第18話

「トランザ領を唆した文書の一部が見つかったって?」


 旧領主の館の瓦礫処理をしていた際、家臣の1人が焼け残った書類の残骸を、火を使う場合に再利用しようと手に取った。そして、なんとなく書かれた文字に目をやると、そこには元ゴーズ領の破壊工作の指示が書かれていたのだった。

 内容は第1目標は塩の生産設備。第2目標が人造湖となっており、目的は破壊だ。だが、肝心の”その指示を行ったのが誰なのか”を特定することは不可能だった。焼け残りの書類からは、妻3人がそれを見て考えても、手掛かりが得られなかったのである。


「ふうん。文書からは出所というか、指示者が特定できないんだね? でも僕に任せて貰えばなんとかなるかも」


 サイコメトリー。意思を持たない物質から、色々な情報を読み取る能力だ。

 ラックは書類を手にして能力を使う。読み取れた情報は指示を出している人物のいる風景。その人物の風貌はわかる。しかし、彼が知っている人物の中にその風貌の持ち主たる、該当者はいなかった。

 30代後半から40代前半と思われるいかつい感じの男性。ぱっと見で、ああ、この男は脳筋っぽいと思ってしまう。それに線の細い感じがする男性。おそらくはこのガリガリ文官が案を出し、それを是としたのが脳筋なのだろう。


「うん。ファーミルス王国の国王陛下と宰相殿とは違うと思う。僕でも目にしたことがあるから。北部辺境伯や東部辺境伯も、聞き知っていることから想像できる風貌とは年齢も含めて合致しない。これはおそらく、カツーレツ王国の人間じゃないだろうか? あ、元になるのかな。今は」


「貴方? 彼らがバレれば戦争になるような工作をするでしょうか? あ、いえ、今ならあり得るのかもしれませんね。内戦でお金に困り、少しでも塩で利益を出したいのなら」


「そういうことだね。今は3つの勢力になっているって話みたいだし、そのうちのどれかまでは、今の僕では特定できない。あ、そうか。視れば良いんだ。探して特定するのには時間が掛かるかもしれないけど、同一人物を探し出せば良いだけだね。暇をみて探しておくよ」


 千里眼で、元カツーレツ王国の領土内チェックをすれば良いのだ。政治的重要人物が居そうな場所を片っ端から覗き見すれば、いつかは当たりが引けるだろう。そう思い至ったラックは、気が楽にはなった。

 ファーミルス王国内の人間が、黒幕ではなさそうな部分にもホッとする。


 破壊目標とされた彼の地は、今はもう彼が領主として管轄している場所ではない。従って、防衛責任もなくなっている。

 それに加えて、標的とされているのが場所であって、ラックたちに恨みがあっての行動であったり、彼の領地経営への妨害が目的ではなさそうである。故に、このまま放置しておいたとしても、直接の影響はない。


 結論としては、フランを通じて現在、現地の管理責任があるシス家に警告を発すれば当面は十分であろう。黒幕については、わかった時点で追加情報として出せば良い。

 但し、”そこまでする必要があるかどうか?”はその時の判断になるだろう。

 もっとも、予定されていた実行犯は、もうこの世に存在していない。そうであるから、裏から唆した奴らに二の矢三の矢がなければ、もう警戒する必要もない話ではあるのだけれど。


 そんな感じで、”僕らにとってはもう別に重大事ってことでもなかったね!”って話になり、一応実家に知らせる手筈になった、フランが苦笑しているだけの状態になる。

 テント暮らしも、後1週間も経たずに終わる見通しが立っており、厳寒期に入る前にはそれなりの生活環境は手に入る。後は”住民をどうするのか?”を決めねばならない。


 時期と規模。2つの面から考える必要があるのだが、実はガンダ村への領民募集が王都で出されてはいても、ほとんど応募者が居ない状況だったりする。

 カールはまだ7歳であり、領主として実務に付くのはまだ10年以上先の話となる。故に、そう急ぐ話でもないけれども、5年以内にはある程度の数を集めたい。

 そうした事情があるのに、更に”隣の領地のニューゴーズ領も領民募集中です!”と、出すのは”どうなのだろう?”となってしまうのだ。


 旧ゴーズ領は今、6歳より下の子供たちの人数がそれなりに居て、今後の開発次第の部分はあるのだが、彼らに分配できる農耕地が行き渡るとは限らない。

 ラックが領主でなくなった以上、今までのように超スピードの農耕地開発ができるはずはないのだから、足らなくなる可能性の方が高いのだ。基本的に、食べて行くに困ることはないはずなのだが、それは人口がそのままか、微増程度で推移すればの話になる。

 そして、領地内で開発できる部分の物理的上限という物も存在する。”養う”という観点から行けば、無限に人口が増やせるわけではないのである。

 目端の利く村民の一部は、ラックが領地を離れる前の段階で、ガンダ村への移住を希望していた。新領主が簡単に「はいそうですか」と認めるかどうかは不明だが、強制して領民に留めることはできない。


 フランの話によれば、シス家の統治方針から行くと、このケースの場合は移住をすんなりと認め、北部辺境伯領の領内から補充人員を見繕って代わりに入れるそうである。

 なんでも”一度でも領を出ようと考えた人間は、後々又同じ考えを持つに決まっているのだから、引き留め工作は無駄である”ということらしい。

 ラックからすれば、それはそれで一理ある気はするのだが、そもそもが領民募集に応募して来ている人材なわけで、”全員、移住を考えて動く可能性のある人間なんだよな”と考えてしまう。

 この時の彼は、”自主的に”全員が「ガンダ村とトランザ村のどちらかに移住したい」とか言い出したらどうするんだろう? などと、怖い未来を考えてしまったりしたのだが、旧ゴーズ領の新領主の手腕次第ではあり得る話だったりもする。


「なぁ。フラン。ゴーズ村に赴任する新しい領主ってどんな人か知ってる?」


「ああ。シス家の三男さんなんだよ。魔力量45000で辺境伯を継ぐことはできない子だ。機動騎士も中級までしか扱えないし、辺境伯どころか伯爵の魔力量にすらも届いていないから、領軍に居たはずなんだが。はっきり言えば凡人だな。愚劣とまでは行かないが、優秀とは言い難い。重要な飛び地だから子爵基準の10000を大幅に上回る人材ということで、領軍に居た経験も加味されて、最前線の領地を任される形に配置されたんだろうが」


 フランの言葉遣いは、領地替えの一件のあの時より変化している。昔のちょっとかしこまった感じの話し方も嫌いではないが、今の方が彼女の雰囲気には合っていると思っているラックである。


「じゃ、はっきり聞いてしまおう。ゴーズ村の村民は全員、僕の領地開発能力をよく知っている。で、隣にガンダ村が整備されていて、それをやったのが僕だと知っている。新しい領主を見限って、ガンダ村へ移住を決断する様な状況になるかい? その三男が統治した場合」


 フランは黙って考え込んでしまった。ラックは”即答できるほど、単純に考えられる話でもなかったのだろうか?”と、彼女の考えが纏まるのを待つ。


「普通に統治はできる。圧政をして領民を苦しめるほどの馬鹿ではない。だが、領軍に居たこともあって、武を好む傾向があり、北に魔獣の領域があるとなると、間引きと称して戦闘をしに行くような気がする。妻がいるから、ラックがミシュラに任せていたように、執務はそちらに任せるのかもしれないのだが、似た者夫婦だと聞いている。現状維持はできても、領民が将来の発展の希望を持てるような統治は、正直なところできないだろうと思う。そして、現状維持で満足する領民がどの程度居るのか。それが私にはちょっと想像つかない」


「貴方。フランの判断を加味してわたくしが考えると、進んで残るのは難民でやって来た老人たちと、彼らから離れたくないと考える子供たちが主体になると思います。おそらく、元々の村民は”全員移住を希望する”と思いますよ。先に主体になると言ったメンバーも全員残留とは行かないでしょうね」


 そんなこんなのなんやかんやで、喧々諤々とまでは行かないが、考えの出し合いによる活発な意見交換が行われた。

 その結果として、フランが実家へしたためるお手紙の内容は増えたのであった。

 見つかった文書内容からの警告に付け加えて、”もしもゴーズ村の住民が大量に移住希望をしたら快く送り出してやってね!”というお願いである。勿論、言葉は取り繕っているけれども。


 付け加えた部分は、シス家の当主が想定しているはずがない事態だということが、フランには予想できる。そして、義父が頭を抱えることになる未来が目に浮かぶ。だが、移住を拒否し、強制で村民を村へ留め置くには、根拠となる物は何もないはずであるので、容認するしかない話でもある。

 もし、そうなった時、”直ぐ送り込める人員を用意しておいて下さい!”という意味が、認めた手紙には込められている。込められてはいるが、この件に限っては、義父に養女である娘からの善意の忠告だと、受け止めて貰えるのかが”怪しいな”と、思ってしまう彼女なのだった。


 そうやって認められたお手紙。通常であれば手紙という物は、”行商人に託す”か、”自前で人を出す”かの2択になるわけだが、重要度の高い手紙は行商人に託すことはない。そして、今のトランザ村では、手紙を運ぶために人を出す余裕などない。よって、必然的にラックのテレポート頼りとなる。

 彼はしれっと遺伝子コピーで直臣の1人に化け、テレポートで辺境伯領の境界へと出向いた。そして、「フランからシス家当主へ宛てた手紙だ」と告げて関所に託す。配達任務はそれで完了だ。

 尚、トランザ村宛ての物は、暫定で”手紙も物資も全てゴーズ村止め”として貰っており、定期的にラックかミシュラが取りに行くことになっている。

 未だ整備が終わっていないニューゴーズ領に、直接届けて貰うのは危険を伴うので、これは仕方がないのだった。


 超能力があっても、できることとできないこと、得手不得手、そういった物は当然存在する。ラックの身体能力自体は、一応訓練はして鍛えてはいるものの、人間の範疇に収まっている。

 何が言いたいのかと言えば、「厳寒期の野外作業は厳しい」という話だ。サイコバリアを使えばできなくはないけれど、冬場はどうしても野外での土木作業の効率が落ちる。超能力者は寒さには弱かった!


 そんなわけで、ラックはどうせ、領の外周を囲う長城を作るのに、大量の土砂が必要になるんだからと、海水を引くトンネル工事にも着手した。地下の温度は安定している。というよりは、深度が深いため場所によっては暑いぐらいだ。

 トンネル工事も3本目ともなると、どうやれば効率的がわかっており、必要な工期を考えると厳寒期だけで完成に至ることもないので、寒い時期に土砂を長城作成用に積み上げるついでの作業だと割り切る。


 魔獣の領域の間引きも定期的に行っている。この領は北側と西側を魔獣の領域と接しているため、ニューゴーズ領に来る前と比べると、時間は倍取られることになる。

 だが、”倍の時間を費やして、狩りをして間引く”という行為は、必然的に以前に比べて倍以上の獲物を得る結果を生み出すのだった。

 この新しい村には、魔獣の解体作業に専門で従事する人間は居ない。

 解体と加工。

 この2つは、当面の仕事が雑用しかなかった直臣たち14名の主な仕事になってしまった。

 そしてこの加工のために、塩の消費量の目算が狂って行くのである。


 従来から行われていた、朝の日課の買い出し。これは、領地替え当初は徐々に減らすつもりで、ラックは継続していた。

 いずれテレスも加わるとはいえ、現時点では26名しか居ない領地なのだから、食料も塩も必要な量は、ゴーズ村へ超能力者が運び込んでいた時とは全く違う。

 だが、買い出し頻度をいきなりガツンと減らしてしまうと、売り手からすれば、今まで毎日現れていた人間が急に全く来なくなる形になるわけで。

 それはそれで目立つだろうという考えから、じわじわと買いに訪れる回数を減らす目論見だったのだ。

 2日に1回、3日に1回と徐々に減らして行き、最終的には7日に1回位にするつもりであったのだが、4日に1回まで減らしかけた所で状況が変わった。魔獣の間引きのし過ぎで、肉の加工に大量の塩が必要となったからだ。

 そんなわけで、最終的には、2日に1回の買い出しに落ち着いたのである。


 トランザ村の総人口はたった26名。本来、そこまで大量の塩は必要なかったはず。

 ”なのにナンデコウナッタ?”と、己の見込みの甘さを反省したラックだ。


 こうして、ラックは冬の期間中を、領地の整備と魔獣の間引きに勤しみ、使える時間のほとんど全てを費やした。その結果、彼はニューゴーズ領の外周を囲う長城の完成させたのだった。


 「後1年と少しでテレスが帰って来る」とミレスに聞かされ、喜び一杯のクーガ君を微笑ましく見つめるニューゴーズ領の領主様。テレスが戻ると更に女性比率が上がることにゴーズ家の当主は気づき、「あれ? この村、僕とクーガとカールの3人しか男が居ない!」と、思わず独り言をこぼす。今更ながらに男女比の歪さに気づくラックなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る