第7話 お邪魔します
東の誘いに乗った俺は、彼女に連れられて自宅まで案内されていた。
「あ、あそこだよ。ちょっと待っててね。お母さんとお父さんに説明してくるから」
そう言い残して東は自宅へと姿を消す。
両親が家にいるなんて聞いていない。それを抗議しようとするがもう遅い。
一人残された俺は仕方なく家の外観を観察して待つことにした。
赤い屋根を備えた二階建ての一戸建て。停まっている車が軽自動車な辺り、四人以下の家族だと推測できる。
「番長、お待たせ!さ、入って入って」
「ああ、……お邪魔します」
手招きされて玄関に足を踏み入れると、そこには彼女の母親が立っていた。
「いらっしゃい。あなたが噂の番長君ね。いつも栗栖がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ東さんには学校で色々とお世話になってます」
穏和な笑みを浮かべる彼女は当たり前だが東とよく似ていた。栗色の毛はポニーテールではなく緩く一つに纏めて左肩から前へと流していた。
身長もそれほど変わりなく、親子というよりも姉妹と言われた方が要領を得る位だ。
一通りの挨拶を終えた俺は脱いだ靴を揃えて整える。
それを見た東は、笑って言った。
「ほんと、番長って見た目によらず几帳面だよねー」
「靴を揃えるくらい誰でもやるだろう。マナーみたいな物だろうが」
「そうよ栗栖。あなたはもう少しきちっとしなさい」
「はーい」としょげながらリビングへ消えて行く東は、言われたばかりだと言うのに靴を脱ぎ散らかしたままだった。
彼女の母親はそれに苦笑しつつ、「ごめんなさいね、あの子ったら……」と言うので、俺もぎこちない苦笑で返した。
丁度夕食の準備をしていたようだったので、なにか手伝えることが無いか聞いたものの、特に無さそうだったので出来上がるまで東に誘われて彼女の自室で待つことにした。
壁紙、絨毯、学習机にベッド。濃淡の差はあるがどれもピンクを基調にした色合いの物ばかりで、いかにも女子の部屋、という印象が強い部屋だった。
東は真っ白なテーブルをどこからか引っ張り出してくると部屋の真ん中に置いてそこに座る。俺もそれに倣って腰を下ろすと、突然東が奇妙な事を聞いてきた。
「そういえば、番長って苦手なものとか有るの?」
「苦手な物か……強いて言うなら姉という存在だな。もう疎遠になったが」
「お姉ちゃんいるんだ?どんな人?」
「……ノーコメント」
「えー……じゃあ話題変えよっか。」
そうして話題は先程とは真逆の好物に関するモノへと変わる。さっきとは打って変わって話も弾み、気付けば夕食の時間になっていた。
――――――――
「えー!?番長って一人暮らしなの!?その年で!?」
東の上ずった声が夕食を囲む食卓に響く。
「そうじゃなかったら特売に駆け込む訳無いだろうが。それに、中学の頃からずっと一人暮らしだったぞ」
今一つ納得しないという彼女をよそに、彼女の母親は合点がいった様だった。
「道理で料理のスキルが高いのね。栗栖がこの前話していたもの」
「ちょっとお母さん!」
東の制止もなんのその、彼女は続けて語る。
「この子ったら最近は帰ってくると『番長君』『番長君』ってあなたのことばかり話すのよ」
「止めてってば!」
「いいじゃない、こんないい人滅多に見つからないわよ。知的で物静かで料理が出来ていざというとき頼りになる、ほとんど理想の男性じゃない。さっさとモノにした方がいいわ」
そんな会話に咳払いで割り込むのは、東の父親だった。厳格そうな顔をしているがその口から出たのは物腰柔らかな言葉だった。
「有栖、モノにする、なんて彼を軽んじてるような言い分は止めた方がいい。それに、まだ早すぎるだろう」
「それについては同感です。まだ二週間しか経っていないのに付き合う云々の話は早いのでは……?」
「だから違うってー!」
その後も他愛ない話をしながら時間は過ぎて行き、あっという間に俺の帰る時間になっていた。
「折角だから泊まって行けばいいのに」と語る有栖さんの提案を「明日使う教科書を置き忘れたので」とやんわり断り、俺は帰路に付いた。
――――――――
にしても、よもや東と付き合う云々の話が出るとは思わなかった。あのときは東の父親が「まだ早い」と苦言を呈してくれたお陰で助かった。
東と付き合うことになったら俺の目的達成がかなり遠ざかってしまうからだ。
俺は今、別れてしまった東と八街の関係を修復するために動いている。
別れた事を知ったあの日に告げられた言葉から察するに、そういう関係だと知られなければ寄りを戻せるとも解釈できる。
だとすれば、まだ復縁できる可能性は十分にあるのだ。
だが、そこに俺が東と付き合うことになったらその可能性はなくなってしまう。
俺が二人の間に割って入る訳にはいかない。
むしろ、俺がすべきことは他の誰かが二人の間に『お邪魔しま~す』と割って入る事を防ぐ事、そして秘密を知る者の口止めだ。
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