第18話 尻込みと意気込み
姉貴に喧嘩を売ったその日の昼、俺は複雑な心境だった。
キレた勢いに任せて今まで勝ったこと無い姉貴に喧嘩を売った事に対しての尻込みと、それでもやらねばならないことだという意気込みが混じり合い、俺の心を姉貴対策に一歩進ませては一歩退かせる。
何度目か分からないため息をついていると、東が心配そうに顔を覗き込んできた。
「番長、目茶苦茶ため息ついてるけど大丈夫?」
「え?ああ、問題ない。姉貴の対策をどうするか決めあぐねていただけだ」
「番長をコテンパンにするくらいだもんね。番長は人の領域から外れかけてるけど会長はもう完全に新人類というか……バケモノ?」
「人とその身内をバケモノ扱いするな、全く。ただ、姉貴については同感だが」
完全無欠というのは彼女のためにある言葉なのだと錯覚する程、姉貴には欠点らしき欠点は無い。
幼少の頃、俺たちは自身の好奇心に引っ張られて色々な習い事に通っていた。
姉貴はその全てで「才能がある、是非その腕をウチで磨かないか」と誘われたが、一年もすれば先生やコーチすらも超えてしまうためそれ以上通うことは無かった。
小学生が一年で達人の大人を超える、その点を鑑みると確かに姉貴はバケモノだろう。
対して俺は格闘技全般を何年もやって来た。とはいえこれも中学に入り独り暮らしになった際に止めてしまったが。
俺自身も「才能がある」とは言われていたが、姉貴のようにコーチや師範を超えることは無かった為数年間続けていたのだ。
他人と比べたら才はある、だが姉貴には遠く及ばない。それが俺の、自身に対する評価だ。
「姉貴にはどんな勝負事でも勝てなかったからな」
チェスボクシングとかな、と最後に付けて言葉を切ると東の頭には「?」が浮かんでいた。
「チェスなの?ボクシングなの?」
「両方だ。チェスやって、ボクシングやって、を交互に繰り返す。どっちの競技で勝ってもいい」
「なんでそんなスポーツ?競技?をやろうと思ったの……」
「頭脳と体、両方で勝負できるだろ?……まぁ結果は俺の負けだったんだが」
「チェスで?ボクシングで?」
言いたくない回答を迫られて、俺はもうひとつため息をついて答える。
「両方だ。ノックアウト寸前までボコられたんじゃチェスに勝てるはずもない。チェックメイトかけられて殴りかかったらカウンター決められて沈んだ。……苦い思い出だ」
答えたと同時に八街が帰ってきた。その背後に姉貴がいるかと身構えるが今日は居ないようで胸を撫で下ろす。
「何のお話ですの?」
「番長と会長の対戦履歴について」
「あら、それは是非お聞きしたいものですわ」
そこから二人は他愛ない話に花を咲かせる。
時おり笑顔の浮かぶその光景を見て、より一層負けられないと意気込む。
二人の笑顔を曇らせる訳には行かない。やれるかじゃなく、もう「やらなければいけない」段階なのだ。何がなんでも姉貴に勝つ。それが今俺に出来ることだ。
気付けば、先ほどまでの尻込みはきれいさっぱり消えていた。
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