第6話 尾行

 番長が料理上手だと明里に報告してから一週間たったある日、私はその日も何の成果も得られないまま一日を終えようとしてました。


 今日の授業が全部終わったことを知らせるチャイムが鳴り、帰りの会が終わると帰宅部である番長は荷物を纏め、教室から出ていった。


 たいして明里は送迎の車を待つ間、他の子達と話して時間を潰すみたいだった。私はいつも他のグループの子達と帰っている。


「栗栖ちゃん、帰ろー?」

「ごめんね、今日ちょっと用事があって……明日は一緒に帰れるから。本当にごめん」


「そっかー。じゃあまた明日ねー」そう言う彼女達を残して私は一人教室を出る。


 実際は用事なんて無いけれど、私にはやらなくちゃいけないことがある。番長の秘密を探り、明里にそれを伝えることだ。


 さっき声をかけてきた子達とも仲は良いけど、あくまでクラスメート止まりだ。

 けど、明里は私にとってそれ以上。どっちの頼みを優先するかは考えなくても分かる。それに、上手くいけばまた『ごほうび』が貰えるかもしれないし。


 その光景を想像したせいか、頬が熱くなる。この前は狭間先生のせいでおあずけされてしまった為、いますぐにでもあの柔らかい明里の唇が欲しい。


 欲しがりな右頬をさすってごまかすと、私は番長の秘密を探るために彼の後をこっそりと尾けることにした。


 ――――――――


 その頃、当の番長は足早にとある場所へと歩を進めていた。


 今日だけはどうしても行かなければいけない場所がある。今日を逃してしまえば、次にこのチャンスが訪れる日はいつになるか分からない。

 だが、同じ機会を伺っている者は大勢いる上俺の狙いは数に限りがある。だからこそ、一刻も早く向かわなければ。


 この際、先ほどから50メートル程後ろで俺のことを尾けている東のことは気にしなくても良いだろう。


 何故そんなことをしているかは分からないが、俺を見失なわないように背中に視線を集中させ過ぎだ。恐らく俺でなくても尾行されていることが分かるだろう。


 せめてもう少し上手くやってくれ……気が散ってしまってしょうがない。


 背中に突き刺さる視線を無視しながら目的地へ向けて突き進んで行くが、それから五分程すると、先ほどまで感じていた視線を感じなくなった。


 なにも無くて飽きたのだろうと深く考えずにいたが、ふと頭に嫌な予感がよぎり、俺はきびすを返して元来た道を駆け出した。


 ――――――――


 あー……最悪。番長は見失うし、帰るに帰れないし、こんなことならいつもどおり普通に帰っておけばよかった。


 ビルとビルの間で、金髪やピアスをしている、チャラチャラした男三人に迫られながら私は心の中で呟いた。


「ねーねー。これからオレ達と遊ばない?」

「退屈はさせないからさー」

「てかこの制服、百合高じゃね?名門の」

「まじ?めちゃ高嶺の花じゃ~ん。ラッキー!」


 目の前の三人は、私の返事を待たずに軽い口調で話を進めていく。このままじゃどこかに連れてかれて――――


「おい」


 下を向いてそんなことを考えていたら、聞き覚えのある声がした。間違いない。さっきまで後を追っていた番長の声だった。

 ただ、その声はいつもの落ち着いたものじゃなく、狭間先生を問い詰めた時の様に怒った調子だった。


 チャラチャラした三人は、その声に振り返ると、同じく怒った様子の声で番長を威嚇する。


「あ?何だてめぇ?」

「タッパあるからって調子のってんじゃねぇぞ?」

「自信ありげだけどよ、三人に勝てると思ってんのか?」


「こんな狭い路地で数の有利を語るなんて、見た目通りのバカだったか。頭に栄養が行ってないから髪の色もそんな小汚ねぇ金色になるわけだ」

「んだとゴラァ!」


 一人が番長を右手で殴ろうとした為、私は怖くなって目を閉じた。次の瞬間、殴った音が聞こえる―――はずだったけど、数秒立ってもいっこうに聞こえてこないため目を開ける。


 すると、視界に入ったのはさっきまで殴りかかろうとしていた男が倒れる様子だった。


 ――――――――


 一人は処理した。残る二人は動揺しつつもそのまま襲いかかるか、それとも東を人質にするか決めかねているのだろう。


 二人同時でも俺は問題ないが、東に危害が及ぶのを避けるためこちらから仕掛けることにした。


 俺たちの間は三歩ほどの距離があるが、それであれば一瞬のうちに距離を詰めるなど造作も無い。

 一足踏み込み、残る二人のアゴに拳をお見舞いする。

 といっても、普通に殴る訳ではない。背後の雑踏に気付かれ無いように音を出さず顎にカスらせるようにしてフックを喰らわせる。


 そうすることで脳を揺らし、脳震盪のうしんとうを起こさせて意識を奪う。

 二人とも一人目の様にくずおれ、三人とも無力化出来た。

 あとは騒ぎにならないうちにここを離れるだけだ。


 俺はいつのまにかへたりこんでいた東に左手を差し伸べながら無事を確認する。


「怪我、無いか?」

「うん、大丈夫……。ありがとね」


 彼女は俺の手を掴み立ち上がると、掴んでいた手を両手で握りそのままお礼を言った。

 だが、恥ずかしかったのか赤面しながら手を離し、誤魔化すように言った。


「それより、早くここを離れよう?喧嘩してたなんてことバレたら学校に居られなくなっちゃうよ」


「そうだな」と短く返すと、俺たちはその場を後にした。


 歩き出してから少し経ち、東が思い出したように聞いてきた。


「そういえば、なんで私があんなことになってるって分かったの?」

「……さっきまで背中に突き刺さっていた視線が急に無くなれば何かあったに違いないと思うだろ?」

「え?もしかしてバレてた?」

「……尾行するときはそいつの足元や周囲を見ると良いぞ」

「そ、そっか……番長はどこかに行く予定じゃなかったの?急いでたように見えたけど」


 その質問で、当初の目的を思い出す。スマホで時間を確認するが、そこに表示されているのはもう間に合わないという事実だけだった。


「問題ない。たかがスーパーの特売、絶対に行かなければならないというわけでもないしな」

「ス、スーパー!?し、しかも特売って……あはははは!主婦じゃな、無いんだから、あははは!」


 何が可笑しいのか、東は腹を抱えて笑い出す。特売に行けなくとも食費を切り詰めればなんとかなる。


 それだけでこの笑顔を守護まもれるのであれば今後一切その機会が無くても良いくらいだ。


 東はひとしきり笑うと、ある提案をしてきた。


「じゃあ、助けてくれたお礼にウチでご飯食べてかない?」


 実に魅力的な提案だった為、オレはその誘いに乗ることにした。

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