後始末
役人が来る前にお客さんが死んだ。
「娘が‥‥いて、伝えて‥‥」
手を握る私に掠れた声で告げて、そのまま瞳孔が開きっぱなしになった。
「死んだ」
つぶやいた私に、先程そいつはもう助からない、無駄だと言ったガーナさんは言う。
「‥‥すまない」
「何が」
外では小雨が降りはじめていた。めちゃくちゃになった宿内で私はお客さんの瞼をそっと閉じてやる。これで死体が五つ。あたりは血塗れだ。
「俺がここに来なかったら、そいつは死んでない」
その死体の四つ(いや、五つ全部かもしれない)を生産したガーナさん‥‥いやもうよそう、ガーナは端的に事実を述べる。
確かにそうだ、その通りだ、けど。
「‥‥しゃあないじゃんね。運が悪かったんだ、この人。あんたのせいじゃないよ」
じっと死んだお客さんの顔を見ながらつぶやく。娘がいるって。この人。私と同じくらいの年なのかな。
母さんはショックで泣いていた。私は宥めて奥で彼女を休ませた。人死によりも、自分の家で殺し合いが起こったことがショックらしい。それと、お客さんが巻き込まれたことも。
死んだお客さんの手を離して、硬直していく、色を失っていくその顔を眺める。
ーー父さんも、こんなふうに狂った動物の争いに巻き込まれて、何も分からず死んだのだろうか。死の間際、母と私のことを考える余裕はあったのか。
「しゃあないよ、うん‥‥」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ手が震えた。
それを見なかったことにして、私は立ち上がった。
「それよりさ、あんたはなんなの? 動物? それとも人間? あいにくさ、うちは動物には宿をひらいてないんだ。動物なら今すぐ出てけ。人間なら勘定払って、あと、この弁償代払って出てけ」
宿の有様を指差して言う。
私は怒っている。確かに怒っている。けどそれはお客さんが死んだことにでも、イカれた野獣ガーナが殺しまくったことにでもない。どう見てもさっきのは正当防衛だろう。イカれた野獣(複数)に反撃しなければ、今血まみれで床に転がっているのはガーナの方だ。
そうじゃない、私が怒っているのは、そうではなくて。
「母さんを泣かせた。謝れ」
ガーナは下を向いている。
「すまない」
「すまないじゃねぇんだよ、もっと違う言葉で謝れ。 聞き飽きたわ」
「‥‥」
八つ当たりじみた私の暴言にも応えない。
そしてーー糸の切れた人形のようにーー床に倒れた。
「‥‥すまない、もう俺も限界だ。役人に、みつから、ないよう、にーー」
言う前に首が垂れた。動かなくなった。
「‥‥知らねー‥‥」
言いながら私は彼の身体を奥に引きずっていき。
そうして戻って、死んだお客さんの身体を触って、彼の素性を示すものがないかを確かめる。
彼の娘に伝えるのだ、もちろん。
父親が死んだということを。
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