第33話 始まり


 ──俺は。


 だけど……


「なーんて、ね」


 朋絵ちゃんは少し、ほんの少しだけだけど悲しそうな顔をしていた。


「貴方は、武さんには、まだ、やるべき事があるんだね」

「朋絵ちゃん。俺は」

「何も、言わないで。何となく分かったから」


 そして彼女は。

 満面の笑みを、精一杯の笑顔を俺に向けてくる。


「大丈夫。私の好きになった貴方は、きっとそう言う人だから。だから私は、大丈夫」

「絶対に、約束する。何時しかその時が来たら、俺は君の思いに対して、真剣になって答えを探す」

「あはは、応えてくれるとは言ってくれないんだね。でも、うん。分かった。その時を、私は待つよ」


 だから、と。

 彼女は自然な動きで、俺に身体を寄せて来た。

 手が伸ばされ、首に手を回される。

 ぐい、と。

 抱き寄せられ。

 次の瞬間だった。


 唇に、柔らかい感触。


 ただ、触れ合うだけの、子供染みたキス。

 だけどそれは、間違いなく彼女の精一杯。


「忘れないでね!」


 きっと、彼女の顔が夕日に染められていても分かるほどに赤いのは。


「武さんに一番最初に好きを伝えたのは、私だって事!!」


 その頬に、一筋のシズクが流れる。


「だから、その時まで! その事を覚えていてね!」


 それじゃあ!!


 去っていくその背中。

 俺はそれを消えてもなおしばらく目を逸らす事が出来なかった。

 

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