第4話 何でしょうね、命って

 これでいったい、何度目だろう。百回を超えた辺りで数えるのを止めたから、正確な数字はわからない。


 本社に確認すれば簡単に済むけど、知っても意味のないことだ。


「安らかに眠ってください、先輩」


 ピクリとも動かなくなった先輩に手を合わせ、わたしはいつもの作業を開始した。


 会社から支給された端末を操作し、先輩の死体をスキャニングする。


 総量と座標を計測。そして、計測終了。転送に必要な情報を本社へ送る。


 しばらくすれば、先輩の死体は本社へと転送される。本社へと送られた死体は、きっと様々に活用されるだろう。臓器は移植され、骨や肉も様々に使い様がある。


 人の死体は高く売れる。


 わたしが生まれた世界では、人の死体は資源として様々な活用がされていた。


 前述の臓器移植はこの世界でもあることだけど、人肉を発電や飼料に使うのはこの世界じゃ考えられないことだろう。


 もちろん、人の死体はそう簡単に入手できるものじゃない。


 特に若く新鮮な人の死体は貴重品だ。


 わたしの住む世界では、つい近年まで新鮮な死体を入手するために、若者が誘拐され殺される事件が後を絶たなかった。


 人口が増えると共に増加した死体を資源としたまでは良かったが、その資源に依存度が増したばかりに、今度は死体資源が不足する事態に陥ったのだ。


 そこで考え出されたのが、並行世界から死体を調達すること。


 時間の流れは一本の線でなく、源流から幾つも枝分かれしている。いわゆるパラレルワールドだ。


 研究者によれば数え切れないほどの世界と人が、並行して存在しているらしい。それらはまさに、無限の資源採取場だった。


 時間や時空を超える技術が確立されたのはほんの十数年前。今では装置も小型化され、様々な並行世界への行き来が可能となった。


 並行世界から死体を集める。これは、そういう仕事だ。


「先輩……」


 先輩はきっと知らないだろう。


 繰り返すたびに、こうして死体が収集されていること。


 そして――繰り返すたびに、先輩が死んでいること。


「何でしょうね、命って」


 この仕事をしていると、命=魂ではないことがよくわかる。


 命とは、記憶。その人が得た経験と、その人が歩んで来た人生。


 先輩はきっと、魂そのものが繰り返していると思っているだろう。


 実際はそうじゃない。


 ただ単に、先輩の死体から抜き取った記憶を、過去の先輩に上書きしているだけなのだ。


 何度も一日を繰り返せるなんて、都合のいい話があるわけない。


 先輩は死に、新たに世界が生まれ、それは先輩が死んだ世界として時間を刻み続ける。


 死んでも繰り返せるなんて、そんな裏ワザが存在するわけがない。


 人の命は一度きりなのだから。


 先輩はわたしに殺されるたび、死んで行く。


 これまで何度も、これから何回も。


 ……こんな仕事、選ばなきゃよかった。給料が良いわりに自殺率が高い理由、やっとわかった気がする。


 こんなに楽して稼げる仕事はない、わたしはこの仕事に向いているんだなんて、気楽に考えていた頃の自分をぶん殴ってやりたくなる。


 繰り返すたび、契約者と親しくなるたび、心が摩耗して、消耗して、磨り減って。


 弱れば弱る程に、契約者へ強く惹かれるようになる。


 心の寄り所を、一番身近に居る人……契約者へ求めてしまうのだ。


 殺したい程に愛する。


 愛する程に殺したくなる。


 そんな言い回しは昔からよく聞くけれど、この仕事に関しちゃ、殺す程に愛おしくなる。


 この精神的作用をなんたらシンドロームと研修時に習ったけど忘れてしまった。


 新人は特に発症しやすいから注意しろ、なんて言われても。


 契約者に感情移入をするな、と言われても。


 わたしには、無理だった。


 一度でも沸き上がった想いは、簡単には治まらない。


 先輩が好きだという感情は、わたしの心の中に根をおろし、張り巡らされてしまっている。


 この気持ちに蓋なんて、出来るはずがない。


 痛くて、苦しくて、辛い。


 先輩を殺すたびに、わたしの心まで死んで行く。


 死ねば死ぬほど、先輩への想いは強くなる。


「先輩……」


 先輩の命……先輩の記憶はスキャニングと同時に端末へと吸収されている。


 つまり、先輩は今、端末の中に居るとも考えられる。


「好きです、先輩……!」


 端末の中に居る先輩には意識と呼べるものがなく、当然、この告白は届かない。


 ギュッと、わたしは胸元で端末を抱きしめた。


「…………」


 虚しさだけが、後に残った。

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