第5話 初めの一週間が過ぎて
最初の二日間こそいろいろな事があったが、それ以降は大きな事件も無く一週間が過ぎようとしていた。
変わったことと言えば、東がやけにまとわりついてくるようになった事だ。
「一週間が過ぎたけど、あの番長見かけによらず大人しいよね」
「いやー分かんないよ?そう思って近づいたら最後、美味しく食べられちゃうかもしれないし……」
昼休みに入ると、教室の前方で他愛ない話をしていた二人組が俺の噂をし始める。何やら俺は人を取って食おうとしている怪物と誤解されているらしい。
実際には今しがた授業が終わりそそくさと教室を出ていった
そう心の中で
「ばーんーちょー」
「ほら、栗栖さんがお呼びですわよ」
「……またか……」
東が昼休みに俺を呼ぶのはこれで一週間連続である。そして俺の席の一つ前に腰かけると、お決まりのあの言葉を繰り出してくるのだ。
「一緒にお昼食べよ!」
彼女は俺の返答を待たず、弁当を俺の机に広げてくる。俺も仕方なく自作の弁当を広げる。二つの弁当箱は大きさから入っている品まで正反対だった。
東の弁当箱は小振りで、中の品も緑黄色野菜がふんだんに使われており見た目も華やかである。対して俺の弁当はというと、先ほど片付けた教科書と同じくらいの大きさに、白米の白と肉の茶色が目立つ。
ただひとつの例外は少し甘めに味付けした卵焼きだ。自分で飯を作るようになって、あまり凝ったものは献立に入れなくなったのだが好物である卵焼きにだけは毎日全力を注いでいる。
「またお肉ばっかり……。良く飽きないねー」
「それを言ったらそっちも野菜ばかりだろうが」
東と他愛ないやり取りを交わしていると、いつのまにか八街は姿を消していた。その疑問を目の前でサラダを頬張る東にぶつけると、咀嚼中の物をきちんと飲み込んでから答えが返って来る。
「明里ちゃんはね、いっつも中庭で専属のシェフさんが作る料理を食べてるんだよ。お弁当じゃなくてその場で作って貰うんだってさ」
「流石はお嬢様と言ったところか。だから一緒に食べないのか?」
「そうだねー。私、食事は楽しく食べたいし、あんな高級なもの食べたら緊張で味分からなくなるから」
そう言いながら、彼女は俺の弁当にある卵焼きをかっさらっていく。そして、俺が抗議の声を上げる前にそれを口に放り込むと、目を輝かせて感想を述べる。
「甘くておいし~い!番長のお母さん、料理上手だね!」
「一応言っておくが、それを作ったのは俺だ。というか卵焼き返せ」
「え!?番長料理出来るの?じゃあ毎朝卵焼きだけ作ってきてよ。私が食べるから」
「……」
呆れて物も言えなくなった俺は、そのまま黙って箸を進めるのであった。
一方その頃、八街明里は学園の中庭にて昼食が出来上がるのを優雅に待っていた。
本来、生徒であれば自由に使えるはずの中庭の一角はこの時だけ彼女専用の空間と化す。彼女の従者たちはロングスカートのメイド服に身を包み、物言わずに彼女の一挙手一投足を見守る。
彼女らから見た本日の主は大層機嫌が良さそうで、今も食前の紅茶を鼻唄混じりに楽しんでいた。
隣の席の番長に対する策略は今のところ大きな失敗もなく順調に進んでいる様でした。その策略と言うのは、『わたくしと栗栖が別れた様に見せかける』というもの。
狭間先生から守ってくれたのは大変感謝しておりますが、それだけで信用に足る人物か見極めるのは時期尚早というものです。
お父様から男と交流するのであれば身辺調査は怠るなと言われておりますし、警戒するに越したことはありません。もし、彼が狭間先生と同類の男で、あの時知った秘密を反故に今度は彼から脅されては一巻の終わりですから。
その為、栗栖との関係を終わらせたと彼の前であえて打ち明けることでこちらの秘密を無かったことにしつつ、彼がなにかしら企んでいないか確認したかったのです。結果として、わたくしの目には彼が何かしら企んでいた様に見えました。
彼が何を考えているのかは分かりませんが、わたくし達の安寧を脅かすというのであれば、どんな手段を使ってでも排除させて頂きます。その判断材料を集めるために、栗栖に『番長となるべくいるように』と伝えたのですから。
彼女が彼の情報を持ってくる度に、仏頂面の裏に隠された素顔が
『料理上手(特に卵焼きは文句無し!)』
……もしかすると、わたくしは人選を間違えたのかもしれません。
ここ一週間で得られた情報といえば、彼が見た目によらず几帳面で、勉強が出来る上に料理上手、おまけに猫派。
たったのそれだけでどうしろというのでしょう。核心に迫るものはただの一つすらありません。
ただ、たかが一週間で尻尾を出すとは思えませんし、栗栖には継続して調査をして貰いましょう。進捗度合いによってはわたくしもそれに加わざるを得なくなるかもしれませんが。
とにかく、今は運ばれてくる料理をいただくとしましょう。腹が減っては、とも言いますし。
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