私たちの国
「短刀を持たせてください」
次の朝一番、白虎に会って初めて言った言葉がこれだった。
私は白虎の住む二階建ての屋敷の二階に部屋を与えてもらった。初めてここにきたときにいた部屋は一階の隅だ。一階は玄関、応接室、台所、白虎の寝室など、広い部屋で構成されている。二階はただ廊下と個室。一階と比べて単調だが、それぞれの部屋に人が住んでいる。
その中の一人、ジーナという私より少し年上の女性がそんな私の肩をペシっと叩いて言った。
「よっエルゼ。朝っぱらから元気じゃないか。人でも殺しにいくのかい?」
ケラケラ笑う彼女を無視して白虎の目を見つめる。白虎はちょっと首をかしげて、
「……別に良いけれど、一応理由を聞いておこうかしら」
「あー……その、強くなり、たいんです、はい」
「ふーん……?」
かしげた首をそのままに、白虎は訝しむように私の顔を見ていた。しかし最後に私の握ったこぶしに目線をやって、
「いいわよ、あなたがそう言うなら。ジーナ、彼女と一緒に街へ行きなさい」
と許可してくれた。
「よっしゃ、ありがと親分!」
外出許可が出たのが嬉しいのかジーナはぐっと拳を握る。
そうしてーー
「あなたと、ノース、イルが、その『猫』なのね?」
「そうさ! 我らが王国! 王国の栄光の未来のために! ……まぁあたしは猫っちゃあ猫なんだけど……」
最後にもごもご言うジーナの声を聞きながら、昨日の夕食の席にいた人々を思い浮かべる。隣のジーナはそばかす、ノースがおかっぱ、イルが小柄。全員女性だ。同年代でもある。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけれど……」
私は人々の行き交う街を歩く。貴族の暮らす場所にはひさしぶりに来た。見るからに木造と分かる建物も、土の地面を歩く感覚もない。見えるのは豪華で丈夫そうかつ高価そうな家々、踏むのは硬く舗装されたタイル。
これが私たちの〈皇国〉だ。平民と貴族の生活には明確な差が存在している。住む場所も着る服も食べる物も私たちとは違う。行方不明も人死にも、この場所にはない。豪華絢爛な服を着て豊かな幸を食べ、研ぎ澄まされた笑顔で人と話す。同じ国だ。だけど私の故郷とここは違う。
「私は、どれだけ寝ていたの?」
寝ていたというか気絶していたというか。こんな場所にまで来たということはよっぽど長い時間意識を失っていたのだろう。一日どころではない。これではそう易々と母さんに会いには行けない。
歯噛みをする私をよそにジーナはさぁ知らね、と言いながら通りとは外れた方へ行く。武器屋に行くのだ。武器など貴族たちが買うわけがなく、あったとしても飾りか皇国軍専用だろう。通りから外れた
ところにしかない。
「エルゼは『王国』についてどんだけ知ってんだい?」
「動物には変身しないけど魔法と呼ばれる力を使って、その動物の力を使う。あと……」
「あと?」
「……人を、喰う?」
躊躇いがちに言った私をしばらくポカンと見ていたジーナはやがてあー、なるほどと頷いた。
「まぁ、いろいろ混乱してるようだから、後で教えてやるよ」
ポンと私の肩を叩きながら彼女は偉そうに言う。対して私は
「ありがとう……」
ととどめた。
「お、なーんか不満そうじゃねぇか、何が気に入らない?」
ジーナに指摘されて私は白状した。
「貴族の服を着ていることと、金貨なんて大金を持っていること」
「貴族嫌いなのか?」
聞かれるまでもない。嫌いだ。私は自分の木と土と雨の匂いのする故郷が好きだ。変にゆそゆそしく豊かさをまざまざと見せつけるような貴族たちは気に入らない。それに私は金貨なんて大金生まれて初めて持った。
平民の私が貴族の服を着て貴族のお金を持っていること。不機嫌になるには十分過ぎる理由だった。
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