第22話 二つの危機
番長が二人のやり取りを微笑ましく見守っていた時、二つの危機が知らずの内に彼自身へと迫っていた。
八街邸にて――
校舎どころか学園の総面積よりも広い庭園は中央に噴水が、それを挟んで左右にはキチンと手入れされているバラ園が広がる豪奢な造りだ。
その光景を、当主である八街は書斎に拵えた窓の前に立ち眺めていた。
日々の激務の中、やっとのことで開けられた休みを堪能しようと、「よほどのことがない限り呼ぶな」と使用人達には伝えてある。
今日は誰も訪ねないだろう。そう思った瞬間、規則正しいノックの音で我に返る。
そして、振り返えらずに「入れ」とだけ伝えた。
入ってきたのは、明里の登下校で使うリムジンの運転役兼護衛役を勤めている中肉中背の老紳士だった。
娘の明里が爺と呼ぶこの人物は、そう呼ばれる程の高齢でありながらも背筋は伸びており、優しい眼差しの中に時おり刺すような鋭さを持つ老巧な人物である。
そんな彼は、すっかり白髪しか無くなってしまった頭を下げ、恭しく入室してきた。
「旦那様、少々お耳に入れたいことが……」
「何だ?手短にしてくれ」
当主は、やっとのことでもぎ取った束の間の休息を邪魔された苛立ちを隠せない様子でいい放つ。
だが、それは爺の言葉を聞いた瞬間に一変する。
「先日、明里様に頼まれましてある場所へと車にて赴きました。それはとあるアパートでして、その内の一室にお嬢様は用があったのでしょうか、30分程滞在して戻ってこられました」
「それはもう嬉しそうな顔で『料理を習いたい』と仰るのでその後僭越ながら私めがお教えしましたが、違和感を覚えた為こうして報告に参りました」
「そこはどこで、誰が住んでいるのか一刻も早く探せ!明里には一切バレないようにな!」
爺は血相を変えて叫ぶ当主にも動じず、またもや恭しく一礼したあとにその場を去っていった。
一人残った当主の頭の中は、混乱半分怒り半分といった所だ。
何故両親に告げず、隠れるようにしてアパートなぞに住む者の所に向かったのか。
これが同性ならまだ良いが、もし異性だとしたら……その時は有無を言わさずに別れさせるしかあるまい。
入学式の日に交わした『娘に手を出したら退学』という約束の影が刻一刻と迫っている事を番長は知るよしもなかった。
所変わって聖リリウム学園の校門前。
一人の男子が来週から通い始める校舎を眺めていた。
その風貌は狭間が入手した写真そのもので、浅黒い肌、長めの金髪に着崩した私服。それは名門校に入るには些か品位に欠けていた。
外見通り、頭が抜群に良いわけでもない。かといって運動が得意な訳でもない。
それでも、彼はある分野における才能を買われてこの学園に入ることになった。
「はー…早く来週なんねぇかなー。可愛い娘ばっかりの空間とかマジ最高っしょ。世界各国回ったけど、やっぱ日本最高だな」
そうぼやく彼は、実の所日本人では無い。肌や髪の色は元からであり、手を加えている所は一切無い。
にも関わらず流暢な日本語を話す彼。ここまでに血の滲むような努力をした……訳でも無い。
ただ単に日本人と少し話しただけである。
いや、この表現には語弊がある。
正確に言うと、美人または可愛らしい日本人女性へと手当たり次第に声をかけていっただけ。
つまりはナンパである。
ナンパ自体、努力の必要な行為ではあるが彼自身はそうとは思っていない。
それも一種の才能なのだが、彼の本当の才能とは、ナンパを通して言語学習が出来るというものだった。
そして、彼は先日まで世界一周旅行に行っていた。各地でナンパをし続けながら。
彼にとって自覚は無いが、実際に彼が話せる言語は100を超えていた。それこそがこの学園の
門をくぐることを許された理由である。
見た目がチャラいナンパの常習犯。
本来であれば入学できないであろう彼がこの学園の門をくぐるまで、もう既に一週間も無い。
果たして番長は八街父の追跡を振り払いつつ、ナンパ師から学園の平和を守る事ができるのだろうか。
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