魔法

 武器屋のおじさんが渡してくれた短刀を構えているとジーナが魔法について解説しはじめた。

「まず魔法の威力から始めるぞ。三段階ある。一番強力なのがこれ」

 そして、爪! と言いながら右手を鉤爪状にして地面のタイルに向かって振り下ろす。すると五本の線がタイルを削ってそこにできた。

「動作かつ詠唱だな。一番強力で典型的。だいたいのやつはこれを使う」

 言いながら私の握る短刀を掴む。むっとして引っ張っても離してはくれない。

「次に強いのが動作」

 言いながら短刀の刃を自分の口に近づけて歯を噛み鳴らした。刃に獣の歯形がつく。

「最後が詠唱」

 牙、と言うと今度はより細い歯形が刃についた。

「威力は、詠唱を一とすると動作が五、詠唱かつ動作が六って感じかな」

 ジーナはうんうんと自分で頷きながら短刀を離す。いやこれまだ商品なんだけどな……。

 できた歯形を指でなぞりながら私は聞く。

「この傷を治す魔法とかないの?」

「ない」

 きっぱり言って、彼女は私に背を向けて武器屋の奥に入っていきながら、

「だから『龍』ガーナってすげぇんだよ。一番弱い詠唱のみで人の首を跳ね飛ばせる。それに食べもん食わないで暗殺なんて荒技してんだろ? いくら幹部と言ってもその魔法を操る技術は天才というしかねぇわ。大地からの力のみで生きるってまともな能力じゃねぇぜ」

 奥からもう一つ短刀を持ってきて私にほれ、と渡す。私が両手に短刀を持ったのん見てうんうんと頷く。そしてボソリと

「なんで『王』なんか殺そうとしたんだろうな?」

「『王』って?」

「ほら、エルゼの住んでる『皇国』の一番偉い人って『天子』だろ? それの『王国』版。えらいことしちゃってくれたもんだよ」

 両手で短刀を構えて、私はふむとうなずく。国で一番偉い人を殺そうとしたのか。そんなことすれば我が国では即刻処刑かつ家族も処罰を免れない。

「それで、裏切り者?」

「うん。当然のように失敗して部下たちは見つかり次第降伏しなければ処刑、結構慕われてたんだけど龍の味方は壊滅させられて彼一人で命からがら国外逃亡ってなった」

 なるほど。そんなことすれば当然命も狙われちゃうわけだ。

「暗部にとっちゃ大打撃だ。『玄武』も行方不明だし。残ってるのは暗部の頭『魔法使い』と我らが親分『白虎』と『朱雀』だけだな」

「玄武、朱雀?」

「暗部の二人の幹部。玄武の任務は護衛。けどこいつが一年前から姿を消してる。強くて殺されるはずがないから、みんなちなまこで探してるんだけど見つからない。

 朱雀の任務は制圧。暗殺の証拠隠滅とか、敵の軍基地の壊滅とか、そういう荒事をやる。もちろん秘密裏にな」

 これ下さいと短刀二つを出して支払いをする。ジーナと一緒に武器屋を出てすっかり暗くなった街を歩く。そして私はついに尋ねた。

「それで、その魔法の力はどうやって手に入れたの?」

「うーん……なんというか、言ってもいいものか

……まぁ、仕方ないか」

 私の少し前を歩いていたジーナが立ち止まった。

 ゆっくり振り返る。その顔は影になって見えない。その口が動いた。

「ーー人を喰った。いや、そんな顔するなよエルゼ。ほら、文化なんだよ、文化なのさ。エルゼたちと同じさ。生まれた時から貴族か平民か決まっていて、それはどうやってもくつがせない。これはエルゼたちの文化だろ? 同じさ。これは〈王国〉の文化なのさ。〈王国〉では〈儀式〉っていうのがあって、人と獣の肉を一緒に喰うんだ。じゃないと〈王国〉の民だとみなされねぇのさ。力なんて手に入らないんだよ」

 沈んでいく夕日が眩しい。ジーナを睨み、じりじりと後退りしながら両手でゆっくりと短刀を前に構える。

「……力のために、人を喰うの?」

「あぁそうさ、そうなのさ。あたしたちはまだマシだよ。もう死んだ人の肉を喰ったんだから。幹部たちの方がもっとやばい。でもそれは良いとか悪いんじゃないんだ。〈皇国〉に比べて〈王国〉は平等だ。実力次第で地位も富も手に入るし、そうじゃなくても一定の生活が保障される。〈皇国〉みたいに絶対的な差なんてない。犯罪はあるが理不尽な行方不明も人死にもない。〈皇国〉ぐらいだよこんな差があるのは。ほら、どの国にも良いとこ悪いとこがある。あたしらの隣国の〈帝国〉だってそうだ。わかるだろ? そういう文化なのさ」

「……理解できない。私はもう、あなたたち王国の人とは一緒にいられない、だから」

「ダメだよエルゼ。もうダメなんだ。もう遅いんだよ!」

 泣いているのか笑ってるのかわからない表情でジーナは叫んだ。夕日は沈み、あたりに闇が這い寄ってくる。その中でジーナの目だけが異様にギラギラと光る。

「……私は、人となら付き合うけど、あなたたちは人間じゃない。動物だ。動物と仲良くするつもりはない」

 もう一歩下がる。構えた体勢は崩さない。私はこの人たちに喰われる可能性があるのだ。逃げるなら今しかない。武器も持っている。

「別にエルゼを喰うつもりなんてねぇよ! もう人肉なんて喰わねぇよ、たった一回じゃねぇか! だから頼む、もうそれ以上下がらないでくれ!」

 ジーナが鉤爪状の右手を上に向けた。ジャキッと

音がした。そして左右の気配に気づく。左右の建物のかげから一対の目がそれぞれ光っている。

「ノース、イルか……!」

「ここはあたしに免じて短刀をしまってくれ、エルゼ! じゃないとここで殺さなくちゃならない!」

 ごくりと唾を飲み込む。囲まれた。まさかノースとイルに尾行されていたとは。全然気づかなかった。

「……分かった」

 短刀を下ろす。

「そのかわり」

 ほっとしたような顔のジーナを睨んで。

「白虎と話をさせて」

 自分の決意を告げた。

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