サラメ

 ダヤナ(馬車)からおりて銅貨を払う。そこでついた場所を見渡す。私の住んでいるところと変わらない。基本的に木造、一階か二階建て。それが連続して続いている。家と家の間は暗い。よくマーナやタカルが通ってるが危ないよねぇと思う。

 ‥‥「犬」かなんかに襲われたらどうすんだ。

 短刀の重さにしなるニー(鞄)を背負い直して、ハヤ(傘)を右手に、てくてく歩く。もう朝だ。日の光が眩しい。あちらこちらで人が出てくる。声をかけあったり、子ども同士が遊んだり‥‥私のとこと本当に同じだ。いつもと変わらぬ日常の風景。

 ここに帰ってこれなかったお客さんのことを思う。タリガノを握って、伝えにいくと頷く。

 外に出ている人をつかまえてタリガノにある名前を尋ねる。何人か回って、やっと目的の場所に行き着いた。

「あのー‥‥」

 小さな家の玄関に立つ。中を除いて、声をかける。返事はない。誰もいないのかな?

 すると、

「はーい」

 中からトテトテとシャル(服の一種。女性用。主に平民の少女が着る)に身を包んだ少女が出てくる。背丈は私が上、歳の頃は私よりいくつか下ぐらい。

 こちらを見てキョトンと首を傾げる。

「こんにちは‥‥」

 誰だろうという疑問がくるくると頭の上を飛び回っているのがわかる。

「うん、こんにちは」

 私はにこやかに挨拶。伊達に接客業をしていない。でもいくら愛想よく振る舞っても、これから伝えなければいけないのは。

「あー、その、ね‥‥」

 言い淀んでる私を少女は不思議そうに眺める。

 とりあえず、ということで。

「貴女の名前は?」

「サラ・ミュージアム‥‥」

「そっか、サラちゃんね。私の名前は、ブレイン・エリザベート。エルゼでいいよ、よろしくね」

 名乗ることにしたのだった。


  サラメ(スープの一種)を食べようと誘った。

「うん‥‥」

 不審そうなサラもサラメをすするうちに笑顔になった。

「あのね、サラって名前ね、お父さんがつけてくれたの。サラメからつけられたの。なんでサラメかって言うと、サラメのように暖かい心を持って欲しいからって」

「‥‥そっか」

 ‥‥言えない。なかなか言えない。無邪気にサラメをすする彼女に、そのお父さんなんだけど、ついさっきズタズタに切り裂かれて死んじゃったんだ、とか言えない。

 ‥‥おかしい。いつもの私なら、即言ってる。合理的かつ聡い判断で仕方ないからとか言って、衝撃と絶望に打ちのめされた小さな少女を置いてここを出ている。

 賢くないぞ私、おバカだぞ私。ほら、さっさと言え。

「その、お父さんはーー」

「お母さんがいないから、お父さん一人で頑張ってるんだよ。遠くまでいって、お金をもって帰って来てくれるんだ。もうすぐ帰ってくるんだよ」

 いや無理じゃん。言えねーじゃん。とてもじゃないけど。寝不足で頭が働いてないんじゃない。そうかもしれないけど関係ない。これは心の問題だ。

 唾をごくりと飲み込んで、そっかそっかと相槌をうつ。

 ‥‥これからどうしようか。

 途方にくれる私の心中などいざ知らずサラはサラメを食べ終わって、私に質問をした。

「ところで、お姉ちゃんは何で来たの?」

 来た! ついに来た! いや言えねーよ、どうする?

 咄嗟に口から出たのは

「お父さんに、伝言頼まれて、帰るの遅くなるって」

 ーー残酷な嘘だった。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る