第16話 姉弟

 翌日、わたくしは中庭で昼食後の紅茶を嗜んでおりました。

 もちろん五所川原先輩も何故か同席しております。


「今日はアッサムか。ふむ、こちらも良い茶葉を使っているようだね」


 彼女が怯むだろうと十人に増やしたメイド達の「どなたでしょうかこの人?」という目線を一切気にすることなく、先輩も紅茶を嗜んでおります。


「良くこの状況で楽しめますわね。流石に驚きますわ」


 皮肉を込めて放った言葉を、先輩は誉め言葉を受けとったかのような表情をして言いました。


「っふ。いくら周囲に人が居ようが僕には君の事しか見えていないからね。居ないも同然さ」


 その台詞のキザさに、わたくしは絶句するしかありませんでした。


 ――――――――


 教室に戻る私の後を着いてくる先輩。廊下で生徒達とすれ違う度に黄色い悲鳴が沸き起こり、その場は騒然とします。


 生徒達に囲まれている隙を狙って何度か撒くことは出来ましたが、いつの間にかまた背後を取られているのです。


 観念してそのまま教室へ戻ると、窓際最後列辺りはわたくしの席が隠れるほど生徒が集まっておりました。


 そのうちの一人が先輩に気付くと、もう聞き慣れてしまった黄色い悲鳴を上げたのを皮切りに、人だかりは先輩目掛けて物凄い勢いで移動を始めます。


 それに呑まれないように避けると、わたくしは自席に座ります。すると、隣の番長は先ほどの人だかりに疲弊したのか、大きなため息をついて独り言をボヤきはじめたのです。


「どうにもならんな、あれは。姉貴に関する質問攻めにあって勉強どころかろくに便所もいけやしねぇ……はぁ……」


 彼はそう言って机に伏せようとしますが、それを阻むものがありました。


 ドサリ、という鈍い音に黄色くない悲鳴。


 それを聞いた瞬間、彼は先ほどとは打って変わってすっく、と立ち上がりその声の元へ駆け寄ります。


 人混みはある一点でまばらになっておりました。というのもそこには興奮しすぎて倒れた一人の生徒の姿があったからです。


 先ほどの鈍い音は彼女が倒れた際に出たのでしょう。番長は彼女へ駆け寄り打ち所が悪くないか確認しているようでした。


「……頭は打ってなさそうだ。このまま保健室に連れていく」


 そう言い彼女をお姫様抱っこで抱えると、番長は後ろ扉から出ていこうとします。


 先輩はというと、「お邪魔になりそうだし、僕もここでお暇させて貰うよ」と言い、番長の後を追います。


 二人はそのまま仲良く並んで……とはいかず、互いに喧嘩しながら教室から去るのでした。


「だから言っただろ?姉貴の周りじゃ人が倒れるんだからもしもの場合の事も学べって」

「そんなことしなくても心優しい我が弟がやってくれるだろう?」


「昨日とは随分言いぐさが違うなァ?おい?愚弟って言ったこと忘れたとは言わせんぞ」

「はて何のことやら」

「てめぇ……!」


 口ではああ言っておりますが、口論する二人の背中はどこか楽しげでした。

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