」


 斯くして、深夜の3者による密談は終わった。


 暫定で決められた部分、将来の決定として保留された部分もあるが、一応、決着となったのである。それらは書面にされ、証拠として残されることになった。


 そうして、朝までの休息を勧められた2人だが、宰相の気持ちだけを受け取るとして彼の自宅を辞した。

 彼らは帰路もテレポートを使用するつもりなのだから、陽が昇る前に帰りたい。

 彼の申し出が厚意であるのは承知だが、断るしかないのであった。


「なんとか話は纏まったな。この戦争。婿殿だけで終わらせる気か?」


「終着点がまだ見えていませんが、今のファーミルス王国は南大陸に攻め込むことはできませんからね。『ちょっと考えてみます』としか言えません。滅ぼすことはできると思います。大型の魔獣を南大陸に数匹放せば皇国は戦争どころではなくなるでしょう。それだけで、後は放置でも滅ぶと考えます。ですが、空を行く技術は惜しいですよね。200mを超える物も僕は見ているのですよ。正直に言ってあれは欲しい」


 こうして、ラックは戦利品関連での後日のゴタゴタの可能性を潰し、北部辺境伯と別れる前に本音を吐露した。

 今夜の攻撃予定は未消化に終わってしまったが、千里眼で各所を視る限り、本日の日中も皇国の戦闘行動はなさそうである。


 毎度おなじみの亀肉を謝礼品としてテレポートで運んで来る。北部辺境伯には、それを渡してからお別れするゴーズ領の領主様。「停戦か終戦しないと空手形か。どうしようかな?」そんな独り言がこぼれ落ちる、先の展望がまだ決めきれないラックなのであった。

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