第11話 復縁と依頼

 八街と東に過去を語った翌日、俺はいつものように朝早くに登校しては予習に精を出していた。


 そして、十分もしないうちに八街が姿を表す。これもいつも通りの時間だ。


「ごきげんよう。番長君」

「よう」


 互いに挨拶を交わし、俺は引き続き勉強に、八街は小説――どんな内容なのかは分からないが――を読み始める。

 それからしばらくすると東が登校する時間になるのだが……


「遅いですわね、栗栖」

「また寝坊でもしてるんだろ」


 ちら、と7時10分を指す時計を確認してからそうこぼす八街。東は週に一度の割合で「寝坊した~!」と8時前に教室へ駆け込んでくるのだ。


「昨夜はお話も盛り上がりましたし、仕方の無い事でしょうけど」

「メールでもしてたのか?」

「ええ、わたくし達の今後について話していました。それで、一つお願いが有るのですが……」


 八街はそこまで言うと、恥ずかしいのか視線を俺から外し、小説で口許を隠してから次の言葉を発した。


「その……栗栖との関係を修復しようと思いますの。ただ、先日のような事もあるでしょう?そこで、貴方に守って頂けないかと……」

「いいぞ」


 俺は二つ返事で快諾した。彼女達の関係が戻る。つまり、俺の目的は知らずのうちに達成されたのだ。

 つまり、これからはこの前のような事にならないように守護まもり通せばいいのだ。


「二人の秘密は漏らさないし、漏らさせもしない。そこについては俺は全力でやり遂げる」

「承諾して頂けたのは助かりますが……何かやたらと張り切っておりません?正直言って少々怖いですわ」


 おどけながらそう言う八街に対し、俺は苦笑しながら答えた。


「二人の信頼に応えるためだ。張り切りたくもなるさ」


 こうして改めて頼りにされたということは、彼女たちからは俺が秘密を漏らさない奴だと認識されているということだ。

 それほど信頼を置かれた事に対して思わずニヤけてしまう。

 八街はそれを見逃さず、微笑みながら指摘した。


「ほら、頬が緩んでますわよ」

「ん?そうか」

「先日も言いましたが、笑っていた方が素敵でしてよ」

「覚えておくよ」


 そんなやり取りをしていると、東が息を切らしてやって来る。


「おはよう!まだ誰も来てない……よね?」

「よう」

「ごきげんよう、栗栖。また寝過ごしましたの?」

「明里が遅くまでメッセージ送ってくるからだよ!」


 微笑ましいやり取りをしながら、東は自席に荷物を置いて八街の前の席に座る。

 彼女達は人前で互いのことを呼ぶときは「さん」や「ちゃん」を付ける。それをしていないのは二人きりで会う時だけ。


 俺の前でその呼び方をするということが何より信頼しているという証だ。


「あ、番長が笑ってる」

「先程からずっとこのような調子ですのよ。少し気味が悪いですわ」

「ねー。ちょっとは落ち着いた方が良いよ?」


「笑えと言ったと思えば笑うなとは、忙しい奴らだなまったく……」


 俺は彼女達のころころと変わる要求にまたもや苦笑する。

 こんな他愛もないやり取りがいつまでも続けば良いのだが。


 そう思った時だった。右ポケットに入れていたスマホが数回、断続的にバイブレーションを繰り返す。メッセージでも入ったのかと画面を確認すると、狭間からのメッセージが数件入っていた。


『非番君、おはようございます』

『今日の職員会議で男子の転入生が来ることが分かりました』

『話を聞く限り、どうやら結構いいところのお坊っちゃまだそうです』

『名前、転入日等現状では分かりませんので詳細が分かり次第また連絡します』


 俺はそれに「引き続き頼む」と返信すると、何故か知らない男の写真が送られてきた。

 件の男子の写真だろうか。だが、それは『お坊っちゃま』というには少々疑問がある見た目だった。


 小麦色の肌、男にしては長い金髪、殴りたくなるような半笑いを浮かべ、いかにも『うぇ~い』とでも言っているような顔。

 それはどこからどう見てもチャラ男だった。


 こんな奴を野放しにしたらどうなるかは目に見えている。即刻情報を集め、事前に対策を練らなくては。

 その前に彼女たちに情報共有しておこう。


「二人とも、これを見てくれ。今度入ってくる男子の写真だ」


 ずい、と二人の前にスマホを差し出すと、彼女達は覗き込んでは苦い顔をして苦言を呈する。


「何か……生理的にムリ」

「同感ですわ。何かの間違いではありませんの?ここに入れるような知性が有るように思えないのですけれど」

「裏口入学か……それか特別推薦組だろう。いいところのお坊っちゃまと聞いたし前者の可能性が高いがな」


 この学園には、特別推薦枠という特殊な入学方法がある。

 抜きん出てスポーツが上手かったり、ある一点の技能に熟達している者がその才能を認められて入学および編入することが出来るのだ。


 もっとも、国内トップクラスの学力に匹敵する才能を持っている、つまりスポーツで言えば全国大会に出られる程の技術が必要な為、特別推薦で入る者はほとんど居ない。


 とにかく、コイツがどんな奴であろうと俺は今までと変わらず目の前の彼女達やここの生徒を男から守るだけだ。

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