第60話
「わたくしの子供たちの魔力量の情報提供と、アスラ姉様と姪の受け入れをお願いしたいですって?」
ミシュラは久々に会った元専属侍女からの懇願に驚いていた。物心ついてから十数年に及んだ数々の嫌がらせは、本人が娘まで巻き込んでの土下座謝罪を行ったところで簡単に許せるものではない。
ラックとミシュラはアスラの話を聞いたあと、一晩考えるということで一旦解散としていた。その後、元侍女が再会のご挨拶をとミシュラとの時間を求めたことが、冒頭の発言に繋がったのである。
「申し訳ありません。お嬢様のお気持ちを考えると、私もこのようなお願いをするのは心苦しいのです。ですが、私たち夫婦への直接の圧力は勿論ですが、私の両親と夫の両親と両方にも公爵家の家宰から圧力が掛かっています。私を助けていただきたいのです」
「あの家はそこまでしますか。手紙だけのやり取りになっていたとはいえ、わたくしと繋がりがあるのは貴女だけですものね」
ミシュラは考え込んだ。色々と怒りを感じる点はある。だが、元侍女に圧力を掛けてまでの話であれば、父は今後もどんな手段を繰り出して来るかわかったものではない。
そして、その行為が限度を越えれば、おそらく夫は対応手段を選ばなくなる。
ラックは証拠を残すようなヘマはしないと思われるが、だからと言って「それで良い」というわけでもない。
状況次第だが、この国の根幹が崩れる事態に発展するかもしれないのだ。
子供たちの魔力量の情報提供については論外だ。しかし、”姉を第5夫人としてゴーズ家に受け入れ、娘も養女とする”という点については、ガッツリ条件を付けて呑ませた上での話なら譲歩する余地はある。あるのだが。
「貴女に迷惑が掛かることは、可能であれば避けたいですね。ですが、そこに付け込んで、何度も同じ手で来られては困ります。貴女もここへ来てそれを口にした以上は覚悟もあるということでよろしくて?」
元侍女への問いかけを口にしながら、ミシュラは内心で夫に頼ることを決断した。
私的な情の部分の話に、彼の能力を利用するのは彼女としてはやりたくはない。だが、元侍女の言葉だけでは、その真意を測ることができないのが現実だ。そして、彼女の愛する夫は、そのできないはずのことをできてしまうのである。
そうして、ラックはミシュラに呼ばれ、接触テレパスで彼女の意向を知る。
超能力者は、ゴーズ家の今後にも影響のある話であり、「これを私的に利用って考えるか? この位のこと気軽に頼ってくれて良いのに」と考えた。そして、元侍女に対して遠慮なく誘導尋問紛いの質問も交えて、その力を使ったのである。
「ミシュラ。この人の話におかしな点はない。含むところも、まぁ大筋ではないね。あとはミシュラが決めて良いよ。事前に色々話もしてきたわけだしね」
どんな人間であろうとも、聖人君子ではない。若干の暗い感情は持っていて然るべきである。
ラックの接触テレパスは、そうした部分も容赦なく暴き出してしまう。彼は超能力を使い始めてから初期の頃には悩んだりもしたが、今ではそういう点には慣れてしまっている。「大筋では」とミシュラに告げたのはまぁそういうことなのだった。
ミシュラは”今回限りであること”と”今回の事態の結果に係わらず、今後のミシュラと彼女との関係を断絶すること”を前提とするのをまず彼女に告げた。
そして本題へと入る。
「アスラ母子がゴーズ家から出される条件を”全て受け入れること”を絶対条件として、2人の受け入れは検討する。しかし、魔力量の情報提供には応じない。わたくしが譲歩できるのはここまでです」
「ありがとうございます。お嬢様の恩情に感謝致します」
こんな流れで、元侍女との会話は終わった。彼女は退室し、ミシュラは過去との決別を強いられた結果となったのである。
「えっと。あれで良かったのかい?」
「ええ。彼女は彼女の現在の立場と言うか幸せと言うか。そちらを選んだのですから。寂しくはありますが仕方がないですわ。それより貴方は大丈夫ですの?」
「僕? うーん。アスラを第5夫人として迎え入れた場合、『形式が整っていれば実態がどうであろうと関係ないだろう』というのはもう話し合ったよね。受け入れる場合はビグザ村に居を構えて貰って静かに暮らして貰うってことで」
完全に許すことなどできはしない。だが、姉を下の立場に置いて、ミシュラが少々の意趣返しも可能であるという状況に変化するのであれば、多少の溜飲が下がるのも事実だ。
嫌がらせをされ続けて彼女が辛い目にあったのは、変えようもない過去だ。しかし、それが「アスラを塔送りにするほどの罪か?」と言われれば、躊躇する程度には全く釣り合っていない。
更に言えば、「現在の立場自体が、ミシュラは持つ者でアスラは持たざる者」となっているのだ。立場は完全に逆転している。
アスラの娘を巻き込んでの彼女の不遇は、全てのプライドを捨てて頭を下げて謝罪した以上、最悪を回避できるのであれば手を差し伸べるくらいはするべきであろう。
母子が新たに置かれる状況は、最悪よりはマシになるだけで不遇ではあるかもしれないが、そこは諦めて貰うしかない。
どう足掻こうとも、過去は変えられないのだから。
朝を迎え、深夜にこっそりと行われたラックと4人の夫人の考えから導き出された結論がアスラへと伝えられた。彼女は父宛てに書かれたミシュラからの手紙を手に、一度王都へと戻ることになったのである。
「魔力量の調査も、ミシュラに口を割らせることもできなかったのか? この無能が!」
カストル公爵は家宰から元侍女の報告内容を説明され、アスラからの報告も受けた。ミシュラからの手紙はまだ見ていないが、報告内容はどれも満足のいく結果ではない。
怒りを露にしながら、カストル家の当主は末娘からの手紙を開封し、一読した。
「ふむ。私の意図は理解していて、こう提案して来るのか。なるほど。これが可能であれば数年様子を見るのも選択としてはアリであろうな」
ミシュラからの手紙の内容は、カストル公爵の内心にズバリと切り込んでいた。
そこには、最善の方法は”魔力量が公爵家基準に達する実子の男子を新たに得ることだ”と至極当然の内容が記されていた。それだけであれば、歯牙にもかけない内容であるのだが、そこには彼の怒りが鎮まる続きが記載されていたのである。
もし、現在嫁ぎ先が決まっていないアノ女性を妻として迎え入れるのであれば、10年間を上限期間として亀肉の定期提供と、ゴーズ家の秘薬の提供を行う。それにより子が望める可能性は高く、男子が生まれる可能性も確率的には50%はある。
10年以内に実子の男子が得られず、後継ぎ問題が解決しない場合、今後ゴーズ家で生まれる子を養子に出すことをその時点で検討する。
但し、見返りとして、”アスラと娘用の最上級機動騎士を持参金代わりとして持たせて嫁に出すこと”と、”今後の両家の関係性は、上級侯爵への陞爵以前の状態を維持すること”が先行条件として付けられた。
ミシュラからの手紙に登場したゴーズ家の秘薬とは何であろうか?
その実態は、魔獣の領域の奥地にまばらに群生地があるキノコが原料となる強力な睡眠導入剤である。勿論、これはその効能がカストル公爵に正確に公開されることはない。
手紙で公開されているのは、ガッツリ糊塗された効能なのだった。
秘薬の効能の発露に個人差が激しいが、実の娘のミシュラには効果が劇的に現れている。よってその父である彼には効果が期待できる。”薬効は短時間の激しい眠気を伴うが若さを保つ薬であり、使用量と使用方法を守れば副作用はない”と、彼女の手紙には大嘘の説明が記載されていた。
厳密には軽度の依存症が副作用となるのだが、貴族の当主クラスの人間であれば強い精神力の所持は当然であり、問題とはならない。
使用条件をきちんと守れば、最終的には50歳程度の肉体を今後10年は維持できる予想だとも書かれているのだ。この部分の結果自体は嘘ではないけれども。
要するに、ラックはカストル公爵を眠らせて、こそっとテレポートを使い、じわりじわりと若返りの超能力を使用する決断をしたのだ。
”彼が70歳になるまで、50歳程度の肉体を保ち、亀肉の食事を併用すれば、出産可能な年齢の妻さえ居ればそれで良いだろう?”という極めて乱暴な発想だ。
これは嫁ぐ側の先方にも喜ばれる話で、問題自体はどこにも欠片も存在しないのだが、無関係な女性を1人勝手に巻き込む話でもある。
そして、ここで登場する件の女性は、実家が訳アリで新たな嫁ぎ先が決まらない。
訳アリであるが故に、「実家からの外戚としての余計な干渉がない」と断言できる女性だったりする。
カストル公爵としては実に都合の良い女性なのである。
”娘3人を生んだ妻やその実家の心情を無視すれば”という条件は当然付くのだけれど。
ミシュラの手紙に書かれた内容は可能性に賭ける話であり、はっきり言えば博打だ。
確実とは言い難い。
だが、そこには養子と実子の比較が絡む。
それは十分過ぎるほど魅力的で、先の担保も”その時になっての検討”となってはいるが、ないわけでもない。
過去には70過ぎの当主が若い妻を迎えて子を成した実例だってあるのだ。
最悪の事態でも娘婿に現状維持でそのまま継がせる選択だってある。つまるところ、どう転んでも今より状況が悪化するとは考えにくい。
手紙を一読したカストル公爵の発言は前述の通りだが、彼の考えはその発言通りではなく、その時点で決定していた。
実は彼の思考は、もう孫娘用の最上級機動騎士の調達方法へと飛躍していたのである。
そんなこんなのなんやかんやで、事態は進んでしまった。
アスラの嫁ぎ先はゴーズ家へと決定され、娘のニコラは養子として家名ロンダリングに成功する。
最上級機動騎士については、アスラの機体のみが持ち込まれ、ニコラの分の機体は魔道大学校卒業時を期限として譲渡が先送りされた。これは、機体の操縦者としてニコラが登録できないためであり、この部分は書面での契約だけでラックが納得せざるを得なかった話となる。
ゴーズ家もカストル家も新たな女性を迎え入れる決着となったが、いずれも三十路過ぎの再婚であるため、大々的な挙式や披露宴などが行われることはなかった。勿論、入籍を急いだという事情も大きいのだけれど。
カストル家では、細やかに内輪だけでの結婚式が行われ、ゴーズ家に至っては書類上の手続きのみという簡素なものであった。ここには、ミシュラの「わたくしの時には参列者なしの2人だけの挙式でしたわよ? まさか、第5夫人の立場でそれを超えることはできませんわよね?」という謎圧力も掛かっていた。機会があれば、チクリチクリと復讐して行く形になるのだろう。
「ようこそゴーズ家へ。今後は姉としての振る舞いは許されませんし、わたくしはアスラと呼び捨てにします。ニコラの嫁ぎ先は最終決定権はゴーズ家の当主へと移ります。よろしい? もしも、それが耐えられない場合は直ぐに申し出て下さいね。その場合は離縁してカストル家へ戻すという話になっています」
しっかりと脅しをかけるミシュラの姿に、ラックは若干引いているが、これは演技のはずなのである。素ではない。そう思っておくことが吉であるだろう。
「はい。理解しています。実質的には白い結婚となることも。ですが、1つだけお願いがあります。ミゲラがもし似たような状況に陥ったなら、わたくしより下の扱いとして下さい」
アスラは今回の件で、最終的にはミゲラ夫婦ご乱心となるか、離縁の結末があると予想していた。そしてそれは最短でも1年以上先の話となる。
そうなった時”彼女は何歳か?”を考えると、連れ子の娘が居て新たな実子が望める可能性が低い妻など、後見人としての名義貸し位の価値しかない。アスラはアスラで自身が父の命を受けた時のミゲラの態度を忘れてはいないのである。
「うん。先のことはわからないけど。もしゴーズ家へ来るとなれば妻の席次は当然下になるから。しかしねぇ。そうなると、僕、カストル家の三姉妹を全員娶るとかいうわけのわからない夫になるんだけど?」
アスラはミシュラの姉であるので顔立ちに似ている部分はある。が、絶世の美女と評されても違和感のない正妻と比べるとかなり劣る。勿論、彼女は美人の範疇には入っているが、そこに加齢という要素も加わっている。
ゴーズ家の第4夫人までの4人の妻たちは、ラックの超能力による若返りを受けており、年齢偽装の化粧を剥がせば、妙齢の女性へと変わる。
夜のお相手に困っていないゴーズ家の当主様は、正妻の意向もあり、現時点では彼女に手を出す気は全く、全然、これっぽっちもなかった。
こうして、ラックは”カストル公爵に新たな嫁を押し付ける”という離れ業を実現した。子供たちの魔力量の情報も秘匿したままで、”実家のゴリ押し無理難題”を切り抜けることに成功したのであった。
7日から10日に1回のペースで、夜陰に紛れて、眠っているカストル公爵にこそこそ若返りのヒーリングを施すゴーズ領の領主様。「絵面的には誰得なんだ?」と誰にぶつけているのかわからない独り言を呟くラックなのであった。
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