第9話 さようなら、先輩
長かった日々が終わりを告げる。あの子と出会ってから季節は一巡し、まだ少し冬の名残を感じさせる寒さの中で、卒業式が行われた。
高校生活最後の日。学友たちは進学や就職、新たな世界へと旅立っていき、僕もまた、人生の新しい一歩を踏み出そうとしていた。
「ご卒業、おめでとうございます。長い一年でしたね」
「本当にそうだったよ」
少しばかり皮肉が含まれたあの子の言葉に、僕は苦笑いで答えた。
この一年は倍以上の長さだった。体感で、というわけでなく、実際に。
「明日以降はもう、あの方に死の運命は訪れないはずなので、ご安心ください」
「そっか。良かった」
今日の彼女の死の運命は、卒業式が始まる前に、既に乗り越えていた。あの子が言うには今後しばらく彼女に死の運命が訪れることはなく、平均寿命ほどは生きられるそうだ。
僕が一日を繰り返すことは、きっともう二度とないだろう。
「お疲れ様でした、先輩。これで契約は完了です」
「代償は僕の死体、だったよね……?」
「イエス! 先輩の死後、先輩の死体はわが社が無償で引き取らせて頂きます。もちろん、引き取りのタイミングは火葬場ですから、ご家族に接触は致しません。ご遺骨が残りませんので、その点をご留意ください」
「わかってる。アイツの命を救えたんだ。僕の死体なんて、安いもんだよ」
「そう言ってくださると助かります。にしても先輩、臆面もなくそんな台詞を吐けるなんてよっぽどあの方が好きなんですね」
「まあね」
今さら否定することもない。
彼女と恋人の仲になれたのはあの子のおかげだったのだし、僕たちの関係を誰よりも祝福してくれたのもあの子だった。
告白してからすぐに大学受験があり、今までバタバタしていてほとんど仲は発展しなかったけど、大学に入って落ち着けば、僕と彼女の仲は順調に発展して行くだろう。
「ちょっとあの方が羨ましいです。先輩にこんなに思われているなんて」
「君にも、いつか大切に想ってくれる素敵な人が現れると思うよ」
「あはっ、リア充の余裕って超ムカつきますね」
あの子は笑いながら冗談っぽく頬を膨らませ拳を作って見せた。
良かった、と僕は胸を撫で下ろす。
出会った頃のあの子が戻ってきた。
あのクリスマスイブから、まるで憑き物が取れたかのようにあの子は出会った当初の明るさを取り戻していった。
一時期は無理に笑って明るく振る舞おうとしているように感じられるところが多くあったけれど、それも今では見られなくなっている。
きっと、あの子にも何か良いことがあったのだろう。
「また、君に会えるかな……?」
「どうでしょう? 先輩が繰り返し続ける限り、お別れすることはありませんけども」
「じゃあ、会えそうにないね」
「そうですね、その方が先輩にとっても良い事だと思いますよ」
あの子と過ごした一年は、決して短くない日々だった。
その中で体験したことや、経験したこと。多くの思い出があり、その全ては、あの子と共有するものだ。
僕の中であの子の存在はいつしか、簡単に切り離せないほど大きなものになっていた。
「辛気臭い顔をしないでくださいよ、先輩」
僕の顔を見て、あの子は笑う。
「契約に基づき、先輩の記憶から幾つかの項目を削除させて頂きます。主にわたしに関するものです」
「僕は君を忘れてしまうんだね」
「名前と容姿だけですよ。わたしという存在が、先輩の記憶の中から消えるわけじゃありません」
「それでも寂しいよ、やっぱり」
「あはは、そりゃわたしも寂しいですけど、先輩にはあの方が居るじゃないですか。わたしはお邪魔虫になりたくないので、とっとと退散するべきなんです」
「そんなこと」
「先輩は優しいですね。……その優しさは、一番大切な人に向けてあげてください。見境ない優しさは、時として残酷に変わるんです」
「…………」
あの子の表情に、僕は影を見た。
「それでは、先輩。この端末を見てください」
黒色のスマートホンのような端末が、僕へと向けられる。
「さようなら、先輩。これで、あなたとはお別れです」
視界が光に包まれた。
それは一瞬だったのか、それとも、とても長い時間だったのか。
気づくと光は消え、あの子の姿も消え、僕の記憶から、あの子の名と容姿が消えていた。
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