第2話 死の運命

 彼女の死を繰り返す中で、幾つか心に決めたことがある。


 一つ目は、必ず彼女を見送ることだ。

 彼女の命の灯が消えるその最後まで、絶対に彼女の傍から離れない。


「そんなことやっても、先輩が苦しいだけだと思いますけどねぇ」


 あの子はそう言うけれど、これは僕なりのケジメのつもりでもあった。

 彼女を死なせてしまった自分への罰であり、彼女への償いなのだ。


「先輩は律儀な人ですね」

「何度繰り返そうと、彼女は彼女だから」

「そうですか」


 この話をした時、あの子は素っ気なく返事をした。


 もう一つは、無暗に繰り返さないこと。

 彼女が命を失う原因は様々だ。


 それは、その日に彼女が死んでしまわないとわからないことが多い。

 だから、あの子は僕にこう提言したことがある。


「先輩はわたしが居る限り、いくらでも繰り返せるんですから、一回目はあの方の死因を見極めましょう」


 あの子の意見は尤もだった。最も効率的だった。


「わかっているよ。……前例があるの?」

「ええ、まあ。わたしの上司が経験したそうで。繰り返す内にその契約者は調子に乗りすぎたらしく、上司が目を放した隙にトラックへ自ら突入して」


「僕はそこまで馬鹿じゃないよ」

「その点は心配しておりません! 何たってわたしは優秀ですからね。契約する相手はちゃんと見極めていますから。わたしがエリート街道を進むため、初っ端から失敗するわけにもいきませんし」


「僕が初めての契約相手ってこと?」

「いぐざくとりー! 先輩が初めてのお相手です! なんか初めての相手って言うとムフフな感じがしますね」


「しないよ」

「あららバッサリと」


 時たま、あの子のテンションについて行けないこともあった。




「先輩は休み時間になるといっつも読書をしていますね。何を読んでいるんですか?」

「ゲーテの『若きウェルテルの悩み』だよ」


「おやまあ、お難しい本を。片思いの話でしたっけ?」

「知っているんだ」


「ふふふ、わたしはこう見えて博識なんですよ」

「後ろのあらすじ読んだんじゃなくて?」


「あ、ばれていましたか」


 数え切れないほどの繰り返しの中で、あの子と過ごした時間は決して短くなく。

 何となくだけど、あの子のことをわかっているつもりになっていた。


 休み時間になると、あの子はいつも僕の教室へと顔を出していた。

 あの子が僕を先輩と呼ぶのは、書類上では二年生となっているからだ。


 年齢という概念に当てはまるか謎だけど、少なくともあの子は僕よりも長い時を生きているだろう。


 そんな相手に先輩と呼ばれるのは不思議な気分だった。


「先輩、今日はどのタイミングで来ますかね」

「……考えても意味ないよ」


「ですよねー。この前なんて、授業中に天井が抜けて、その下敷きになってお亡くなりになられましたもんね。考えるだけ無駄かもしれません」

「死の運命っていうのは、こんなにも変えるのが難しいんだな」


「ええ。なんせ、生きるか死ぬかの問題ですから。先輩が考えているよりも、人間の運命ってとても重要なんですよ。特に生死となれば、世界全体の運命に影響を与えることだってあります。おいそれと生死の運命が変わるなら、世界はとっくに破綻してますね」


「でも、変えられないわけじゃない。……だろ?」

「はい。あの方の場合は、高校在学中に死ぬ運命を持っています。卒業しちゃえば、その運命からは解放されて、死の運命からは遠ざかるはずです」


 少なくとも今みたいに、毎日のように命の危機に晒されるようなことにはならないと、あの子は言った。


 もちろん、人間の命は有限だ。

 いずれまた彼女にも、僕にだって、死の運命は必ずやってくる。


 それはきっと、遠いようで、とても近い未来に。


「あと半年か……」


 言葉にすれば短く、考えれば考えるほどに長い。

 僕は何度、繰り返すだろう?

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