第二部 王国
人買い
「……ねぇ」
優しい声で囁かれてぼんやりと目を開ける。そこに広がるのは白の漆喰でできた天井。
それを見ながらぼやけた頭で考える。えっと、確か私は、サラとサラメを食べて、ダヤナ(馬車)に乗って、それで青年が飛び出して来て、御者とサラが、切り裂かれて……ってサラ……サラ!
バッと身を起こして辺りを見渡した。そして自分のいる見覚えのない豪華な部屋に困惑する。ここはどこだ?
すると
「そんなに急がないで、もっとゆっくりしていって‥‥ねぇ」
甘ったるい声が耳の中に入る。被っていた布団の中で手が柔らかく握られた。そしてくいと優しく引っ張られる。見るとそこにはーー
全裸の美女がいた。
……ついでに今気づいたのだけれど。
私も全裸だった。
「……サラは、どこですか」
ハシャ(服の一種。バスローブに似る)を着せてもらってさっきまで私の寝ていた天蓋付きのベッドから移動した隣の部屋でユカ(お茶に似た飲み物。貴族が好む。暖かく健康に良いといわれる)をすする。目の前で頬杖をついて微笑む美女は私のバスローブ(主に胸)を凝視しながらニヤニヤしている。
「……そして貴女は誰で、ここはどこですか」
「んー? サラ? 誰のことかしら?」
首をかしげて疑問を示す美女はそれでも私の胸から目を離さない。なのでハシャの前をしっかり合わせて咳払いする。女好きすぎるだろこの人……。
「倒れた私と一緒にいた……少女です」
サラのことを何といおうか迷った。
「ああ、その子?」
美女は私の胸からやっと目を離して顔をあげる。そして眉をひそめて私の耳に口を近づける。秘密を告げるかのように囁いた。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「それがねぇ、見つけた時には死んでいたらしいわよ。あなたが殺したの?」
喉が渇く。あなたが殺したの?
「違います」
嘘だ。私が殺した。私が関わらなければサラは死ななかった。直接手を下したわけではなくても私が原因だ。
人死には仕方ない。けど自分のせいで消えた命を仕方ないとはいえない。
「いや、わからない、私が、殺した、のかも‥‥」
苦しそうに声を吐き出す私を優しく見つめる美女は微笑む。そして、私の手を柔らかく両手で包む。
「そうね、あなたが殺したのかもしれない。けど、直接手を下した犯人は分かっているの。ウルフ。匂いを追うことにかけては天才的な狼と犬のキメラ。暗部の逸材ね」
狼、犬、暗部。その言葉は。
「『王国』の人間ですか」
「ええ」
目の前で微笑む美女をじっと見つめる。ということはこの人も。すると身じろぎをした。豊満な胸がゆれる。
「そんなに見つめられると、ねぇ、身体が疼いちゃうわぁ……」
頬を染めてたまらないように吐息をもらす美女にもう一度さっきの質問を繰り返す。
「貴女は誰で、ここはどこですか」
「そうね、そろそろ応えないとね」
美女は身体を起こして妖艶な唇を少し触った。真っ赤な舌が隙間から覗く。
「私はビュー・キサラーン。『王国』に仕える暗部の一員であり四人いる幹部の一人。またの名を『白虎』。そしてあなたは私に買われたの」
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