君を救うために僕は死ぬ
KT
第1話 君を救うために僕は死ぬ
難しいな、生きるって。
こんなにも人は居るのに。こんなにも、世界は広がっているのに。
生きるって、大変なんだな。
いつまでも在り来りな日々が続いて行く。
変わらないようで、少しずつ緩やかに変化する毎日を、ずっと歩んでいく。
それは簡単なようで、当たり前のようで。
けど、難しくて。
気づかないだけだったんだ。
気づけなかっただけなんだ。
生きるってとっても、大変だ。
※
例えば、今年十八歳となる少女が死亡する確率は何パーセントだろう。
人間は誰しも、いつか必ず死んでしまう。
形あるものに永遠はなく、それはきっと、科学技術が発達した数百年後の世界でも不変に違いない。
だから人は、時折こう思うのだ。
この一瞬が永遠であれば良いのに、と。
世界はどうしようもなく、残酷だから。
「まき、くん……」
今にも消えてしまいそうな、掠れた声だった。
彼女は最後の力を振り絞るように、震える手を僕へと伸ばす。
その手は赤色をしていた。腹部から溢れだした液体は留まることを知らず、彼女の周囲に広がって行く。
先ほどまでだらりと投げ出されていた彼女の手は、その液体に染められていた。
「まき……くん…………」
彼女は譫言のように僕の名を呼ぶ。
その声は優しさに溢れているようだった。
その声は彼女の本質そのもののようだった。
その声は…………彼女の命を糸にして紡がれているようだった。
「居るよ。僕は、ここに」
頬に添えられた彼女の手を、両の手で包み込む。
長く、繊細で、柔らかなその手は、惨たらしい程に冷たいと感じた。
「あり……が、……と」
頬に添えられた手が、するりと離れて地面に落ちる。
彼女は満足げに笑った。全てを絞り切ったとでも言いたげに。
言葉は続かない。
それが彼女の、最後の言葉だったから。
「…………感謝なんて、要らないよ」
ただ、僕は君に生きて欲しい。
望むのは、それだけなんだ。
彼女の亡骸に別れを告げて、僕はその場から離れた。
遠くからサイレンが聞こえてくる。
集まり始めた野次馬の中を抜けて、建物の合間にある陽の当たらない裏路地へと入る。あの子はここで待ってくれているはずだ。
「今回もまた、やり直しますか?」
もう何百回聞いたかもわからない問いを、あの子は投げかける。
声がした方を見ると、あの子は背を壁に預けて腕を組んでいた。
その表情は、諦めたらどうだと言いたげだ。
「……その質問、する意味ってある?」
「いちおう言わなきゃいけない決まりなので」
「何回目だっけ」
「憶えていませんけど、たぶん三桁は超えてます」
「じゃあ、聞かなくてもわかるだろ」
「いちおう決まりですからー」
「…………」
「おっと、謝んないでくださいね? これはお仕事ですので。謝られると色々と精神的に来るんです。謝っちゃダメですよ」
「…………頼む」
「りょーかいです」
彼女は快活に笑って見せた。
そして、背中に隠し持っていたナイフを、僕へと向ける。
「動かないでくださいね。出来るだけ苦しまないようにしたいので。即死させるにもコツが居るんですよ」
「一回で死ななかったら、二回めで止めを刺せば良いよ」
「あははー、先輩ったら簡単に言ってくれちゃいますねぇ。……ま、先輩がそれで良いなら、わたしは構いませんけど、ね!」
彼女は僕にダッシュで近寄り、勢い任せに左足を踏み込んで、ナイフを持った右手を突き出した。
肌を食い破られ、肉を断ち千切られる感触が左胸から発せられる。
突き刺さった刃は、体内に血を巡らせるため休まず鼓動する臓器へ達した。
「……また会いましょう、先輩」
「あ、ぁ……」
視界が暗転する。急激な寒さに包まれて、心を孤独が支配する。
何度やっても、この瞬間だけは慣れそうにない。
人が死ぬ瞬間。
命が消える瞬間と言うのは、こうも寂しいのだと、僕は死ぬたびに実感するのだ。
――そうして、繰り返す。
何度も、何度だって、何度になっても。
生と死を繰り返し。
悲しみと別れを繰り返し。
彼女の死を繰り返し。
また僕は、繰り返す。
いつかきっと、彼女が死なずに済みますようにと。
ただ、それだけを願いながら。
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