第31話

「フランが面会に来るだと?」


 北部辺境伯は領境の兵伝令から報告を受けていた。


 フランによって書かれた手紙。

 それをゴーズ領からの先触れが北部辺境伯領の領境を守る当番兵に渡し、「養女フランが養父への面会を求めていること」を伝えた。

 それを受けて伝令が領都へと走ったのである。


「ふむ。面会に来る理由はお願い事があるからか。手紙で内容を伝えて来ないのだから厄介事か重大事の案件なのだろうな。領境へ『承諾』の信号を出せ」


 そうして翌日の夜、久方ぶりにフランは北部辺境伯と共に夕食をとりながらの、雑談混じりの話をする機会を得たのであった。


「お久しぶりです。養父上。時間を捻出して下さったこと、感謝します。ルイザも5歳になりました。そのうちには連れて来て会っていただきたいと思っています」


「ああ。もうそんな歳になるのか。姓はシスでなくとも、シス家の孫には違いないのだ。きっとお前に似て綺麗な娘なのであろうな。それは会う機会を楽しみにしておくとしよう。で、それはそれとして、今回は何だ?」


 フランに本命の用件があるのはわかっているため、ずばりと聞きに入る辺境伯。

 彼は酒も飲みたいため、必要な話は先に済ませておきたい。それ故に、直ぐに本題に入るのは仕方がないことなのだけれど。


「機動騎士を王都から搬送したいのですが、操縦者の当てがありません。ですので、派遣可能な人員をお願いしたく。勿論、謝礼はあります。具体的には魔石払いとなりますけれども」


「ほう。対価の話は後で詰めるとしてだ、その話が出されるということはお前でも扱えない機体ということだな。機体の必要魔力量はいくつだ?」


「20万と18万が各1機、8万が1機、5万が3機、4万と2万が各1機、1万が2機、4千が1機、3千が2機、2千が3機です。総数16機。2千の3機は私たちで運べますのでお願いしたいのは13機となります」


 シス家の当主は、予想外過ぎるフランの提示内容に思考が追いつかず、一瞬固まってしまう。そして、絶句状態から復帰しても、口に出す内容を頭の中で纏めるのに相応の時間を必要とした。

 彼が内心で応援していた王都からの使者は、ここへ立ち寄った際にゴーズ家への提示する条件を語ってくれたため、内容は知っている。

 ファーミルス王国からゴーズ家に提供されるのは、最大でも2機までのはず。

 フランの言うような16機などという話ではなかったはずであった。


「待て、その16機というのはどういう経緯で入手できることになったのだ? その理由次第では受けられん。王家に目を付けられたいわけではないからな」


「ゴーズ家に王家から賠償として、機動騎士の提供の案が打診されたことは養父上もご存じのことかと思います。今回提供される予定の機体は、災害級魔獣への特攻で失われる可能性が高かった十六機。元々はそこから『一機か二機を選ぶ』という話だったのです。けれども、『賠償扱いで選択した機体とは別で、残りの機体を全て買い取りたい』と、ゴーズ家から逆提案の形で要望が王家へ出され、それが通った。そういった経緯ですのでなんらやましいところがある事柄ではありません」


 更に話の内容がぶっ飛んでいる。

 勿論、フランが語った内容自体は難しい話ではなく簡単に理解できるのだ。

 しかし、1機は無料で提供されるとして、残りは15機。

 いくら失われる予定だった機体であっても価値がないわけではなく、払い下げをすればそれなりの値段が付く。

 つまるところ、15機分の総額はかなりの金額になるはずだ。

 それは、男爵家がポンと支払うことなど、”到底不可能な金額”に達しているであろう。

 以前の領地替えでゴーズ家が得た金の全てを突っ込んだとしても、全く足りないはずなのである。


「買い取るとは。また簡単に言いおるな。しかし、それだと資金の出所に突っ込まんわけには行かんぞ? 男爵家が払える額ではなかろう。領地替えの時に得た金では到底足りぬはずだ」


「はい。その通りです。ですから買い取るのに出される対価として使われるのは金貨ではありません。当家で所有している魔石を以てそれに当てます」


 北部辺境伯である彼は、ニューゴーズ領の領名変更やエルガイ村の情報を得た後、王都に人を出して登録された情報については確認をしている。

 そのため、元ニューゴーズ領の北側の騎士爵領1つ相当分が、ゴーズ家の手で開拓済みであるのは理解していた。

 しかしながら、それに伴うはずの”範囲内の魔獣を狩り尽くしている”という視点が彼には欠けていた。

 その事実に、シス家の当主はこの時になって初めて気がついたのである。


「隣接地の間引きはしているであろうし、後は北側の解放で得た分の魔石か? だがな、全部が全部貯えとして残していたわけでもないだろう? 魔獣を狩るのに必要な経費という物がある以上、利益だけが積み上がる物ではあるまいに。此度の支払いに充当できる。それほどの量があるのか?」


 シス家の当主は個別のメンテナンス報告までは一々受けていないが、ゴーズ家から定期的に機動騎士の整備依頼が来ることは知っている。もし、それらの報告をきちんと受けていれば、異常性に気づくだけの能力を彼は持っている。

 北を解放した情報を得た時点で、消耗度の少ない機体の整備状況知っていれば、異常性に気づくのは当然だ。だが、残念ながら彼がその情報を得る体制には、なっていなかっただけの話である。

 魔獣の領域で機体を酷使しているのであれば、傷んだ部分の交換がそれなりに発生しているはずであり、整備費も込みで考えれば出て行く費用も馬鹿にならない額になるはずなのだ。

 少なくとも北部辺境伯の持つ常識から判断をすれば、そうならなければおかしい。


 いくら知識や経験が豊富にある辺境伯の立場であっても、”ゴーズ家の当主が生身で1人で魔獣相手に無双している”と察することは、常人であるからには不可能な話だ。その上、”掛かる経費も当主1人の食費のみである”とか、本来であればあり得ない話を理解できるわけがなかった。


 そして、辺境伯はゴーズ家が少し前に、下級機動騎士を1機新たに購入したことも知っていた。

 魔力量が2500の自家から嫁に出したフランと、正妻であるミシュラが2000、彼の家が養女として迎えているテレスも2000の魔力量であり、対魔獣の領域に向けられる戦力は決して多いとは言えない。

 2機の下級機動騎士とスーツ1体をフル稼働体制から3機の機動騎士の体制へと移行したとしてもそれは同じである。それにだ。潤沢に魔石の備蓄ができるほどにそれが行われているのであれば、常時3人の魔力持ち女性が命を張って戦い続けていることになる。

 だが、彼は自身の養女をそのように扱わせるつもりで嫁に出したわけではない。

 辺境の地の、それも最前線の領地へ縁を結ぶために嫁に出した以上は、多少の生命の危険は付き物だ。故に危険を許容している部分はある。あるのだが、そこには限度という物もまた、存在するのだ。


「すまぬ。フラン。お前がそのような目に遭っているとは想像さえしていなかった。だが、今の状況では『娘を連れて直ぐにシス家へ戻って来い』とも言えぬ。どうするべきか」


 目の前でじっと考え込んでいた北部辺境伯の唐突な発言内容に、フランとしては驚くしかない。「え? 何がどうなってそういう話に飛んだ?」としか、考えることができないのである。


「あの。お養父様? 一体何のお話をされていますか? 私は娘のルイザも含めて、ゴーズ家で酷い扱いなど一切されていませんよ?」


 思わず、養父への呼び掛けが幼少期の頃に戻ってしまったフランだ。

 今は改善していることだが、彼女はラックと心を通わせる以前は、距離を置かれていて気持ち的には寂しくなる部分もあった。だが、それは当時の状況では仕方がない事柄であり、客観的に見ても酷い扱いとは言えない。

 但し、物事を正確に言うならば、夜の当番の時は、「ちょっとしんどいかな?」と思わなくもなかった。が、自身が楽しんでいる部分もあるし、夫婦には必要な行為でもあるわけで、それを酷い扱いに含めるのは間違っている気がする彼女だ。

 加えて言うと、「その部分の話は養父に伝えるべきことではない」のは確定なのだった。


「魔石がそれほど潤沢にあるのは、魔獣狩りに馬車馬のように働かされている証ではないか! 魔獣からの防衛戦への参加や、間引きにある程度連れ出されるのは想定しておった。しかしな。開拓地を新たに増やせるほどに、戦闘面で酷使されるとは考えておらなんだ。先にそれを知っておれば、機動騎士の1機も持たせて嫁に出しておったわ!」


「何やら激しく誤解されていますので訂正させて下さい。私はゴーズ家で大切にされています。魔獣との戦闘に駆り出された事実はありません。領内の整備の手伝いはしていましたが、それも重労働というイメージからはかけ離れている負担の少ない物です。強いて言うのであれば、領主の執務の一部の肩代わりが負担ではありましたが、それも妻の立場から逸脱しているとまでは言えません」


 フランの言を聞いても、シス家の当主はそれを容易に信じることはできない。”ではどうやって大量の魔石を入手したのだ?”と大元の疑問が解消されていないのだから当然ではある。


「買い取り資金の出所の話に戻ろう。ではどうやって魔石を蓄えたのだ? 1000や2000の数ではなかろう」


 簡単に1000や2000と数字を挙げているが、その数でも十分にかなりの資産と言える金額になる。

 もっとも単純な数ではあまり意味がなく、本来は大きさという意味での質の方が重要だ。だが、今回の話に限って言えば、「魔獣の領域で得られた物だ」というお互いの認識の前提があるため、弱い魔獣から得られる物は無意識レベルで数に含められてはいない。

 よって、最低でもスーツに使用できるサイズの物が対象だ。


「魔石の入手方法や所有数は家の秘事になりますので、申し訳ありませんが相手が養父上といえども、お伝えすることはできません。しかし、不正な手段で入手した物ではありませんし、ゴーズ家の女性陣の犠牲の上で得られた物でもありません。そこは断言しておきます」


「そうか。入手方法がはっきりしないのはちと不安ではあるが、そこは信用するしかないということだな。まぁ話せないという事柄を無理に聞き出すつもりはない。派遣する人数と運ぶ範囲、最後に報酬。決めねばならぬのはそんなところか」


 その後は細かい条件の詰めが行われ、人員が派遣可能な日程までが決定された。

 夕食をとりながら始まったこの会話が終了したのは、ちょうど日付が変わる頃であり、話し合いが長時間に及んで続いていたと言える。

 久々に顔を合わせた養父とフランの間の会話には、事務的なこと以外にも、多岐に渡った”雑談”という名の、情報交換の時間も必要であったのだった。 

 

 そんなこんなのなんやかんやで、結果的には、7日後のトランザ村に王都から運ばれて来た13機が鎮座することになったのである。機体の数が16機でないのは3機のみが先にミシュラ達の手でエルガイ村に運ばれていたからだ。

 尚、当初心配されていた依頼での移送先は、北部辺境伯の領都ではなくトランザ村となった。そうしたい理由が辺境伯側に存在していたからなのだけれど。


 そうして、やって来た操縦者13人の皆様はその後エルガイ村へ移動し、1泊した後ラックの直臣たちが車でゴーズ村へと送って行く。

 これが翌朝の出来事となる。送り先が領都ではないのは辺境伯側の都合だ。

 要はついでに、「トランザ村とエルガイ村の様子をできる限り見て来い」と、「それでわかった内情をゴーズ村で情報共有してから帰還せよ」という北部辺境伯の指示が出て、”大っぴらな視察団も兼ねた”という話なのであった。

 それを受け入れたラックは、「別に見られて困る物があるわけじゃないし」と苦笑しながらも呑気な感じであったのに対し、妻たちが「亀肉!」と声を揃えたのは些細なことである。

 尚、お土産で特産品の亀肉の加工品を渡された操縦者たちが、「これって戻ってから報告しないと不味い奴だよね? でも報告したら取り上げられかねんよね?」と視線で会話していたのも些細なこととなる。


 そして、未来の北部辺境伯は、彼らからそれを強制で取り上げたりはしない。しないのだが、相応以上の金額を提示して「買い取り希望」を言い出すだけだ。

 それが、実質強制と変わらないとしても、やること自体は彼らに拒否権がある買い取りなのである。但し、実際に拒否権を行使した場合は、どうなるのかは知らないけれど。


 未来のこの話には後日談があり、北部辺境伯の薄くなった頭髪が突如として復活するという大事件が起こる。そして原因が食した肉だと直ぐに気づいた彼は、フランに即座に使者を送った。

 お土産で持たせた物を彼が買い上げたこともバレ、その時同席していたラックは、「気持ちはわかる」と1人頷いていたのだが、フランやミシュラはドン引きだ。


 フランは手紙をしたためることで、その点にはしっかりと苦言を呈する。

 しかしながら、未発見であった効能が養父から報告されたのは事実だ。

 彼女はそのお礼も兼ねて夫に話を付け、こっそりと身内特権乱用の定期購入のルートを養父のために確保するのだった。

 尚、この時の使者は帰り際に13人分のお土産を改めて配布するようにと持たされたことで、帰り道での盗賊の襲撃を警戒し過ぎて、領境に辿り着いた時には安心のあまり倒れてしまったというおまけまでついている。実に酷い結末があるお話なのであった。


 こうして、北部辺境伯とフランの一幕は終わり、ラックは総数19機の機動騎士とスーツ2体の戦力を抱える領主へと成り上がった。


 このお話でも出番がほぼなかったゴーズ領の領主様。息子のキスシーンを偶然目撃してしまい、”婚前交渉はうらやまけしからん”と、話の筋とは何の関係もなくキレていたラックなのであった。

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