第5話 飲み込まれてしまいそうになる

 彼女は先輩の幼馴染だった。


 なんでも、生まれた日と生まれた病院が同じだったらしく、まるで双子の兄妹のように育ったそうだ。


 先輩の後輩として紹介してもらい、それなりに交流を持った今となっては、先輩が彼女に想いを寄せる理由も何となくわかるような気がする。


 抽象的な言い方をすれば、太陽と月が合わさったような人だった。太陽のように明るく、月のように美しい。太陽のように温めてくれて、月のように癒してくれる。


 一緒に居るだけで、生きる力をくれる人。


 ……そんな人に限って、早死にするものだ。


 初めの死因は、どこでも起きそうな単なる事故死だった。


 居眠り運転のトラックが、横断歩道を渡っていた彼女を轢き殺したのだ。先輩の目の前で。


 その際、先輩はやり直しを強く願った。目の前の光景を否定し、彼女を助けるチャンスを強く祈った。


 それをキャッチした本社が、わたしを先輩の元へと派遣した。


 それが、わたしと先輩の出会いであり、先輩が繰り返し始めたきっかけ。


 彼女は先輩が命を救うたびに、死んで行った。まるでイタチごっこだ。


 助けても、救っても、必ず次の日に死んでしまう。一日に一回、死神の鎌は彼女へと振り下ろされる。


 本社に問い合わせると、彼女は高校三年生の内に死ぬ運命を持っていた。


 この運命を乗り越えるには、毎日必ず訪れる死を回避し続けなければならなかった。


 ……だから、先輩は何度も繰り返すのだ。


 いつか、彼女が死の運命を乗り越える日を目指して、わたしに殺され、死に続けるのだ。







 季節は冬になった。十二月二十四日、クリスマスイブ。


 どんよりとした雲の下、イルミネーションの光と飾りつけに溢れ、ひっきりなしにクリスマスソングが鳴り響く繁華街で、先輩は彼女と二人、ショッピングを楽しんでいた。


 デートだ。先輩は毎年恒例の、先輩の家と彼女の家の両家共同で行う、クリスマスパーティの買い出しだと言ったけれど、傍から見ればデート以外の何物でもない。


 二人でクリスマスプレゼントを選ぶ姿はとても仲睦まじく、二人で昼食を食べる姿はカップルか夫婦にしか見え様がない。


 先輩の隣に居るのが、彼女じゃなくてわたしだったら良いのに。


 なんて想像してしまい、身悶えして居た堪れなくなった回数はもう憶えてない程に。


 好きな人と、その人が命を賭して助けたいと思う人のデートをずっと見守らなくちゃいけないわたしは、いったい前世でどんな悪行を働いたのだろう。悪趣味な罰ゲームに、さぞ神様はお喜びに違いない。


 もちろん、見守らなくて済むならわたしはとっくの昔に逃げ出している。


 ケーキバイキングでやけ食いしている頃だろう。それが叶わないのは、先輩を死なせないためだ。


 数か月前、彼女のクラスが使用していた理科室がガス漏れで大爆発を起こした。


 彼女のクラスメイトと理科の担当教師を含めた全員が、彼女と共に死亡した。


 その例を考えると、彼女の傍はとても危険なのだ。


 今の先輩は、いつ爆発するかわからない時限爆弾と手を繋いで歩いているようなものである。


 わたしと無関係の所で先輩が死亡した場合、先輩の死体から記憶は吸収できない。


 主に社員による端末の悪用を阻止するためだ。端末は契約者との間に結んだ契約の範囲、限られた状況でしか使用できないよう厳重なロックがなされている。


 だから、先輩が彼女の巻き添えを食らって死ぬようなことがあれば非常に不味い。


 先輩は何としても、わたしが直接的に手を下して殺さなければならないのだ。


 だけど、


「先輩を、殺す……」


 必ず、そのジレンマが付随する。


 先輩を殺すごとに、わたしから先輩に対する愛は強くなる一方だった。


 それと同時に、先輩を殺す行為に対する痛みや苦しみも増していた。


 心が限界に近付いているのを、嫌というほど感じてしまう。


 時折、どうにかなってしまいそうになる。


 先輩への愛に、先輩を殺す痛みと苦しみに、飲み込まれてしまいそうになる。







 彼女の死は、簡単に回避することができる。


 例えば、理科室の爆発は事前にガス漏れを学校側に知らせることで事なきを得たし、交通事故であれば別の道を通れば何も起きることはなかった。


 だから、彼女の死因さえわかれば、繰り返しにそう回数は必要ない。


 てこずるのは、先輩の見ていない所で彼女が突発的に死んでしまった時。


 彼女が家族旅行の旅行先で死んでしまった際には、わたしも先輩もとても苦労した。


 まず移動だけで片道五時間。彼女を探すのに時間を費やす内に彼女が死んでしまって、また繰り返し片道五時間。


 あの日だけで何度繰り返したか、何十時間電車に揺られたか。


 思い出すだけで、嫌になる記憶。


 その際の光景が頭に浮かんでくる程に、今回もまたてこずっていた。


 街に流れるクリスマスソングが、悲鳴によって掻き消される。


 漂っていた明るい雰囲気は一瞬で霧散し、クリスマスに浮かれた街は地獄と化した。


 人通りに多い歩道へ、暴走した車が突っ込んだのだ。車は彼女と数人の通行客を轢き飛ばし、歩道に面した店舗へと突っ込んで動きを止めてなお、タイヤを回し続けていた。


 運転手はきっと、危険ドラッグでも使用していたのだろう。もしくは、クリスマスの街に溢れるカップルへ、尋常じゃない怨みを持っていたか。


 どちらにせよ、これで彼女が亡くなるのは八回目だった。

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