第4話 破局報道
翌朝、送迎の車から降り立ったわたくしは玄関口にて靴を履き替えておりました。何気なく、番長の名前が書かれた下駄箱を開けてみると、そこには学校指定の黒のローファーがきっちりと爪先を揃えて鎮座しております。
それを見て、わたくしは昨日お世話になった彼への感謝の言葉を思い浮かべながら教室へと向かいました。
教室のドアを開けると、中にはやはり番長が昨日と同様に参考書とにらみ合いをしておりました。彼はわたくしに気付いた様で、ペンを置き短く挨拶をします。
「……おはよう」
「ごきげんよう。やはりお早いですのね」
「そっちもな。……あの後どうなったか知りたいだろうし、聞かれる前に話しておく」
わたくしが荷物を机のフックに掛けて座ると、彼は事のあらましを話し始めます。
「結論から言うと、奴にはこのままこのクラスの担任をして貰うことにした。罰を与える手段はいくらでもあったが、秘密裏に行うとなると手段がかなり絞られる。この件が公になれば奴は絶対に辞職させられるだろうし、その過程で昨日の秘密が漏れる可能性があるからだ。だから、あの事を黙っておく代わりに俺の言うことには絶対服従するという条件を課した」
彼が語りながら右ポケットから出したスマホには、メッセージアプリの会話画面が表示されており、相手の名前はハザマとなっておりました。
「これだけで満足いかないなら言ってくれ。他に何かしら考える」
「秘密裏に処理してくれただけで十分ですわ。あの事はまだ肉親を含め誰にも話しておりませんの」
「だろうと思ったよ。誰しも隠しておきたいことはある。それを悪気がないにせよ暴いてしまうのは俺とて本意じゃない」
まぁ、奴は100%悪気をもって暴こうとしたんだからこうなったんだがな、と締め括り彼は再び机に向かい合おうとします。わたくしはそんな彼に質問を投げ掛けようとしますが突如開いたドアの音がそれを遮ります。
昨朝のことを思いだし振り返るとそこに立っていたのは狭間先生……ではなく息を切らして扉に手を掛けていた栗栖さんでした。
――――――――
「はぁ…はぁ…二人とも、おはよう」
肩で息をしながら入ってきたのは昨日八街と一緒にいた、東と呼ばれていた女生徒だった。栗色の毛は毛先が丸まったポニーテールの形も相まってリスを思い出させる。
そんな彼女は廊下側最前列の自席に荷物を置く前に俺たちのところへとやって来る。
「ごきげんよう栗栖さん。そんなに息を切らしてどうなさいましたの?」
「下駄箱に二人の靴があったのが見えたから……誰も来ないうちに昨日のことを聞きたくて」
「二人の秘密を守るため、表面上は何もなかった様に処理しておいた。事を荒立てると何かと厄介だろうしな」
その言葉を聞いた東は驚いた顔をして言葉を漏らす。
「え?そうなの?てっきり先生は見るも無惨な姿になって入院が必要な状態なのかと思ったんだけど」
「あのなぁ……俺をどんな奴だと思ってるんだよ」
俺の苦言に対し、東は悪びれた様子も見せずに笑って返す。
どうやら、昨日の教室で見せたしおらしい表情は八街の前でしかしない物なのだろう。皆の前ではこのような、お調子者のような振る舞いで通しているに違いない。
「ごめんごめん。見た目通り、番長っ!って感じの性格かと思ったんだけど話した感じ結構違うねー。明里ちゃんとの関係がこれまで通りで大丈夫なら、昨日の話も無しにする?」
「いえ、念には念を入れよとも言いますし、昨日話した通り、わたくしたちの関係は解消すべきですわ」
「えっ!?」
耳を疑う言葉を聞いて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺の事を二人は怪訝な顔をして見る。よほど面白かったのか、東は数秒我慢していたが耐えきれずに笑いだした。
「何今の声、おもしろー」
「初めて表情らしい表情を見せましたわね。昨日今日とずっと仏頂面でしたから」
東につられて、くすくすと笑いだす八街の言葉は俺に届いていなかった。二人が関係を解消するという衝撃の事実に気を取られていたからである。
狭間の野郎が二人に手を出すという最悪の事態は免れたが、結果として二人の関係は壊れてしまった。まんまと奴にしてやられたという訳だ。
驚きは次第に怒りへと変わり、ふつふつと腸が煮えくり返ってくる。
とはいえ彼女たちは関係ない。この怒りを見せて怯えさせてはならないと必死に言い聞かせ、努めて顔に出さないようにしていたのだが、次の瞬間そうとも言ってられなくなった。
前扉から顔を出した狭間を見た瞬間、怒気をその憎き顔に向けて放たずにはいられなかった。
それを受けて、奴の申し訳なさそうな顔は一瞬にして怯えた物に変わる。奴は言葉に詰まりながらも、ここに来た理由を述べた。
「ふ、二人に謝ろうと思って……ここに来たんだけど……」
だが、当の八街と東は失望の眼差しで奴を見て吐き捨てるように言った。
「必要ありませんわ。貴方はもう取り返しのつかないことをしてしまいましたもの」
「そうです。金輪際話しかけないでください。明里ちゃん、行こう」
そう言って後扉から教室を出る二人。奴はそれに追い縋ろうとするがそれは叶わなかった。
顔には青筋を立て、手に持っていたシャーペンを粉々にしてしまうほど右手を力強く握った俺が立ちはだかったためだ。
「良かったな狭間ァ。脅迫まがいのことして謝罪も要らないってよ。ただ、それじゃぁ心優しい先生はさぞかし自責の念に駆られるだろうし俺が贖罪の機会を与えてやるよ。これから先、男子がこの学園に入ることになったらいち早く知らせろ。良いな!?」
もし俺以外の男子が入る様な事があったとしたら、目の前で震えながら頷くしかできないコイツがやらかしたようなことになる前に先手を打つ。
入ってきた時点で『ここの生徒に手を出したら痛い目をみるぞ』と分からせるのだ。
その為に事前に対象の情報を集めるのは必要な事である。というのも、もし武力での脅しが効かない相手だったら弱味に漬け込んで脅すことも視野に入る為だ。
もしもの際、コイツには馬車馬のごとくせっせと働いて貰う。尊い関係を壊した罪はそれでも償えない程重いのだ。
彼女達の秘密を明かす訳にはいかない為、この罪は裁判では裁けない。
だから俺が裁く。
最も、
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