第6話 愛しています
「……くそ」
彼女を看取り、わたしの元へ来た先輩は呟くような小声で吐き捨てた。強く握られた拳はコンクリートの壁へと叩きつけられ、先輩の顔には焦りと怒りが滲んでいる。
無理もない。先輩は八回も、目の前で彼女を失っているのだから。
今回は今までと違う。
今までなら道を少し変えるだけで死を回避できたのに、今回は八回とも、彼女は違う地点で死んでいた。その死因も、交通事故だけではなかった。
言ってしまえばもう、手詰まりだ。様々な方法を試した。そもそも買い物へ行かないこともあった。
……それでも、彼女は死んでしまった。
場当たり的な対処法が意味をなさない。こんなことは初めてで、わたしも先輩も、どうすれば良いか途方に暮れるしかなかった。
「先輩、まだ繰り返しますか?」
「決まっているだろ……!」
語気を荒らげ、先輩はわたしの問いに答えた。そりゃそうだろう。
ここで諦めるような先輩だったなら、もうとっくに繰り返しを止めている。
でも、
「繰り返して、どうするんですか。あの方を救う方法が、あるんですか」
「……ッ! それは」
「無暗に繰り返しても、傷つくだけですよ」
ボロボロだった。心が折れてしまいそうだった。
先輩を殺すたびに、彼女を救えず傷ついた先輩を見るたびに、わたしはもう、壊れてしまいそうだった。
「……どうしてそんなに、繰り返そうとするんですか」
わかりきったことなのに、わたしはその疑問を口にしていた。
もしかしたら。ひょっとしたら。弱り切ったわたしの心は、そんなありもしない幻想の希望に縋って、先輩に救いを求めたのだ。
先輩が救われたい想いに、気づいてくれるとは限らないのに。
――好きだからだよ、アイツのことが。
答えは至極単純だった。
――アイツと一緒に、生きていたいんだ。
残酷までに、明快だった。
「だから、僕は何度だって繰り返す。そう決めたんだ」
……先輩のそんなところが好きだった。
何があっても諦めない、ちょっと我が儘で頑固な、前向きなところ。とても眩しくて、光のようなそれに、わたしは少し憧れていた。
だからこそ、その光に照らされているのが彼女であることが、堪らなく嫌だと思った。
受け入れたく、なかった。
わたしの心は、限界を越えた。
「……わたしじゃ、ダメですか」
「え……?」
「わたしじゃ、あの方の代わりにはなりませんか」
まるで、わたしがわたしじゃないみたい。止めようとしても溢れ出る言葉を、わたしは客観的に聞いているような、不思議な感覚へと陥っていた。
止まらない。抑え込んでいた想いは、抑え込んでいた分だけ反発するように、言葉となって吐き出される。
「なに、言ってるんだ……? 代わりになるとか、ならないとか、そういう問題じゃ」
「好きです、好きなんです! 先輩のことを愛してしまったから……! 先輩を殺すたびに、その想いは強くなってしまうから! もう……、抑えようがないんです」
「なに、を……」
「先輩、愛しています」
思いの丈を全て伝えたわたしは――先輩の首を絞める手に、更なる力を込めた。
「苦しいですか、先輩? ごめんなさい、今日は得物を忘れてきちゃったんです。少し苦しいかもしれませんが、我慢してくださいね?」
「が、……ぁ…………」
「あぁ、ダメですよ。抵抗しちゃ、苦しみが増しちゃいます。それとも、生きてわたしを受け入れてくれますか?」
「…………」
わたしを引き離そうとしていた先輩の手が、力が抜けたようにだらりと垂れ下がる。
先輩はわたしじゃなく、死を選んだ。
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