第8話 疑惑と噂

 東の家にお邪魔した翌日の昼休み。俺は今、生徒会室に呼ばれて事情聴取を受けていた。

 というのも、昨日東を助けた際の一部始終を誰かが見ていたらしく、匿名で「番長の様な大男が人を殴っている」と通報があった為、俺がこうして呼ばれたのだ。


「で、何故あんなことを?」


 入り口正面に鎮座する会長席に座る三年生が立ち尽くす俺に質問を投げ掛ける。


 その席に居るということは彼女こそが生徒会長なのだろうと思ったが、左腕に付けられた腕章には「副会長」の文字があった。


 麻川真琴あさかわまこと。この学園の副会長であり、病欠している生徒会長の代理を務めている生徒の名だ。肝心の生徒会長は俺が入学してから一日も学校に来れて無いらしい。


 黒髪のショートボブに、斜めに流した前髪。髪型からはやや緩い印象を受けるが、彼女は組んだ両手を机の上に乗せ、赤いスクエアアンダーリム越しに俺を睨む。


 そこには緩さなど微塵もなく、むしろ厳しい印象を受けた。そして彼女は俺の印象そのままに、威圧するような声色で再度問いかける。


「なんとか言ったらどうだい?」

「通りがかったらウチの生徒が困っていた様子だったので、としか答えようがありません」

「ほう?その生徒の名前は?」


 左の眉だけつり上げて質問を重ねる先輩。それは俺の言い分を疑っているという事だった。

 俺は正直に東の名前を出して疑いを晴らすことにした。


東栗栖あずまくりす。同じクラスの出席番号1番です。見た目は栗色のポニーテールをした……」

「そこまででいい。本人を呼んでこよう」


 彼女が腰を上げたその時だった。生徒会室のドアが三回、リズミカルにノックされる。


「どうぞ」

 立ち上がっていた麻川先輩は、机に伸ばした両手を付きながらそう答える。それに応じてドアから顔を覗かせたのは先輩が呼びに行こうとしていた東だった。


「え、えーっと、1年C組の東です……」

「君が東くんか。丁度探していた所でね。さぁ入ってくれ」


 緊張でぎこちなく歩みを進める東をよそに、いつの間にか座り先ほどのポーズに戻っていた先輩は東に問いかける。


「昨日、君は何かしらのトラブルに巻き込まれたと彼から聞いたが、本当かい?」


 ポーズだけではなく、眼光も先ほどの鋭さに戻っていた。

 東はそれに気圧されたのかビクッと体を震わせて答える。


「ひゃ、ひゃい!男の人に囲まれてどこかに連れていかれそうになったんですけど、横にいる番長君に助けて貰いました……」

「そうか。人助けの為に力を振るう。まぁ理にかなっているな」


 ゆっくりと頷く副会長。一瞬脱力したためこれで終わりかと思ったが、耳を疑う言葉が彼女の口から飛び出してきた。


「だが、だからと言って入院するほどの怪我を負わせていいわけじゃない」


 先輩の眼には『程度を考えろ』と言わんばかりの怒りが見て取れる。

 確かに俺は彼らに一発くれてやったが、あくまで軽い脳震盪を起こさせる程度の物で入院が必要になるほど痛めつけた訳じゃない。そう反論しようとするが先んじて東が俺を庇う。


「待ってください!番長は三人をそれぞれ一発しか殴ってないんですよ!?なのに入院っておかしいです!誰がそんなこと言ったんですか!?」

「匿名での通報だ。向こうの名前は分からない」

「被害者本人が都合のいい様に仕立て上げようとしている線は?」


 クズほど自身の行動を正当化したがる。『自分たちは悪くない』と厚顔無恥につらつらと語る様子が目に浮かぶ。


「もちろんそちらの線も視野には入れている。ただ、探すのに時間が掛かるため先に君たちに事情を聞いたということだ」


 組んだ両手をほどき、すっくと立ち上がる先輩。そのまま俺たちの前までやって来るとその頭を下げた。


「協力ありがとう。そして疑ってすまなかった」

「いえ、こんなナリしてるんで疑われるのは慣れてます」


「会長とは違い私は『疑わしきは罰せよ』がモットーでね」と申し訳なさそうに語る先輩は、「必ず件の三人を見つけ出し報いを受けさせる」と約束してくれた。


「今校内で流れてる噂に関しては生徒会から『彼は生徒を守るために最低限の武力行使をしただけ』という噂として流す」

「はい先輩!一斉に告知しないのはなんでですか?」


 東が勢いよく挙手して問いかけると、麻川先輩は微笑しながらこう答えた。


「正式に『やってない』と告知すると、本当か?と勘ぐる人たちも居るからね。同じ内容を噂にして流すと、何故かすんなりと受け入れてくれるものなんだよ」


「人というのは噂が好きだからね」と先輩は言うと昼休み終了を示している時計を一瞥して俺たちに退室を促す。


「おや、もうこんな時間か。もう昼休みも終わるし教室に戻った方がいいだろう」


 ――――――――


 先輩の言葉を受け、教室に戻る途中で東が申し訳なさそうに話しかけてきた。


「番長、ごめんね?私のせいで……」

「被害者である東が謝ることはないだろ。謝るべきは手を出してきたアイツらの方だ」


「でも……」と彼女は納得いかない様子だったので半ば強引に話を切り上げる。


「教室、ついたぜ。さて……どんな噂が流れてるのやら」


 あえて茶化すような口調で言い放ち、教室の前扉を開ける。

 すると、先ほどまでは賑わっていた教室は一瞬のうちに静寂に包まれた。


 俺はそれを意に介さず窓側一番後ろの自席に座る。すると、隣に座る八街が怪訝な顔で俺に話しかけてきた。


「貴方、何をしでかしましたの?学校中で噂になってますわよ」

「東が絡まれてたから助けただけだ」

「そ、そうなんだよ皆!番長はなにも悪くないよ!」


 東の言葉を聞いたクラスメート達は口々に驚きの言葉や納得の言葉を口にする。

 気付けば教室はいつも通りの喧騒を取り戻していった。


 余談だが、生徒会が流した噂は尾ひれが付きに付いて俺は一人でカチコミにいって組を壊滅させて返ってきた化け物ということになっていた為、向こう一週間はその誤解を解くために四苦八苦した。

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