第10話 過去と名字
俺は政治家の父と専業主婦の母との間に生まれ、幼少期は何不自由なく育っていった。
一つ違いの姉と妹に挟まれてはいたが兄妹の仲も良く、喧嘩をすることも無かった。
やりたい事は何でもさせてくれたし、行きたいところはどこへでも連れて行ってくれた。
そんな環境で育った俺は自分で言うのも何だが、小学校でも上手くやっていたと思う。明るく、クラスの中心的な存在。今のように仏頂面ではなく笑顔を絶やす事は無かったしな。
だが、そんな平和な日常は突如崩れ去っていった。
一つ上の姉が中学校へと進学した年、俺は「伝えたいことがある」と言われ親父の元へ呼び出された。
そこで告げられた内容は、小学生の俺では到底理解できない内容だった。
「お前が居ると姉妹達の仲がこれ以上深まらない。だからお前を勘当する」
カンドウ。小学生であれば真っ先に思い浮かべるのは「感動」の方だろう。その時の俺もそういう理解だった。だから親父に文脈が理解できないと訴えたが、親父は小学生の俺でもわかるように残酷な現実を、理解不能な理論と共に叩きつけてきた。
「この12年間、お前を育ててきて分かったことがある。やはり俺は息子を持つべきでは無かったということだ」
あっけにとられる俺をよそに、親父は続けた。
「幼少期から、お前は娘たちが楽しく遊んでいる所に入ってきただろう?その光景を見るたび、お前が煩わしくなってな――」
途中からはショックのあまり覚えていない。ただ、その言葉には謝罪や後悔の言葉が出なかったことだけは覚えていた。
結局そこからはとんとん拍子で話が進み、俺の反対意見をすべて無視して俺が小学校を卒業すると共に家を出ることになった。事実上の絶縁である。
本来であれば法律で認められないそれを、親父はあろうことか政治家という立場を使って無理矢理通してしまったのだ。
小六の一年間は激動の一年だった。
これから独り暮らしするために料理や家事のスキルを身に付けた。
中学に上がり、親が居ないという理由でいじめられない為に体を鍛え、勉強には一層熱を入れた。
なにがあっても対応できるように本を読み漁り、色々な知識を蓄えていった。
こうして今の俺の土台が出来上がっていった。
ここからは二人に話していないことなのだが、その一年間で俺は親父が言っていたことを理解しようと姉と妹の兄弟愛に関して調べていた。
その過程で百合にどっぷりとはまってゆき、俺も立派な百合厨になっていったのだ。
ただ、結局親父の言っていたことは分からなかった。
百合の尊さと、百合に男が割り込んで邪魔される不快感はそれに関係する本を読み漁った為よく分かる。
だが、実の娘たちが和気藹々と遊んでいる所に
ましてや息子がそこに混ざっただけでそれを邪魔された、追い出そう。と考える思考回路は少なくとも正常ではない事だけが分かった。
――――――――
俺が百合厨になったいきさつを頭の中で振り返っていると、俺が急に黙り込んでしまったと勘違いしたのか、八街が口を開く。
「今ので全部ですの?」
「いや、すまん。色々思い出してな、次に何を話すか悩んでいただけだ」
「……そうだな、最後に俺の名字について語ろう。薄々感づいていると思うが、俺の
俺はそう前置いて続きを話す。
小学校の卒業式前日、俺は親父からとある紙を一枚渡される。そこには、改姓届けという文字が書かれていた。
親父は何も言わないが、絶縁したのが世間にばれると厄介だからそのように仕向けたということは何となく分かった。
だから、俺は珍しくも意味のある名字を考え、それからはそう名乗るようにした。
俺の中には目の前の、何を考えているか分からない男の血が流れている。
もし俺が息子を持ったとすると、同じことを繰り返してしまうのではないかと恐れたからだ。
俺は改姓届けにその二文字を一気に書き上げると、眼前の男に叩きつけてこう言った。
「あんたのような、息子を捨てるような奴にはならない。だから俺は子供を作らないし、夫婦どころか彼女すら作らない。だから俺は明日からこの名を名乗る」
目の前の男は他人事のように「そうか」とだけ答えると出ていった。それが最後の言葉だった。
――――――――
「以上が俺の昔話だ。つまらない話だっただろう?」
俺の話を聞いた二人はそれぞれ別のリアクションを取っていた。
「番長何も悪い事してないじゃん……酷すぎるよ……」
悲しそうな顔をして俺に同情する東。対して八街は親とは思えない、無責任にも程がある振る舞いに対し怒りを露にする。
「自身が気に入らないから親の義務を放棄する……?言語道断ですわ。もし罰を与えたくなったら仰っていただければ全面的に協力しましょう。あ、あくまで疑っていたお詫びとしてですわよ!?」
取って付けたような言い訳に苦笑しつつ、俺は二人に礼を言った。
「誤魔化し方下手過ぎるだろ……。ともかく、ありがとな、二人とも」
正直な所、二人に真実を話しても信じられないのではないかと思っていた。
客観的に見れば突拍子もない話で、まだ俺が暴力沙汰でも起こしたからだと言われた方が何倍も真実味がある。
にもかかわらず彼女達は疑うことなく信じてくれた。だから感謝の言葉を伝えたのだが、当の二人はおかしな物を見る目で俺をじっと見ていた。
と思えば二人は微笑んで俺の表情を指摘する。
「貴方、そんな顔も出来たのですね」
「番長、笑ってた方が絶対いいって!いつもみたいなムッとした顔よりもさ!」
「そんな顔してたか?」
「してたよー。あーあ、戻っちゃった」
「そ、そうか……」
「これからさせれば良いのですわ。わたくしと栗栖の二人で」
「それもそうだね!じゃ、番長、覚悟してね?」
「……お手柔らかに頼む」
こうして三人仲良く帰路に付くのであった。
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