襲撃
その晩ガーナさんはカウンターに座って一人で水を飲んでいた。私は彼の姿を見て隣にちゃっかり座って母に注文。
「コルク(酒のような飲み物)をお願い」
ガーナさんが母の先手を打つ。
「若すぎる、却下」
玉砕した私は怪訝そうな母に片目を瞑ってみせる。大丈夫、情報収集は得意だ。
サラメ(スープに似たもの)を出してもらいながらガーナさんの顔を伺うと。
「父親はいないのか?」
「不躾な質問だねガーナさん。けどうん、いない。喧嘩に巻き込まれて死んじゃった」
私が物心ついた頃、コルク場で乱闘に巻き込まれて死んだ、らしい。よく覚えていない。他にも二、三人死んだひどい事件だったらしい。けど珍しいことではない。ここらでは喧嘩はもちろん通り魔も一年に一回はある。人死に にはなれている。運が悪ければ死ぬ。父親はきっと運が悪かった。
「そ……いや、死体はどうした?」
何か言いかけてやめたガーナさんに母が説明した。
「いや、役人の方々が‥」
「そうか‥」
ガーナさんは下を向き、そして苦しそうに一言。
「すまない」
なぜ何の関係もない彼が謝るのか、聞こうとした時。
宿の扉が勢いよく開いて三人の男が入ってきた。
母が慌てて彼らの方へ向かう。
彼らは宿内を見渡した後、私とガーナさんの方を向いた。
「いたぞ」
三人の内一番大きな男が母を押しのけてこちらに進んでくる。他の三人のお客さんも何事かとこちらを見る。ただならぬものを感じて私は席をたってガーナさんの後ろに逃げる。
舌打ちしてガーナさんは立ち上がった。
「俺に用か」
「ああ。暗部のガーナだな? 用事だ」
「ちょっと待て」
言うが速いがガーナさんは走り、こちらを見ていたお客さんの一人の頭を掴んで机に叩きつけた。
ダン!
食器が揺れる。サラメが皿から溢れる。空気が一瞬で張り詰める。
「鼠に気づいてたってか!」
巨漢の男が歯軋りをしてガーナさんに突進する。そのまま勢いは止まらない。右腕を振りかざして斜めに振り下ろす。
「爪ぇ!」
ザクッ!
机に大きな獣の爪痕がはしる。木が飛び散る。端に置いてあった椅子が吹き飛ぶ。背もたれが砕けてバラバラになった。
「鱗!」
ガーナさんが叫びながら頭を掴んだお客さんの身体を自身の前に押し出す。瞬間お客さんの身体から血が飛び散る。手を離したガーナさんは無傷だ。お客さんの肉を削がれた身体が地面に転がる。彼が地をのたうちまわって喚き声をあげるのを、私は呆然と見つめていた。
「逃げろ!」
こちらを見て彼は叫ぶ。その間も もう二人がガーナさんに突進。
「牙ぁ!」
二人が同時に歯をかみ鳴らす。壁に獣の歯形がつく。大きな木造の机が足を失って斜めに崩れた。お客さんが悲鳴をあげて逃げだす。
「爪!」
両腕を自身の前で交差させたガーナさんが手を鉤爪状にして振り下ろした。空中で吹き飛ぶ二人。血を撒き散らしながら部屋の隅へ転がっていく。巨漢の男が吠える。
「さすが『龍』! 人喰いの結果は伊達じゃねぇなぁ!」
「うるさい‥! 鼠一に犬ニ、熊一か‥!」
「この裏切りモンがぁ!」
男が空を引っ掻くかのように両腕を振る。机も椅子もバラバラに粉砕する。ザックリと傷ついた支柱は今にも折れそうに軋む。
男の猛攻は止まらない。大きく拳を振る。ガーナさんが宙に浮かんで、下から
「爪ぇ!」
軽々と吹き飛ばされたガーナさんは壁に叩きつけられ落ちる。呻きながら右に転がり男から繰り出される斬撃を交わす。木の葉のように椅子や食器が宙を舞う。ついに机が二つに割れた。
「やっぱ亀なんぞいらなかったなぁ!」
男が体当たりをかます。壁が砕けてガーナさんが外の地面に倒れ込んだ。
「死ね」
間髪入れず振り下ろされた腕がーー
「尾」
千切れた。血飛沫をあげて机に落ちた。ドチャリと。
「尾」
次の瞬間巨漢の男が後ろに音をたてて倒れた。その口から大量の血を吐く。
「『玄武』でも連れてくりゃ良かったな」
ふらりとガーナさんが立ち上がりーー
「‥‥『牙』使わねぇって、マジだったか」
血を吐きながら男がつぶやく。
その言葉が彼の最後の言葉になった。ガーナさんが右腕を振りかざす。そうして指の間をぴったりくっつけた手刀をーー
男の首めがけて振り下ろした。
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