第64話

「次期カストル公爵が捕縛されただって?」


 ラックはサエバ領ゴーズ村から最上級機動騎士でやって来たルウィンのもたらした情報に驚いていた。彼は、ゴーズ村へ情報を届けた後、そのままトランザ村へ向かうはずの兵を北部辺境伯領へと戻し、自身の判断でその兵のトランザ村へ向かうという役目を引き継いだ。

 これは、情報伝達を少しでも早くというのが目的ではあった。が、ついでにゴーズ家へ顔を出して、上級侯爵となったラックと親交を深めたいという思惑もあったのである。

 時間的に、彼の到着が夕餉の時刻辺りになるであろうことも、この場合は都合が良かったのだった。


「カストル公爵の生命を狙ったようです。身代わりとなった家宰が生命に係わるレベルの重症。解毒が上手く行かないので、治療は難航中みたいですね。実行犯は死亡。ミゲラ夫婦は揃って直ぐに身柄が押さえられ、取り調べの結果、次期公爵だった元侯爵家次男の教唆が確認されています。実家の侯爵家の関与が確定しているため、侯爵家への連座の適用は免れません。国への反逆扱いの重罪とされる可能性もあります。ミゲラの関与はないことも証明されたようですね。もっとも、”黙認していて夫の行動を止めたり、知っていたのに当主への報告を怠った”という部分で、”それが可能であったのか?”は今後の調査次第でしょうが、消極的に加担したと判断される面はあります」


 ルウィンは、この件に関してシス家が入手した情報をラックに全て開示した。そうしたのは、次期カストル公爵が捕縛されたことで、カストル家が正式に後継ぎを失った状態になったからだ。

 ゴーズ家のミシュラは先日、次男となるライガを出産したばかりであり、カストル家からトランザ村へ預けられているロディアの出産予定は来月となっている。

 現状ではカストル家の新妻から確実に男子が生まれて来るとは言えず、あの家の現当主が”先行してクーガかライガのどちらかを奪うことを画策する可能性”も出てきてしまっている。

 北部辺境伯の次期当主は、直接情報を伝えることで、暗にその点の注意喚起を促しているわけなのだった。


 そして、このような話になれば当然ミシュラは同席して居る。彼女は視線で意見があることをラックに伝え、彼は彼でその意を理解して頷く。彼女の夫は、その所作で発言を許可したのだった。


「貴方。これは父が何か言って来る前に、『ロディアの出産結果が”女子だった場合”当面の次期カストル公爵を誰にするのか話し合いたい』と連絡をしておくべきです。そうすれば時間が稼げます。先送りすることで、不要な軋轢を避けられる可能性が50%あるのですから」


「なるほどね。この件は先手を打って、カストル家へゴーズ家からの意思表明をして時間を稼ぐことに意味があるわけか。まぁ本音を言ってしまうと、ロディアが娘を授かった場合は、『ミゲラに新しい婿を宛がえ!』って言いたいけどね。無理筋なのは承知だけど」


 ラックはミシュラに”カストル公爵へ伝える内容を良い感じに纏める作業へ”と移行する指示をこの場で出した。

 これは通常の貴族家の当主としてはあり得ない行為に当たるため、ルウィンは驚いた。が、だからと言って、彼はそれを表情に出したりはしなかった。

 それは、以前にフランと話をする機会があり、義妹からはゴーズ家は一言で言えば「破天荒」だと聞かされたのが役に立っていただけなのだが。


 外から見るゴーズ家は色々な部分で謎に包まれている。


 サエバ領を囲む長城型防壁も、砦化されているゴーズ村もゴーズ上級侯爵が主導して作られたものだ。

 シス家の三男さんなんラトリートの後任として、サエバ領に住んで見れば、間近で見ればその異常性がわからされてしまう。それらは、おそらくは機動騎士を使って建造されたと思われるのだ。だが、自身の扱う機体の性能を以てしても、同様の物を作り上げることができない。

 彼は試してみたからそれがわかる。そしてこれらが作られた当時は、ゴーズ家には機体性能が遥かに劣る下級機動騎士とスーツしかなかったはずなのである。

 更に言えば、最初期に作られたサエバ領にあるそれらは、後に作られて改良が施されているトランザ村のそれに比べれば劣っている部分がある。

 悪く言えば実験的に作られた物であり、完全体ではなく、完成品ではない。で、あるにも関わらず、最上級機動騎士を使っても再現すらできないのは「異常以外の何物でもない」と言えるのであった。


 そうした、物理的な建築物1つとっても異常であるのに、魔獣の領域の開拓や整備した農地からの収穫量といった面でも常軌を逸している。つまりは、他の家ではあり得ないハズの事柄であっても、この家では普通に行われることが多々あるのだろう。そうでなければおかしい。

 そう考えることで、目の前で行われたラックとミシュラの異常な行為も、なんとか受け入れることができたルウィンなのだった。


 ちなみに、フランが言った「破天荒」はルウィンが受け取った意味の部分も含まれてはいる。だが、彼女の考え的にはそれらはオマケの部分であって、メインは別だ。

 彼女的には夜の生活を主に指していたりした発言。しかし、それが彼には正確に伝わることがなかったのは些細なことなのである。

 実にどうでも良い、行き違いの話なのだった。


 まぁそんな感じで話すべきことを話し終えたルウィンはゴーズ村へと帰路に就く。「なんなら王都へ出す人間の護衛も務めようか?」とも提案はしてみた彼だったが、それについては丁重に断られている。

 ラック的にはゴーズ家の家臣に扮して、この後テレポートで王都に書簡を持ち込む気なのであるから当然の話ではあるのだが、彼の超能力を知らないシス家の次期当主ならば、ちょっと寂しさを感じてしまう面はある。

 いずれは彼も秘密を共有する仲間に迎え入れられることもあるだろうか?

 未来は誰にもわからないのである。




「ほう。こんな遅くに何事かと思えば。もう情報を掴んで手を打ってきたのか。まぁロディアが出産して結果が判明する30日から60日程度の期間を『待てぬ』とまでは言わぬ。ここはゴーズ家の提案を受け入れるとしよう。それとこれが特別に調整されている秘薬か? 服用後に感光すると効果が下がるのか。どのみちこのままでは奴は助からない。ダメで元々だ。飲ませておく。カストル家としては感謝すると伝えてくれ」


 家臣に扮したラックが渡した薬は、睡眠の効果しかない。そして、この薬に在庫はなく、次回の入手の当てはないことを強調して伝えている。

 これは、際限なく薬を要求されると、その裏で彼が超能力を行使する負担も、それに比例して増加の一途を辿るのが強調した理由となる。

 彼にそれを受け入れることは不可能だからだ。


 ラックは解毒そのものはできないが、ヒーリングで肝機能や腎機能を強化することはできる。

 要は人体が元々持っている解毒機能を強化して、補助するという力の使い道がある。

 それによってカストル家の家宰を助けられるならば助けようという目的があり、薬はそれを達成するのに補助的な役割を担うのであった。

 闇の空間を必要とするように嘘で誘導しているのは、彼が超能力を行使する場面を見られないための工夫なのだった。


 それなりに優秀な家宰というものは得難い存在であり、彼をこのまま失うことは影響が大きい。その影響が及ぶのはカストル家内部だけに収まらない。

 家宰が最優先するのはカストル家の当主の意向であるのは間違いないが、当主の暴走を抑えるという役割も果たすからだ。

 それはゴーズ家の利益にも繋がることもあるし、ロディアが子連れであの家に戻った時、彼が居ると居ないでは大きな差が出ることは明白なのだ。

 その点をミシュラは理解していたため、「助けられるのならば、助けてやって欲しい」と夫に頼んだのがことの経緯なのであった。


 そんなこんなのなんやかんやで、カストル家を後にしたラックは王都を出る。そして人目を気にする必要がない場所まで移動した後、千里眼とテレポートを使用して重篤な容態となっている家宰の治療に入った。

 毒に侵されている部分で切除可能な部分は切除し、ヒーリングで再生する。それとは別に解毒機能を持つ臓器の活性化も行う。

 彼の領主生活で、長年領民に対して医者の真似事をしてきた経験が生きる。彼の治療で、家宰は生死を彷徨うような危険な状態から脱するのであった。




「ミゲラの夫は離縁されて塔送り。その実家も連座で男女合わせて5人が塔送りか。それとは別で強制労働送りの女性が3人。全員塔送りってわけでもないんだね? この差はなんだろう? しかし、1つの家が潰れただけでこれか。結構大事になったね」


「そうですね。貴方が仰る差が生じる理由は、魔道大学校で学んでいるハズなのですけれど。一応説明しておきますと、子が望めない年齢の女性は塔に送る意味がないですから、死罪か強制労働のどちらかの道しかありません。まぁどちらであっても、わたくしは塔送りよりはマシだと思いますけれどね」


 死ねばそれで終了だが、強制労働は国の慶事で恩赦が出ることもある。そして、恩赦が出る慶事はそこそこの頻度であったりする。

 もっとも、1回の恩赦で完全解放ということはなく、待遇が段階的に改善して行くという方式なのであるが。

 刑罰は一応選択制になっているとはいえ、そのような実情であるから、ほぼ全員が強制労働を選ぶ。

 ファーミルス王国としても、罪人であっても貴族に名を連ねていた以上は魔力持ちであるので、有効に使いたい。そうした露骨な利害関係を元に制度設計がなされているのである。


「貴方。それよりミゲラ姉様の処遇が気になります。ロディアが男子を産んだら、父は彼女を家にそのまま置くことはないでしょう。アスラの予言は現実の物になるかもしれませんわ」


 ミシュラの言は正しい。


 ついでに言えば、ミシュラの実母も危険分子と化すのを、カストル公爵は家宰が死にかけた件があったことで認識してしまっている。

 通常の領地持ち貴族であれば、立場が対立する妻同士を、王都と領地へ居住地を分散して遠ざける手が使えるのだが、カストル家はその手段を採用できない。

 これは彼の家だけに限った話ではなく、ファーミルス王国の基盤を支える3つの公爵家共通となる。つまり話は単純で、これらの家はそのような領地を持っていないのだ。

 もっとも、王都内に他の貴族家とは一線を画する広い土地を、それぞれに所有してはいるのだけれど。


 ミシュラは、ラックから実母が”以前にロディアの殺害を行おうとした事実”を知らされている。

 そして彼女は、母への生殺与奪の権をラックが握ることをその時点で許容した。

 要するに、お任せでの丸投げである。

 彼女的には、母はゴーズ家に害を与えない範囲でならば、自由に生きていていただいても良い。だが、自身の愛する夫が心を痛める事態を引き起こすのであれば、正妻としては排除を検討する対象に切り替わる。

 但し、彼女の夫は快楽殺人者ではない。他者の命を奪うことに心に何の痛痒も感じない鈍感力を持っているわけではない。

 ゴーズ家の当主は、必要があれば害虫駆除を躊躇う人間ではないことは事実だ。しかしながら、現在有効な実行手段を持たない前科持ちの老婆が、”悪意だけは保持したまま”という状況をどう判断するのか?


 ラックの心理的な負担を、未来予測も含めての総合判断となるわけだが、ミシュラの実母の案件は微妙な問題なのである。


「えーと。現状確認。カストル家へロディアが”赤子の息子”を連れて戻った場合。まず真っ先に行われるのは魔力量の測定だよね? それが済んで問題がなければ次期カストル公爵が確定する。で、そうなった時、不利益を被って、不満を持って行動する可能性があるのは、ミシュラの実母とミゲラの2人。『カストル公爵がこの2人をどうするの?』って話で良い?」


「はい。生かして預けられる場所。おそらくゴーズ家ですよ? 防衛戦力の強化という名目で、2人共機動騎士付きで出して来るでしょう。父ならそうするでしょうね」


「なんだろう? それ。公爵は僕のことを便利に使いすぎじゃないだろうか?」


 ミシュラはラックの言葉が胸に刺さる。

 彼女自身が真っ先にそうされた対象であるからだ。

 今の夫の発言にそのような意図がないことは理解できる。しかし、その点が理解できても、それで過去が変わるわけではない。


 ラックはラックで、単なる感想を述べた発言の後、ミシュラの表情と雰囲気が悪い意味で激変したことに気づいた。そして、自身の失言に思い至ったのであった。


「ごめん。ミシュラのことじゃないからね? 僕らの時は、寧ろ僕の方がお嫁さんが来る当てなんてない立場だったんだからね? でも誤解される発言だったのも事実だから。本当にごめん。許して欲しい」


 こうして、ラックは一旦家庭内の危機を迎えて、謝り倒しての1夜で夫婦の絆を更に深めることに成功した。この夜に5人目の子を授かったりはしなかったが、近い将来そんなこともあるかもしれない。


 正妻とのトラブルで、夜の予定が急変し、フラン、リティシア、エレーヌにも「ごめんなさい」したゴーズ領の領主様。ふと冷静になってみると、”アウド村辺りに押し込んで、機体も操縦者も増えるのだから、そこまで悪い話ってほどでもないのか?”という考えに至ってしまったラックなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る