第12話 生徒会長の帰還

 番長からじきに転入してくる男の写真を見せられた日の昼。わたくしはいつものように中庭で昼食後ののどかな時間を過ごしていた……のですが……


「蘭を思わせるこの香り……上質なキーマン茶だね、これは」


 わたくしはティーカップを眺めながら「ミルクティーにしたくなるな」と一人零す目の前の女性をいぶかしげに眺めていました。

 腰まであるよく手入れされた黒髪、切れ長の黒い目。目鼻立ちは整っている上、背筋を伸ばして浅く座り、紅茶をたしなむ姿も様になっております。

 胸元にある校章の刺繍は2年生であることを示す赤い糸であしらわれており、その腕には「生徒会長」の文字が輝く腕章がつけられておりました。


 彼女はわたくしのいぶかしむ視線に気づいたのか、ここに来た理由を微笑みながら話し始めます。


「副会長から昼休みの中庭をとある生徒が占領していると報せを受けてね。様子を見に来たらこれはまた麗しい女性が優雅に昼食を採っていると来たものだ。お邪魔しない訳にはいかないだろう?」


 彼女はまるで劇の登場人物のような口調で歯の浮くような語句を並べ立てます。ウンザリしているわたくしの事などいざ知らず、彼女は続けて質問を投げ掛けて来ました。


「それで、麗しいお嬢様?貴女の名前をお伺いしたい」

「……相手の名前を伺う前にまずはご自身が名乗るべきでは?」

「っふ、これは失礼したね。僕の名前は五所河原。五所河原ごしょがわら沙希さき。五つの所に河原と書くんだ。ぜひ覚えておいてくれ」


『それで、君の名前は?』と聞きたげにこちらを見つめる五所河原先輩。

 その期待に応える為に、わたくしは嫌々ながら名乗ります。


「八街明里と申します。こちらこそよろしくお願いしますね。『生徒会長』さん?」

「気軽に沙希先輩と呼んでくれて構わないよ。あの娘たちの様にね」


 私の皮肉を籠めた答えを受け流し、わたくしの後方を見遣るように体を傾ける先輩。その目線の先には、生徒が二人で何やら騒いでおりました。


「ちょ、ちょっと待って!?八街さんと沙希先輩が一緒に居る!」

「二大お姉さまが仲良くお茶をされている光景……眩しすぎ直視できない……」


 きゃあきゃあとはしゃぐ二人に向かって、目の前の先輩はにこやかに手を振る。すると、二人は黄色い悲鳴を上げてぱたぱたと駆けだして行きました。


「おや、行ってしまったね。明里もなかなか皆からの人気を集めているようじゃないか」

「貴女には到底及びませんわ。それに、貴女の様に馴れ馴れしくもありませんもの」

「つれないねぇ。そろそろ時間も時間だ、ここでお暇させて頂くよ」


 そういって席を立つ先輩。わたくしはそれに返事をせず、ただ黙って紅茶を口にしておりました。

 立ち去る彼女の背中が見えなくなったと同時に、大きなため息を吐く。

 相手をしていてあんなにも疲れる相手が生徒会長だという、直視しがたい現実を受け止められなかったからでした。






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