第19話 青空

「少し私の話聞いてもらってもいい?」


 拳銃を手にしたままらいがはじめに問いかける。拳銃ははじめに向けられてるわけではないのに何故か脅されているような気持ちになった。拳銃がなくても話を聞かなければならないという気迫が頼から伝わってくる。


 はじめは唾を飲み込むと静かに首を縦に振った。

 2人は屋上へ足を進める。重たい扉を開けると爽やかな風が2人を包んだ。



*


 黒い影は頼達がいる屋上へと足を進めていた。



(遂に終わるんだ。僕達の復讐が……)


 清々しい気持ちで男が屋上の扉を開け放った時だった。


 そこにいるのは1人の少女のはずだった。



 男はここにいるはずのないはじめの姿を見て動揺した。

 青空をバックにして立つ2人の姿がとても印象的で男の目に焼き付く。


 頼は横目で男を見ているだけで、はじめは左腕を庇うようにして立っていた。



(どうして異能者がここに?)



 男はヘルメットに軽く触れて再び分布図を確認する。その様子を見ていた頼が初めて声を掛けた。


「マイクロチップならさっき佐藤君が異能で取りだしたからGPSで確認はできないと思う」


「一般人のあなたがマイクロチップのことをなぜ知ってるんです?」


 男の不機嫌そうな低い声がヘルメットによってくぐもって聞こえてくる。



「さっき教えてもらった」



 頼はチラリとはじめの方を見ると淡々と答えた。それを聞いた男は大きなため息をつく。


「これは……裏切りということですか?」

「……私にとっては少し違うけどあなたにとってはそうかもしれない」


 頼の謎かけのような答えに男は黙り込んだ。その沈黙を破るようにはじめの声が響いた。その声は投げつけるような乱暴なものだった。



「俺たちの事どう思いながら授業してたんですか?……とどろき先生」

 

 男は名前を呼ばれるとゆっくり黒いヘルメットを外した。



 一陣の強い風が吹き終えると目の前に桜咲高等学校の教師轟大和が姿を現した。

首を軽く振って髪型を整えると同時にヘルメットからの開放感を堪能する。その瞳は真っ暗で頼達を映し出しているかすらも分からなかった。



「このゲームは異能者の脅威を世に知らしめると同時に社会へ異能者を排除するためのものだったのではないのですか?そのために僕達は手を組んだ。無惨に死んでいったゆうのために……。違いますか?」



 頼は黙り込んでいた。青空をぼんやりと眺めていたがはじめが代わりに沈黙を埋めた。


「こっちは迷惑してんだよ!お前らの目的とやらに付き合わされたせいで怪我までさせられて。まさか異能者排除派だと思ってた集団が政府の関係者だったとはね!

結局このゲームも研究の一環だったっていうのかよ。馬鹿らしい」


 頼ははじめに計画の全てを打ち明けていた。




*


「このゲームは私が企画して轟さんが動画制作会社と政府に提案した」



 頼から異能者への恨みをぶつけられると構えていたはじめは予想外の言葉に吹き出しそうになった。



「轟さんって……俺たちの担任の先生のこと?何で深海さんと繋がってるんだよ」

「轟さんは亡くなった私の姉の恋人だから」


 はじめは頭を抱えた。先程マイクロチップを取り出した腕が痛む。驚くべき発言の後にも関わらず頼は拳銃を手で弄んでいた。


(確かにゲームの説明があった日、亀崎と目配せしていたようなことがあった。轟先生がゲームに噛んでるのは確かか……)


「表では異能者と一般人の交友という名目で企画を立案しているけれど裏は政府の異能者研究として政府に承認を得てる。


『異能保持者が生命の危機に晒された際異能の成長について』というのが研究内容らしい」



「……それって今いる異能者排除派は政府の人間で、わざと俺たちを命の危機に晒して異能がどう発揮されるか観察してるってことなのか?」


 はじめが口早に言った考察を頼がゆっくりと頷いて肯定する。

 政府の人間は異能者排除派のシンボルである腕章を付けることで正体を偽った。更にこの一連の騒動を全て異能者排除派と動画配信会社になすりつけようとしている。


 ここには何ひとつ正義が存在しない。


 思わずはじめは異能で頼を屋上のフェンスへ吹き飛ばしていた。頼は為されるがまま背中にフェンスを押し付けられる形になった。



「ふざけるな!どこまで俺達を実験台に使えば気が済むんだ?お前と轟の復讐はこれで果たされたのか?事件と何の関係もない俺たちを痛めつけて満足かよ深海頼!」



 憎しみに満ちた表現のはじめは数メートル差がありながらも頼と向かい合った。はじめの右手はずっと頼に向けられているためフェンスがギシギシと音を立てていた。これ以上頼の体がフェンスに押さえつけられ続ければ頼は屋上から落ちてしまう。


「その拳銃で俺を殺すつもりだったんだろう?なら撃てよ!」


 頼は危機的状況にも関わらず顔色ひとつ変えなかった。拳銃を打つ素振りも見せない。


「……ごめん貴方達を傷つけたのは確か。でも私の目的は異能者への復讐じゃない」

「じゃあ何なんだよ?何のためにお前はこんなことしたんだよ?」


 はじめの悲痛な叫びに頼ははっきりと答えた。



「この社会、世界への復讐のためだよ」


「……はあ?」


 予想外の言葉にはじめは右手を下げた。頼はフェンスから離れるとはじめの目の前にやってきて声を張り上げた。


「私は姉を苦しめ殺したこの社会が許せない。


異能の有無で損得が生まれるが社会が許せない。


異能者を人とも思わない扱いをする社会が許せない。


利益を求める者しか報われない社会が許せない。




人の可能性を殺すこの世界を壊すためにゲームを仕掛けた!」



 頼の瞳は今までに見ないぐらいに強い光を宿していた。その光は喜怒哀楽、全ての感情が入り混じっているように見えてはじめは言葉を失った。



(異能者を恨んでるんじゃない。この世界の在り方そのものを恨んでたのか……)


 はじめもこんな閉塞的な社会、世界にやり場のない怒りを感じていたがまさか目の前に同じような考えを持つ人物がいると思わなかった。

 異能者によって家族を失ったに頼が問題にしているのは社会の構造そのものだった。異能者の一方的な恨みではない。この様子だと先程はじめを怒らせた発言ははじめの本音を引き出すために演技していたのかもしれない。


 社会の構造に対して復讐するということは社会の構造を作り出している政府に復讐することと同じ意味を指す。政府の異能者への不当な扱いを公表することは確かに政府にとって痛手になるし、金の亡者の象徴である亀崎の番組を壊すことも頼の復讐が成功したと言えるかもしれない。



「理論も何もない。深海さんのやってることは無茶苦茶だ。こんなことで……世界が変わるわけないだろ。何の意味もないんだよ……。俺たち子供の行動なんて」


 はじめが力なく頼に言った。

 頼の言葉は確かにどこまでも正しくて眩しかった。しかし所詮は子供の問題行動である。多くの大人達が、世間が大したことのない出来事として処理するだろう。このゲームだって娯楽として世間に評価されて終わる。


「私には子供も大人も関係ない。声を上げなければ、何もしなければ誰にも何も伝わらないまま終わる。


そんなのは嫌だ。


それに私の行動が無駄だったかどうかは私が決めることであって他の誰でもないから」


 頼の力強い言葉にはじめは黙り込んだ。どんなに諭そうと自分の意思を曲げそうにない頼を見てはじめは笑いそうになった。

 頼が聞き分けの悪い子供のように見えたし正義のヒーローのように眩しく見えた。


「分かった……よ。深海さんの言いたいことは理解した。馬鹿げてるけどね」


「ああそれと。ここで何か起きたら助けてほしい。そのために佐藤君を呼んだんだからね」


 そう言って頼は口の片端を上げて笑った。



*


 結局頼が最後に言った言葉の意味が分からないまま轟と相対することとなってしまった。


「私の目的は異能者に復讐することじゃない。姉を殺した社会に世界に復讐するために轟さん、貴方にゲームを提案した!


姉が死んだのは異能者のせいじゃない。

異能者を虐げ、努力した者を簡単に潰す社会のせいなんだ!」



 頼の言葉に轟は表情を凍らせた。そして地面に視線を落とした。


「それでは……頼。貴方は異能者を貶めるためだと企画を持ちかけたのは建前だったんですね。憎むべきは異能者ではなく異能者を衝動につき動かきした社会であり、世界であると?」


「うん。暴走を起こした異能者は社会に追い詰められていた。姉の死は確かにその異能者のせいだけど姉は最期に言ったんだ。

『異能者を恨まないでね』って。」


 轟は暫く沈黙した。顔を抑えて辛そうにしている。


「ああ……。そうか最初から貴方と私は違ったんですね。残念ながら私は頼のようには考えられない」


 そう言うと轟は腰に下げていた拳銃をはじめに向けた。

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