支度
銀貨四枚銅貨をたくさん持っていく。貧乏な我が家では大金だ。ハナマにスモー(どちらも固形食)をニー(鞄。背中に負う)に入れて準備完了。すまないおじさんガーナは床に倒れたまま眠っている。
「んじゃ、行ってくる」
母さんも疲れて眠っている。一応告げておく。
先程役人たちが来て死体を回収していった。事件の目撃者はと聞かれて薄い胸をはって私だけ! 母さんは奥で寝てたから知らないと応えてやった。
え、ガーナ? 畜生だから人間に数えない。
「こんなことに巻き込まれたのに元気だなぁ。肝が据わってんのか器が大きいのか、それとも単にイカれてんのか‥‥」
失礼な役人にいくつか質問されて、ガーナに関する以外のことを応えてやる。なんか変なおっさんたちが入って来て喧嘩をはじめました。そのうち殺し合いになって四人全員死にました。お客さんが二人巻き込まれて、一人は死んでもう一人はどっかに逃げました。
「そうか、じゃあその逃げたお客さんを探すよこちらは。そう遠くへもいかんだろう。協力ありがとう」
役人たちはハラ(傘)をさして出ていった。止めてあったダヤナ(馬車)にのって死体を積み、ガラガラと土と雨の匂いに包まれながら去っていった。
扉を開ける。眠ったままの二人を残していくのは心配だが、それよりも。
握ったタリガノ(布。刺繍を施して文字を記すために使う)を開く。そこには名前と地名。死んだお客さんのものだ。タリ(服の一種。この国では一般的なもの)のヤー(ポケット)から抜き出しておいた。
ーー行かなければと焦りがあった。
もう夜は開けはじめている。ハラ(傘)をさして通りを歩く。雨と土と木の匂い。私はこの匂いが好きだ。自然が混じりあって一つの大きな生き物みたいに静かでゆったりとした呼吸をする。その空気は清涼で、さっきの血の惨劇が嘘みたいだ。
ーーでも嘘じゃない。ヤー(ポケット)に入れたタリガノ(布)のざらついた手触りがそれを克明に告げる。
だから私は、武器を買ったのだ。
早朝。店のお兄さんはカウンターで眠そうにうつらうつらしていた。トン(ボードゲームの一種)が散らばってたからきっと夜遅くまで誰かと遊んでいたのだろう。
「平和なこって」
私は店に置いてある武器を見渡す。ざっと槍や剣、長刀短刀薙刀にモンカ(ハンマー)もある。
「どーれにしようかなー‥‥」
槍を持ってその重さに落としそうになる。やべ、とボヤきながら元の位置に戻して、ふと思う。
ーー物騒なことになったなぁ。
眠っていない。なんだか頭が冴えて、興奮している。母さんやガーナみたいに倒れたり寝るのが普通だろうけど私は違う。休むどころじゃない。
ついさっき人が目の前で唐突に殺し合いをはじめて、わけのわからない技だか魔法だかを使って家を滅茶苦茶にして、挙げ句の果てに何の関係もない人を殺した。暴れた本人たちも死んだ。ガーナが殺した。死んだお客さんはどちらの攻撃を浴びたのかはわからない。どちらでもいい。ただテメェらが暴れたせいで彼が死んだ。そして母さんが泣いた。私は母さんを泣かすやつを許さない。
剣を持って構える。えいえいと掛け声をかけながら前に突き出す。その間も思考が止まらない。恐ろしい速度で回転する。
鼠とか犬とか言っていた。牙とか爪とか叫んでた。獣につけられたかのような傷跡、龍とか人喰いとか。そしてーー
モンカ(ハンマー)をピッコピッコ上下させてた腕を止める。その柄をじっと見つめる。
ガーナは人を喰ったのか?
そろそろと元に戻して、薙刀の刃に恐る恐る触れた。ギラリと銀色に光るそれに、私の翠の瞳が映る。
他にもわからないことだらけだ。暗部とか、裏切り者とか、玄武?とか。でもそのなかで、ただ一つわかるのはーー
「あいつら全員『王国』出身だよね‥‥畜生かよ」
お下品な言葉遣いで罵倒。でも確信する。噂は本当だった。「王国」の者は動物に変身はしないがその力を使う。人を喰うのも、たぶん間違いじゃない。ガーナがやったかどうかは置いておくとして。
「これだ」
ピッと握った短刀を構える。ピッピッピッと刃を翻して構え。よし決まり。
「これください」
「あ? あ、あぁ‥‥はい、銀貨三枚」
「ありがとう」
寝ぼけたお兄さんを置いて店をでた。家から持ってきたタリガノ(布)で短刀とは見えないようにくるむ。武器を持つのは男性なら一般的だがうら若き乙女が白昼堂々短刀を持ち歩くのはいささかねぇ。
そうして歩いて、ダヤナ(馬車)を見つけて地名を告げた。
ーー父親を亡くした娘に、私は今から会いにいく。
死んだのは仕方ない。人死には仕方ない。ただ、まだ残された者がいる。
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