第二章 狭間の住人

4.名付け屋


キィィィ…。


重たい扉を開くと、あの煙の匂いが鼻を通った。


扉を潜ると、いつも夢に見ていた世界が広がっていた。


本当に来たんだ、この世界に…。


そんな事を考えていると、少女が声を掛けて来た。


「今から、名付け屋に行くぞ。」


「名付け屋?」


「説明は店に着いてから。とりあえず、黙って付いて来て。」


そう言って、少女はスタスタと道を歩き出した。


「ちょっと!待って!」


僕は少女の後をついて行った。


少女は裏路地に入って行き、立ち止まった。


突然、立ち止まってどうしたんだろ?


「え!どうしたの?いきなり止まって…。」


「案内人が来るまで待つぞ。」


全然実感が湧かない。


ここが死後の世界で、今から星の欠片を集めないといけないって事。


49日までに本当に集める事が出来るだろうか。


そういえば、この少女の名前は何だろう。


「ねぇ、君の名前は何?」


「妾の事か?」


妾って…。


珍しい言葉を言うんだな…、小さいのに。


「うん。これから、一緒に行動するわけだし…。」


「なるほどね。妾の名前は白玉(シラタマ)だ。」


「白玉…?」


何でだろう…どこかで聞いたことのある名前だ。


初めて聞いたはずなのに聞いたことあるなんて…。


すると、僕達の目の前に黒猫が立っていた。


「ニャア…。」


白玉はその猫の頭を撫で、僕を振り向いた。


「さてと、行くぞ。案内人が来た。」


「え、え!?この猫が案内人!!?」


「そうだ。」


そう言って、猫の案内人が歩き出し、その後をついて行くことにした。


スタスタと歩く猫の案内人について行くって本当ファンタジーの世界観だなって思う。


星はこういう、ファンタジーな感じ好きだろうなって思ったらニヤけた。


この世界に星が居たら、凄い興奮してたろうな…。

思わず頬が緩んでしまった。


「何ニヤニヤしておる。変な奴だな。着いたぞ。」


「へ、変な奴じゃないしっ!!!」


「思い出し笑いしてる奴は、充分に怪しい。」


「うっ…。」


白玉はハッキリと僕にそう言った。


「ニャア。」


鳴き声がした途端、薔薇の良い匂いが鼻を通った。


いつの間にか、猫の案内人は居なくて古びた店があった。


その扉を白玉はノックを5回し、幼い少年の声がした。


コン、コン、コン、コン、コン。


「開いてるよ。」


扉がキィーッとゆっくり開いた。


「さぁ、入るぞ。」


「え、う、うん…。」


扉を開くと、店の外の雰囲気とは全く違った。


本が沢山積まれていて、ランプが灯っており、月のライトや宝石が部屋いっぱいにぶら下がっている。


色々な地図が壁に貼られ、薬草の匂いと花の匂いが混ざっていた。


洋風な部屋のデザインは、異世界さを増さした。


「まるで、ゲームの世界だ…。」


「白玉、そいつか?」


キィィィ…。


奥の扉から少年が出て来た。


青色の髪に少し長めの前髪から見える瞳は、宝石のサファイアのように美しい。


血の気のない白い肌には、青い薔薇と棘のタトゥーが全身に入っていた。


白玉と同じぐらいの容姿だ。


刺青?!


こんな子供が全身に…?!


「白玉…この子は?」


白玉が答える前に少年が答えた。


「ようこそ、名付け屋へ。ここの店主の青藍(セイラン)だ。」


少年が手を広げ、微笑みかけた。


「よ、宜しく?と言うか…、名付け屋?」


名前を売っているお店なのかな?


「この世界ではな、本名を名乗ってはいけない。」


白玉はそう言って、僕の問いに答えた。


「本名を?」


「それが、ここのルールなんだよね。この世界で、生きる名前を売っている。」


僕の言葉を聞いた青藍は、煙草に火をつけながら答えた。


フゥッと煙を吐き出し、ゆっくりと僕の顔を見て来た。


「売る?お金なんか持ってないよ?」


制服のポケットを漁ってみたが、小銭すら無かった。


僕の様子を見た青藍は、呆れ果てていた。


「白玉…。お前、全然説明しないで連れて来たんだなー。仕方ない、俺が説明するしかないな…。とりあえず、座れ。」


パチンッ。


青藍はそう言って指を鳴らすと、ソファーと小さな

テーブルにティーセットが出て来た。


「え!!えー!?魔法かよ!すごい!」


僕は興奮しながらソファーに座った。


紅茶のポットやカップにスプーンが宙に浮き、次々にお茶のセットが出来上がり、僕と白玉の手のひらに降りて来た。


「すげー!」


「五月蝿い、興奮するのは分かるが、これからの説明は、ちゃんと聞いておけよ。」

 

キッと僕を睨む白玉に釘を刺された。


怒ると怖そうだから静かにしとこ…。


「一から説明するね。本名を名乗ってはいけないのは、ここの世界を支配している死神の他に、もう1人厄介な死神がいる。そいつの名前は、名の喰いの死神ガイだ。名前の通り名前を喰う死神だ。奴は人の形をして、ここに辿り付けなかった人間の名前を喰う。本来名前とは自分の命と一本の線で繋がっている。」


名前を食べる死神…。


ん?


ちょっと待てよ?


「ちょっと、待って、僕はここに来られたよ?ここのお店に来れないって事はあるの?」


白玉が紅茶を口に運び口を開いた。


「今回は妾が一緒に居たから、ここに来れた。本来なら、この世界に来た時に案内人が迎えに来る。だが、案内人の迎えが間に合わない場合がある。」


「間に合わないって、どういう事?」


白玉の次に続けて、青藍も口を開く。


「案内人が来る前に、ガイに見つかってしまった場合がある。名を貰ってない人間は、頭の上に名前が書かれている。それをガイに取られてしまうと、現実世界の眠っている自分も死んでしまう。命がある事で名前がある。だから、それを阻止する為に、名前を隠す必要がある。お前は今、丸裸の状態だ。いつ狙われてもおかしくない。」


「マジかよ…。」


じゃあ、今の僕は外にとっては最高の餌じゃん!!


白玉が迎えに来てくれて、助かった…。


青藍は契約書とペンを出した。


「俺の能力は名前を売る事で、一時的にガイから逃れられる効力がある。まぁ、魔法って言った方が早いな。俺の魔法とガイの魔法は相性が悪いらしくてな?迂闊に、俺の魔法に掛かってる人間に手出し出来ないんだ。だが、俺の魔法にも期限があってな、その期限が49日なんだ。」


「魔法って、完璧じゃないんだ。それって、白玉が言ってた49日の事か…。」


「魔法なんて物は、作り出した力だからな。いつか解けてしまうものだ。その期限を過ぎてしまったら、欠片を集める事が出来なくなる。つまりガイは、49日間は狙ってこない。」


青藍の魔法の期限は49日間しか、効きが無いって事か。

 

49日って、かなり短いよな…。


紅茶を口にした青藍は、話を続けた。


「それを過ぎたらすぐに名前を喰べに来る。どのみち、欠片を集めなければ星も助からない。お前の時間はどっちにしろ49日しかないんだ。」


となると、本当にこの49日しか時間がないわけだ。


「さてと、早くやっちまうか。お前に名を売る代わ

りに代償を払って貰う。」


「代償?」


「なーに。そんな大した事じゃないよ。寿命を30年貰うだけだ。大した事じゃないだろ?」

 

「じ、寿命?」


自分の寿命なんて、考えた事無かった。


あと、自分がどれたけ生きれるかとか、いつ死ぬのかなんて分からない。


その中での30年なんて、きっと他の人だったらあげないだろう。


だけど、僕にはそんな事関係なかった。


いや、寧ろそんな考えに至らなかったのだ。


星のいない世界で、長生きするつもりなんて無いからだ。


「30年なら全然あげるよ!それで星の取り戻せるなら!」


バンッ!!


テーブルを叩き勢い良く立ち上がり、僕はジッと青藍を見つめた。


「覚悟ならとっくに出来てる。自分の首を切ってここに来たんだから。」


そう言うと、青藍は大きく笑った。

 

「アハハハ!!良いじゃん!!白玉お前、面白い奴連れて来たな。よし、契約書に自分の本名を書け。」


「良かったな、晃。中々、青藍に気に入られる事ないぞ?」


「そんな面白い事、言ってないのにな…。」


そう言いながら、僕は契約書に自分の名前を書いた。


すると、契約書から自分の書いた名前が浮き上がり、筆で描いたような蛇の姿になって青藍の元に移動した。


シュルルルッ。


それを青藍がフゥッと一息かけると、蛇の姿が無くなり、綺麗な紫の粉となり僕の元に戻って消えた。

 

「そうか。お前の名前の色は紫か…。」


「えっ、一体どういう事だ?何が起きたんだ?」


全然、意味が分からないんですけど…。


僕の様子を見た青藍は、説明してくれた。

 

「名前にはな、十人十色、その人に色がある。お前の色が紫だっただけだ。」


「夜空みたいな色だったな。」


白玉が僕の名前の色を見て呟いた。


青藍はその言葉を聞き、僕に指を指した。


「夜空か…、お前の名前は今日から夜空(ヨゾラ)だ。49日間、その名を名乗れ。」


「夜空…。」

 

今日から49日間、僕の名前は夜空になった。


「ロマンティックな名前になったな。本当の名前より良いんじゃないか?」


意地悪な顔をして僕を覗き込む白玉はニヤニヤしていた。


「何だよ!夜空って、言ったのは白玉だろ!?。」


「白玉と夜空。良いコンビニなりそうだな。」


この瞬間だけ、久々に笑った気がする。


少しだけ心が解けた気がした。


その光景を外から見ている人物に.僕達は気付いていなかった。


「ー待っていたぞ。晃。さぁ…。ボクを楽しましておくれー。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る