第34話 襲来

 ――昔から、私はお姉ちゃんと一緒にいた。

 お姉ちゃんと一緒に産まれて来た私は、その事が当たり前だった。

 だけど私はお姉ちゃんと比べてどうしようもない程に欠けていて。

 どうしようもない程に劣っていた。

 だから私はある日、その日に。

 彼女の姉さんになりたいと思った。



  ◆



「――と、いう訳なのですが。どうでしょうか?」


 私は二人に見せた小説の感想を聞いてみる事にする。

 姉さんと竜胆先輩は私が印刷してきた小説の原稿をぺらぺらと読み進んでいく。

 ドキドキとしながらその様子を見守る。

 そんな風に思うのは案外初めてかもしれない。

 感想を聞く事に心を動かされるのは。

 果たしてそれが良い事なのか悪い事なのかは分からない。

 だけど、でも。

 私は何となくだけど、この変化を好意的に受け入れていた。

 

 成長。

 もしくは退化。

 私はどちらだろう。

 どちらにせよ、私は今、私以外の何かになろうとしている。

 それは一体、なんなのだろう。

 新たなる金剛夜月。

 果たして――


「うーん……」


 竜胆先輩は深く唸り。


「……」


 姉さんはとても厳しい表情をした。

 それだけで、何となく感想が読めたような気がした。

 少しがっかり。

 そして残念。

 だけど私は、彼等の感想を待つ。


「ダメだと思うな、私は」


 姉さんは少しキツめな口調でそう呟く。


「なんでよーちゃん、急にファンタジーなんて書こうと思ったの?」

「そう言う気分だったからです」

「気分でって。いやまあ、それは良いけどさ。だけど私達って一応書くジャンルはそれぞれ分けてたじゃん?」

「それは部誌の話でしょう?」

「それはそうだけど……先輩はどうですか?」

「うーん……」


 もう一度深く唸った彼は、しばし黙った後に答える。


「やっぱり、ちょっといつも書いているような話に雰囲気が引っ張られているような感じがある事は否めないというか」

「そう、ですか」

「ああ。別にこの作品が悪いって言っているんじゃないぞ? 発想も悪くないと思うし、ただ、やっぱりこの作品は夜月らしくないっていうか」

「私らしいっていうのは、現代モノを書くって事ですか?」


 少し、ムッとする。

 酷評は覚悟していた。

 だけど、その言い方は少し癪に触る。

 ただ、そこで「ざっけんなてめえんだこらぁ!」とか言ったらただの逆切れである。

 感情を抑え、私はふうと息を吐く。


「……まあ、良いです。確かに急すぎたのは確かですから。部誌の分の小説はいつも通り、現代モノを書きますよ。役割分担、ですからね」

「あ。ちょっと」


 立ち上がり、部室の教室から出て行こうとする私を竜胆先輩は呼び止めようとする。


「あー、そのだな。さっきも言った通り、夜月の作品を否定した訳じゃなくてだな」

「……それは、分かってますよ。別に怒って立ち去ろうとしている訳じゃないです」

「どこいくの、よーちゃん」

「帰るんですよ、家に」


 嘘である。

 本当は、知り合いに私の小説を読んで貰いに行くのである。

 天童先輩とか。

 日乃本先輩とか。

 ……武さんとか。


「それじゃ、失礼します。お疲れさまでした」


 扉の前でぺこりと部屋の中に向かって一つ頭を下げくるりと踵を返す。

 そのまま廊下を足早に歩いていく。


 ……あと数日で夏休みだ。

 期末試験は終わり、生徒の間には若干ゆっくりのんびりとした空気が流れている。

 とはいえ、だ。

 夏休みが終わって数か月すれば、学園祭が始まる。

 その準備は夏休みから始まる。

 いろいろとこれから大変になるだろう。

 まあ、一年生なのでそれがどれほどの規模なのかは知らないけれど。


 それにしても、暑い。

 夏だから当然だけど。

 早く冷房の利いた部屋に移動したい。

 そう思いながらさっさと歩いて学校の外を目指す――


「あーっ!」

「……は?」


 いきなり、前方から大声がした。

 声のした方向を見ると、そこには何やらこちらを指差す生徒の姿があった。

 瑠璃色の髪色の少女。

 少女は次の瞬間、


「確保ーッ!」


 なんか、両手を上げてこちらに突っ込んできた。

 いや、廊下を走るなよ。

 そう思うよりも前に、このままだと体当たりを食らって大ダメージを食らいそうだった。

 だから私は冷静に手をぐっと前に伸ばし――


「あぎゃああああああああああッ!!!!」


 少女の顔面を思い切り掴んだ。

 いわゆるアイアンクローである。


「いだだだだだだだっ!」


 ぺしぺしと私の腕を叩くが、残念ながらこちらは全然痛くない。

 

「ギブギブギブ! ていうか初対面の相手にいきなりアイアンクローってどうなのさ!」


 言われてみれば。

 そう思い、私はアイアンクローを解除する。

 私の手から解放された彼女は床に膝を付きぜーぜーと息をする。


「ふ、ふう。死ぬかと思った」

「いや、マジで貴方何者なんですか……?」


 よく分からないけど。

 なんだか面倒でオモシロオカシイ状況に巻き込まれたみたいだ。

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