第3話 世の中には三種類の男が居る
傾いた夕日が差し込む校舎にて、憤慨した様子で歩みを進める人影が居た。入学式の翌日という事もあり、まだ本格的に部活動は始まっていない為、平時であれば聞こえるはずの金管楽器や琴の音色も無く、運動部の掛け声もしない校舎には彼の荒々しい足音だけが響く。
彼が何故こんなにも憤慨しているのか、それは彼の受け持つクラスに入ってきたもう一人の男が関係していた。
もう何度目か分からない舌打ちをして、改めて今日の出来事を振り返る。あの番長……見かけによらず勉強が出来るようだ。その鼻っ面をへし折る為に高一では習わない範囲の問題を出しても慌てることなく平然と答えやがった。
そして俺の事をまるで監視するかの様に一挙手一投足に目を配る。
これじゃ当初の『男性は俺だけ』女子高ライフを堪能できないじゃないか。そもそも俺の赴任が決まった時には「今年から男が入る」なんて聞いていなかったし、ましてやソイツが俺のクラスに入るなんてことも同じく聞いていなかった。俺の視界に男は不要。一刻も早く追い出し、生徒を漁る生活を手に入れなければ。
この男、狭間はその爽やかな外見とは裏腹に人間として最低な思想の持主である。実際、彼が教師を志したのも女生徒との関わりを持ちたいが為だった。
そんな彼は自身の足音以外の音がしたのを感じ取り、先ほどとは打ってかわって音を立てぬようにとある教室へ近づいて行った。
そしてそっと扉を開け中を気取られぬように覗く。
すると、窓辺の最前列で身を寄せ合っている彼女たちの囁き声だけがいやに大きく聞こえてきた。
――――――――
「明里……あの男に酷い事されなかった……?」
「
「ご、ごめん明里……私はただ……」
金色の目を伏せ、必死に弁明の言葉を紡ごうとする彼女。皆さんの前では明るく振る舞う彼女はわたくしの前ではしおらしい表情を見せ、呼び方もいつもの「ちゃん」付けではなく呼び捨てに変わるのです。
その背は同年代に比べても低く、小動物のような可愛らしさを醸し出すのに一役買っております。わたくしは丁度胸のあたりにある、リスの尻尾を思わせるポニーテールが生えた栗色の頭を優しく撫でながら諭します。
「ふふ、冗談ですわ。わたくしの事を気遣ってのことですもの。怒ってなどいませんわ」
「明里……!」
「いい子の貴女にはご褒美をあげなくてはね。さぁ、頬を……」
わたくしはたまに、彼女に「ご褒美」と称して頬に接吻を行う事にしております。というのも、今朝も読んでいた愛読書で出てきたのに憧れて始めた事なのですけれど、案外わたくしのほうが癖になってしまい最近ではなんとなくしてしまう事もあります。
窓側を向いた彼女の右頬に口づけを落とそうとしたその時でした。
ピピッ
場にそぐわぬ電子音が、わたくし達だけの時間を邪魔します。思わず音のした方向に顔を向けると、教室の前扉に立っていた人物はその口元を上機嫌に歪ませながら右手に持っていたスマホを見せびらかします。
「まさか、初日にこんなお宝映像が取れるとは思わなかったなぁ……。大企業のご令嬢の秘密、出すところに出せばさぞかし高値で売れるだろう!」
「狭間先生……何故ここに……」
「何故って?お前を探していたんだよ八街……。もしやと思い1-Cに来てみたらお楽しみ中ときたものだ。とにかく、バラされたくなければ、どうすればいいかわかるよな?まずはこれから、お前の後ろで震えている
思惑通りにいったことが相当嬉しかったのか、目の前の男は嬉々として自身の欲望を吐き出します。ですが、その言葉は最後まで語られることはありませんでした。
勢い良く、後扉が音を立てて開かれたからです。
そこに居たのは先ほどの狭間先生と同様、右手に持っていたスマホで一部始終を撮影していたであろう番長でした。ただ一つ先生と異なることを上げるとすれば、その表情は嬉しそうな物ではなく、怒りに満ち溢れていたそれだったことでしょう。
――――――――
『……バラされたくなければ、何をすればいいかわかるよな?まずはこれから、お前の後ろで震えている――』
右親指で、先ほど撮った場面のムービーを停止する。ここだけではなく、狭間が彼女達に割り込んだ時から丸々と撮っていた。そこには八街達を脅す狭間の姿だけしか映っていない。俺はスマホを右ポケットに突っ込んでから問い詰める。
「先生、どういうことでしょうか?生徒を脅していいなりにさせるなんて先生のやることでは無いですよね?」
「……………………」
歯を食いしばり俯く狭間。八街とその後ろに隠れている東と呼ばれた少女は俺が入ってきたことに驚きつつも狭間の魔の手から逃れられた事に安堵した表情を見せた。
再び俺の目線は狭間へと戻る。相変わらず黙ったままの奴の口を割らせる為に、脅しをかけることにした。
「なぁ先生。おとなしくそのスマホを渡せ。もちろんロックは解除してからだ。さもなくば……」
そう言いながら片手をもう片方の手で握り込み、音を鳴らしながら拳を固める。すると奴は怯えた表情でスマホをこちらへ渡してきた。
「分かった!渡すから……渡すからそれだけは止めてくれ!」
「クラウドストレージのパスは?余罪もあるだろうし根掘り葉掘り探っていくからな」
俺のその脅しは効果てきめんだったようで、奴は膝から崩れ落ち、何も言わなくなった。
俺はそんなことお構いなしに奪ったスマホの中身を探っていく。結果的に余罪は無く、先程が初犯と見ていいだろう。ともかく、今はこれを消すことが先決だ。
「八街、ほれ。自分の手で消しな」
俺の手からスマホを受け取った彼女は自身の手で動画を消去してから初めて安堵の溜め息を吐き、感謝の言葉を口にする。
「恩に着ますわ。非番君。それで一つお願いがあるのですが――」
「心配しなくてもこの事は誰にも言わないし、狭間にも言わせない。漏れることはないだろうよ」
「そうですか……。ありがとうございます」
「早めに帰んな。これから先はあまり人に見せたくない」
俺の忠告を受け、後ろの扉からそそくさとその場を後にする二人。
俺はその背中を見届けると振り返り、いまだに立ち上がれない狭間と向かい合う。そして、目線の高さを合わせる為に奴の目の前でヤンキー座りをした。
「さーて、どうするよ先生。弁明があれば聞くぜ?」
その言葉を受け、まるで懺悔するように両手を組み俺を見上げる狭間。だが、半笑いになった口から出た言葉は懺悔などではなかった。
「君なら俺の気持ちが分かるだろう?ここに入ったのは女子に囲まれ、ハーレム気分で高校生活を過ごす為、そうだろう?ならば俺と手を組んで――」
奴の言葉は途中で止まる。俺がガンを飛ばし続けていた事もあるが、俺の左手に握られている、奴のスマートフォンの画面にヒビが入るのを目撃したからだ。その後もスマホがミシミシと悲鳴をあげる度に奴の顔は歪んでいく。
怒らせてはいけない奴を怒らせてしまったと後悔の念を浮かべながら。
これ以上はバッテリーが破裂し火を吹くだろう、という塩梅でスマホへの握擊を止め、使い物にならなくなった残骸を床へと放る。そして俺は立ち上がると、俺は未だに収まらない怒りを目の前で泣きそうになっている狭間を見下しながらぶつける。
「俺とお前が同じ……?馬鹿も休み休み言いやがれ。実際はその逆、俺とお前は相容れない存在なんだよ……!いいかよく聞けクソ野郎、世の中には三種類の男が居るんだよ」
そう前置きして、俺は右手の親指で自分を指して続ける。
「百合をこよなく愛し、手を出さずに見守る者」
次に人差し指で狭間を指して二の句を継ぐ。
「その尊さが分からず、間に挟まりたいなどと抜かす不届き者」
最後に、再び奴の前に座り込み、その頭を右手で掴んでこう締めた。
「そして、その
その言葉を聞いた奴の顔は、絶望に染まっていった。
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